インタビュー=青山知雄
写真=小林浩一
ドイツやサンフレッチェ広島で現役生活を送り、日本代表としても活躍した風間八宏氏。指導者への転身後は独自の理論に基づいたチーム強化で評価を得ており、現在指揮を執っている川崎フロンターレは、戦術の浸透とともにチーム力が上がり、就任5年目となった2016シーズンは年間順位で首位に立つなど、いよいよその評価を確立しつつある。
そんな風間氏が立ち上げ、代表を務めるサッカースクールがトラウムトレーニングだ。風間氏はどのような理念でこのスクールを設立したのか。風間氏がチーム強化を行う川崎フロンターレは、現在に至るまでにどのような成長曲線を描いているのか。
このメソッドに辿り着いたきっかけや現在のサッカー理論、そしてトラウムトレーニングを通じて何を学んでほしいのか、風間氏が語ってくれた。
頭と技術が繋がれば、想像できないプレーが生まれる
――川崎フロンターレの監督に就任された際、周りに合わせて力をセーブしていた中村憲剛選手に「お前をフルパワーでプレーできるように」とおっしゃったそうですね。本人に話を聞くと、いよいよそういう状況になってきたと言っています。
風間八宏(以下、風間) 本来、プロは実力を伸ばすものではなく、持っている才能を引き出すもの。自分が持っているものに気づかせなければなりません。そのためのアプローチは一人ひとり変えます。次の試合でハットトリックを決めてやろうと考えている選手と、トップチームにいられるだけで満足だという選手とでは、アプローチの仕方が全く違いますからね。
――選手個々の考え方とチーム作りの両方をリンクさせなければならないですよね。
風間八宏 まずは目を揃えてあげることが大切です。例えば「バイタルエリアを攻めよう」と言っても、想定するバイタルエリアはみんな違うので、それを統一させなければなりません。それが細かければ細かいほど、戦い方が明確になります。最初から組織で考えるのではなく、一人ひとりに話しかけていって、それが最終的に組織になるイメージですね。
――指導する中で新発見はありますか?
風間八宏 毎回いろいろなことが起こるので、たくさんありますよ(笑)。こう言えば通じるんだなとか、自分の中で伝えようと思うことがどんどん増えていきます。見せるだけではなく、脳に働きかけなければならないこともたくさんありますので、やはり言葉を砕いて、選手たちに理解させようとしています。
――選手たちの脳内コントロールも必要になるわけですね。
風間八宏 それが揃ったら本当に強いでしょうけど、まだまだ。目もそうだし、考え方、体の動き、テクニックも十分には揃っていません。例えば、指導者はよく「試合を想定して練習しなさい」と言いますが、実はこれが一番危険です。人によって「試合」のイメージは全く違いますから。ある選手は6万人の観衆が入った試合を想定しているかもしれないし、他の選手は練習試合を想定しているかもしれない。だから「自分たちはこうだ」という基準を作って見せることにより、自覚させなければなりません。
――就任から5年目のシーズンですが、チームの成長度合いは想定内ですか? それとも、思ったより時間がかかった印象ですか?
風間八宏 元々、想定そのものをしていません。すべては選手次第ですから。彼らに理解させるための工夫として、最初は何も分からないような言い方をしました。共通意識を持たせるためには彼らがこれまでイメージしてきたものをクリアにする必要があるので、つまり頭の中を一度壊さなければいけないわけです。例えば「守備」という言葉を使ってしまうと、それぞれがイメージする「守備」が出てきてしまう。だから最初は「守備の練習はしなくていい」と言いました。「ボールを奪われなければ何も起こらないんだから」と。「何を言っているんだ? 何を考えているんだ?」と思わせるところから始めないと変わらないですよ。今は共通理解が深まっています。そうやって作っていくのがチームであり、トラウムトレーニングの第一歩です。
――選手たちのプレーを見ていて「見えているな」と思う瞬間はありますか?
風間八宏 けっこうあります。「そっちは狭すぎるんじゃないか?」 と思うような状況でもポンポンとパスが通って、「ああ、狭くないんだ」って(笑)。頭と技術が繋がると、想像できないプレーが出てきますね。
――以前よりもいろいろなものが見えて、動けるようになってきたということでしょうか。
風間八宏 さきほど言った頭と体と技術の3つがそろうと相手が見えるようになり、やがて「相手を扱う技術」として確立されてきます。その状態になると、動く場所とタイミングさえ間違えなければ、ずっとフリーでボールを扱えるようになるんです。相手が何を考えているのかを判断しながらボールを動かすと、非常に面白いプレーができるようになってきます。
――できる選手が増えると、周囲もそれに合わせようとして、できるようになるでしょうね。
風間八宏 それがトラウムトレーニングの原点です。子どもの頃から、いつ、何を、どう見るかが分かって入れば、すごい選手になるでしょう。パスを受ける前にボールや周囲を見るでのはなく、すでに次の展開を考えていれば、相手の動きがゆっくりに見えるでしょうし、もっと言えば相手の足を止めることもできる。だからトラウムトレーニングでは徹底的に技術を練習しますし、それが子どもたちの「トラウム(夢)」になるんです。
――のみ込みが早い選手に共通点はありますか?
