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曹貴裁と吉田達磨…Jリーグ25年の時を超えて紡がれる情熱の物語

2016.02.29

湘南の曹監督(左)と新潟の吉田監督(右)は、日立時代にチームメイトだった [写真]=湘南ベルマーレ/アルビレックス新潟

 2016シーズンの明治安田生命Jリーグが開幕した。2014年限りで取り壊された旧国立競技場でヴェルディ川崎と横浜マリノスが熱戦を繰り広げて、新時代の到来が告げられたのは1993年5月15日。およそ四半世紀の歳月が流れようとしている中で、歴史はしっかりと紡がれている。

 例えば、黎明期を彩った名選手たちは今、Jクラブの指揮官として采配をふるっている。日本サッカー界にボランチという言葉を浸透させた森保一は現役時代を過ごしたサンフレッチェ広島を、当時広島で司令塔を務め、Jリーグの日本人第1号ゴールを決めた風間八宏は川崎フロンターレを指揮。両者は2月27日のJ1開幕戦で激突し、後者に軍配が上がっている。

 そして、同日にShonan BMWスタジアム平塚で対峙した湘南ベルマーレアルビレックス新潟の間でも、実は“知られざるドラマ”が刻まれていた。

 試合はアウェーの新潟が快勝した。湘南の波状攻撃に耐え続け、カウンターから2ゴールをゲット。PKで1点を返された直後に、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。

 今年から指揮を執る新潟の吉田達磨監督が、ベンチ前でスタッフたちと喜びを爆発させている。そこへ駆け寄ってきた、湘南の曹貴裁(チョウ・キジェ)監督が握手を求める。

「おめでとう」

 短い言葉だけで十分に熱い思いは伝わった。昨シーズンは柏レイソルを率い、40歳の若さでトップチームの監督デビューを果たした吉田は、湘南と1分け1敗の星を残していた。つまり、曹監督に率いられる湘南に3度目の挑戦で初めて勝ったことになる。

「曹さんのチームと対戦する時は本当に休ませてくれませんし、熱を感じさせる。こちらも熱を出さないとやられてしまいますし、昨年7月にここで対戦した時は0対3で負けてしまいました。3失点ともミスというか、相手のテンションの高さにもっていかれたというか。今日はウチの選手たちがテンションのやり合いを制してくれたし、ウチのほうが最後まで走れたことはすごく自信になりました」

 6歳年下の吉田を、曹は親しみを込めて「タツ」と呼ぶ。二人の出会いはJリーグが産声を上げ、日本中にブームを巻き越した1993年春にまでさかのぼる――。

 当時の10チーム、いわゆる「オリジナル10」から漏れ、この年から「日立製作所サッカー部」改め「日立FC柏レイソル」となったJリーグ準会員クラブで、二人は先輩後輩の間柄になった。

 曹は早稲田大から入社して3年目。一方の吉田は中学時代に日立製作所のジュニアユースでプレーし、東海大浦安高を経てサッカー部の門を叩いた新入社員だった。

 当時の所属選手のほとんどは社員で、原則として人事部もしくは総務部に配属された。例外は第一志望にあげた宣伝部勤務となった曹。そこへ2年遅れて吉田も配属され、ともに独身だった二人は柏市内の3階建ての寮住まいとなった。

「しかも隣の部屋だったんですよ。306号室が曹さんで、僕が307号室でした」

 懐かしそうな表情を浮かべながら、吉田が23年前を振り返る。通勤もほぼ一緒。柏駅から満員のJR常磐線に揺られ、北千住駅で地下鉄千代田線に乗り換え、新御茶ノ水駅で降りて徒歩わずかの距離にあった日立製作所本社へ定時に出社する。午前中で業務を終えると柏市内へ戻り、チームの練習で汗を流す。もっとも、二人の“ランデブー”はこれで終わらない。吉田が今度は苦笑いする。

「いつも曹さんの部屋に呼ばれて、曹さんの車に乗って食事へ行って、帰りにお茶をして、寮に着いたらまた曹さんの部屋に行っていた感じで。本当に『四六時中ずっと一緒』という表現がふさわしかったですね」

 行程中で記した「お茶」は、実は一杯では終わらなかった。舞台はファミレス。大倉智(前湘南社長、現いわきスポーツクラブ代表取締役)、横山雄次(前湘南ヘッドコーチ、現栃木SC監督)、大熊裕司(現セレッソ大阪U─23監督)を交えた五人は、時間を忘れて思いを熱く語り合った。

