今季限りでの退任が決まった城福浩監督 [写真]=Getty Images
甲府での3年間を振り返れば、十分すぎる成果を出したと言っていい。12年には24戦無敗のJリーグ記録を作る圧倒的な戦果でチームをJ2制覇、J1昇格に導いた。13年には外国人補強の失敗や、8連敗という窮地もあった。しかし[5-4-1]の布陣導入で立て直しに成功し、残留に漕ぎつけた。今季も第32節・サンフレッチェ広島戦(2-0で勝利)の直後に残留が決まり、クラブ史上初となる“3季連続J1”を達成した。
“上から目線”で見れば、平凡な結果かもしれない。しかしプロビンチャ(地方都市の中小クラブ)の現場を取材しているものとして敢えて言いたい。甲府のJ1残留は浦和レッズやガンバ大阪のJ1制覇と同じくらい、困難で価値のあるミッションだった――。
甲府の年間予算は15億円程度。J1の“標準”に比べれば半分程度で、しかも人件費比率が小さい。「選手に使える予算の規模からしたら、(J1で)ダントツに低かったチーム。自分たちと近い予算と思われているクラブよりも、人件費がはるかに低い」(城福監督)という現実がある。決してクラブの経営努力が足りないということではなく、細やかなスポンサー確保や低コストの運営もまたクラブの強みだ。しかし甲府市19万人で、山梨県85万人という人口規模は大きな制約で、特別な大企業もない。そういう状況下にあって、資金的なハンデは受け入れざるを得ない要素だ。
特に違いが出たのはシーズン半ばの補強で、各クラブが“億単位”の外国人アタッカーでチームの弱点を埋めていく中、甲府は半年間も無所属だったキリノ、1年近く試合から遠ざかっていた阿部拓馬を獲得したのみ。市民クラブという立場があり「責任企業(いわゆる親会社)に泣きついてお金を出してもらう」という手は使えない。今夏の移籍期間に費やした補強費用はセレッソ大阪、大宮アルディージャ、徳島ヴォルティスといった残留争いのライバルに比べて“桁違い”の少額だった。
しかも甲府は主力選手が毎年のように、ビッグクラブに抜かれていく。加えて今年は2月の豪雪被害で開幕前の調整に支障が出た。豪雪は資金的な痛手ともなり、6月の中断期間に行うミニキャンプを短縮せざるを得なかった。
それでも甲府は生き残った。終盤戦に目を見張る活躍を見せているのが盛田剛平、石原克哉の“オーバー35コンビ”だ。盛田に至ってはFWとして伸び悩み、直近の8年間はDFとしてプレーしていた選手である。しかも昨季末に契約非更新を宣告されてから、再契約を結ぶという、ぎりぎりの “残留”だった。しかし城福監督は盛田の体格(189センチ)はもちろん、周りを生かすスキルを見込んで前線で起用し、ポストプレイヤーとして再生した。石原は切り替えやフリーランニングで“地味に効く”選手で、彼がシャドーの位置に入ると攻守のバランスを整える“隠し味”になる。タレント性や華やかさは欠く二人だが、彼らの起用で周りの選手が生きるようになった。
終盤戦の3連勝は堅守だけでなく、攻撃が機能したからこそ生まれた成果だ。川崎フロンターレ、C大阪、広島を複数得点で連破した甲府を「守っているだけ」という者はもういないだろう。
出場機会が減りつつあったベテランからさえ、可能性を搾り取ってしまう。それが城福監督の凄みだった。34歳のキャプテン山本英臣は「自分を成長させてくれて、すごくサッカーの幅も広がった」と城福監督から得たものを口にする。若手選手の育成で実績を残してきた指揮官だが、ベテランの扱いも卓越していた。
城福監督は1週間の練習をいくつかのパートに分けている。土曜開催なら日曜は主力のリカバリーと控え組の練習試合だ。月曜はオフで、火曜と水曜は選手とチームのクオリティを上げる作業になる。木曜と金曜は相手対策に主眼を置いた紅白戦、セットプレーなどのメニューが組まれる。
目先の結果に追われがちな中でも、城福監督は“クオリティを上げる”ことを決して疎かにしなかった。ポゼッション練習、アタック&ディフェンスは「何種類あるのだろう?」と不思議になるほどにバリエーションが豊富。タッチ数、パスの方向などの条件を次々に変えることで、選手に飽きさせず、考えさせる工夫をしている。
攻撃面でいうなら、サポートの距離感、角度、タイミングといった部分へのこだわりが強い。前線なら裏への動き、サイドに開く動き、身体の角度を変える動き、DFの視界から消える動きと、それぞれに違いがある。甲府は個の判断力を磨くことはもちろん、動きが重ならず、彩を生み出せるようなグループ作りに、手間をかけて取り組んできた。傑出した“個”がいれば、割り切ってその選手に任せるリアリズムも城福流なのだが、今季の終盤戦は組織的な攻撃が光っている。
5枚で最終ラインを固める甲府は確かに“現実的なスタイル”なのかもしれない。しかしシーズンの山場で甲府を押し上げたポイントは、攻撃面の積み上げだった。
堅守は当然、昨年から引き継がれている甲府の強みだ。被シュート数J1最少、失点数は横浜FM、浦和、G大阪に次ぐ4位(第32節終了時点)という結果が裏付けるとおりである。甲府に敗れたチームの選手、サポーターはしばしば「自分たちのサッカーができなかった」「凡戦だった」と嘆く。しかし大概の場合それは甲府が“相手のサッカーをさせなかった”から起こった現象だ。
甲府に関わる誰もが惜しむ城福監督の退任だが、いよいよ次のチャレンジに向かう時が来たということなのだろう。53歳と年齢はまさに働き盛りだが、そろそろ指導者の“仕上げ”を意識する時期だ。「自分が日本のサッカー界に対して、違う角度でお役に立てる可能性を探るなら、年齢的にもそんなに多くのチャンス、時間はない」と彼は口にする。甲府にとっては“痛い”退任劇かもしれないが――。城福浩が先を見据えて貪欲に運命を切り開いていく野心の持ち主でなければ、そもそも甲府でこれだけ成功することはなかっただろう。
文=大島和人