風間八宏 見ている選手、聞いている選手ですね。成長が早い選手は聞いていないように見えても実際にはちゃんと聞いているし、分からないフリをしているようでよく見ています。あと、積極的にトライしていますね。
――トラウムトレーニングを普及するためには、指導者への指導も大切になると思います。
風間八宏 「あなたが言っていることで本当にうまくいきますか」というのを自分に問いかけてみて下さい、ということを指導者に伝えます。余計な知識がたくさん入っていると、本当のものが見えないことがあります。それを見つけて子ども達にしっかり伝えてあげること、そして見せてあげることが大切です。だからこそ指導者の方々自身が楽しんで、うまくプレーすることも大切になります。それに気がつけば子ども達にも本物を気づかせることができるようになると思います。考え方を変えるだけで見えるものが違ってきます。そうすると、そこに発見があります。それは私達も毎日つくっていることです。
――確かに、外から見えるものとピッチの中で見えるものとでは違いますからね。
風間八宏 自分でやってみることですね。やってうまくいくものを教えればいい。やらずに言っても意味がないですし、うまくいかないことを教えるのは避けなければなりません。
――トラウムトレーニングを設立された際、筑波大学時代に風間さんの下でヘッドコーチを務めた内藤清志氏を総監督に指名されましたが、その理由を教えてください。
風間八宏 彼は最初のうちは何もできませんでした。ただ、自分でやりながらしっかり自分のものにしていきました。だから嘘がない。そして今もそれをつくり続けていますし、彼自身の頭の中もどんどん整理できていると思います。そして何より、日々変わり成長し続けることのできる素晴らしい特徴を持っていますね。
――実際に内藤氏の指導をご覧になって、いかがですか?
風間八宏 最も大切なことは、指導者がどうこうではなくて、子ども達がうまくいっているかどうかです。例えば、ボールを「止める」「蹴る」というテーマでも、試合に勝つ、あるいはゴールを決めるという目的のためにやっているものと、ただ「止める」「蹴る」だけの作業になっているものとでは全く意味合いが違ってきます。それは指導者の本当の理解度の違いかもしれないですが、一瞬見失っただけのことかもしれません。だから、内藤もそうですがトラウムトレーニングのコーチ達とは、気がついた時に話をします。指導者同士で本当に子ども達がうまくいっているのかどうか、そして自分の頭が整理されているのかどうか、常に助け合いながら進化していくことが大切です。
――9月18日(日)にサッカーキング・アカデミーでトラウムトレーニングセミナーが開催されます。興味のあるプレーヤーや指導者の方々に対してメッセージをお願いします。
風間八宏 セミナーで知る・聞く言葉はいくつもあると思いますが、それを一度、自分で体現してみてください。そうすれば具体的なアプローチができるようになります。「止める」「蹴る」という抽象的なものが、はっきりしたものとして理解できるようになるでしょうし、それは絶対的なものであり、もはや自分のものなので、どんどん持ち帰ってください。
2016シーズンの川崎フロンターレを見れば、風間氏が提唱するトラウムトレーニングの効果のほどが分かるのではないだろうか。その理論を文字だけで表現するのは非常に難しいので、ぜひセミナーに参加して、自らの頭と体で実感していただきたい。風間氏の言う“絶対的なもの”が何なのかを理解できれば、新たな世界が見えてくるかもしれない。
・風間八宏氏が語る/前編…“絶対的”な「止める」「蹴る」を指導するトラウムトレーニングとは
川崎フロンターレ 監督
風間 八宏(かざま やひろ)FIFAワールドユース選手権日本代表に高校生ながら選出。筑波大学在学中には日本代表に選ばれ、卒業後、ドイツのレバークーゼン、レムシャイトなどで5年間にわたってプレーを続けた。
帰国後マツダSCに入部し、1992年からはJリーグ発足に伴ってサンフレッチェ広島でプレー。日本人選手Jリーグ初ゴールを記録。現役引退後、解説者として活躍する傍ら、桐蔭横浜大学サッカー部監督、筑波大学蹴球部監督を歴任。2012年4月から川崎フロンターレ監督に就任した。