 テーマは多岐にわたった。プロサッカー選手とはどうあるべきか。プロサッカークラブとはどうあるべきか。ならば、日本サッカー界の未来は。議論の中心にいたのは曹。「この人なら、いずれはJクラブの監督を務めるのかなと。僕にはそう思えたんです」。こう語っていたのは早稲田大で曹の1年後輩だった大倉。当時から十数年後に訪れる光景を思い描かずにはいられなかったという。

 先輩たちが真顔で意見をぶつけ合う光景が、高卒1年目の吉田を刺激しないはずがない。

「僕はまだ若造で、話を聞いているだけでしたけど……。選手としては気にしないで済むようなことを、熱いというか、熱すぎるほどに語っていました。いいか悪いかは別にして、あの人たちはやると決めたら本当にやってしまう。何をやっているんだろうと思うこともありましたけど、あのバイタリティーは刺激になったし、本当に影響を受けました」

 翌1994年。プロ選手の道を志した曹はオファーを受けた浦和レッズへ移籍。2年後には当時JFLだったヴィッセル神戸へ移籍したが、ケガもあって1997シーズン限りで現役を退いた。

 吉田は京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)、モンテディオ山形を経て、シンガポールリーグのジュロンFCでプレーした2002シーズンをもって引退。別々の道を歩んでいった二人は、吉田によれば「その後もずっと付き合いを続けてきた」という。

 迎えた第2の人生。2000シーズンに川崎でアシスタントコーチに就任した曹は、その後C大阪でコーチを務め、2005シーズンに湘南のアカデミーダイレクターに就任。後にDF遠藤航(現浦和)らが育まれる土壌を作り、ヘッドコーチを経て2012シーズンから湘南の監督を務めている。

 吉田は古巣に戻って柏の育成組織で指導者を歴任し、2010年にはアカデミーダイレクターに就任。全カテゴリーで「自分たちがボールを保持する攻撃的なサッカー」というコンセプトを確立させ、FW工藤壮人(現バンクーバー・ホワイトキャップス)、DF酒井宏樹(現ハノーファー)ら若手の発掘と育成に注力した。

 そして、トップチームの強化部ダイレクターを経て、吉田が指揮官に就任した2015シーズン。二人は敵味方として邂逅する。監督同士として初めて相まみえた5月14日。試合前のミーティングで、吉田は気落ちが高ぶっている自分自身に気がつく。

 攻守両面で相手チームよりも人数を掛ける“湘南スタイル”を引っ提げてJ1に昇格してきた湘南に対して、ガンバ大阪やFC東京、横浜F・マリノスはロングボールでいなし、あるいはあえて攻めさせてからカウンターを仕掛けてゴールを陥れることで白星を挙げていた。

 だが、吉田の考え方は違った。

「それでもウチらは蹴ることなく、中を縫ってパスをつないでいこうとミーティングで言いました。なぜなら、僕自身が曹さんのサッカーが大好きだから。お互いのスタイルと気迫を、逃げることなく全力でぶつけ合ってほしいと」

 日立柏サッカー場での一戦はスコアレスドローに終わったが、試合は両チームがストロングポイントを全開にしたスリリングな攻防の応酬となる。試合後の記者会見、両監督はともに「清々しかった」という言葉を残している。

 湘南が快勝したセカンドステージの一戦を経て、その後も続くと思われた青年監督同士のライバル関係は突然の一時停止を余儀なくされる。

 J1こそ中位に低迷したが、AFCチャンピオンズリーグでベスト8に、天皇杯でも準々決勝に駒を進めていた柏。だが、クラブ経営陣は「現体制では来シーズンに大きな飛躍を求められない」として、シーズン途中の10月28日に吉田監督の退任を発表する。双方の合意の上での退任とされたが、契約を1年残しての退任は“解任”に等しかった。ほどなくして吉田の携帯電話に着信が入る。発信者は曹だった。

「一緒に頑張っていこうぜと。そんな感じでした。僕自身も次へ目が向いていましたし、どのような選択をすればいいのか、相談に乗ってもらいました」

 慰めの言葉は不要。己が信じる道を歩んでいけば、必ず再び向き合える――。また指揮官同士で戦おうと曹は伝えたかったのだろう。J2クラブを含めた複数の監督オファーの中から吉田は新潟を選び、運命に導かれるかのように今シーズン開幕戦での対戦が決まった。

 吉田の率いるチームが新潟に変わったことで、戦い方が異なったのは事実。だが、湘南が放つ熱に、熱を持って対抗する前提は変わらない。その上で耐え忍びながら乾坤一擲のカウンターを仕掛けた。先発に抜擢した筑波大卒業のルーキー、身長170センチのセンターバック早川史哉には「相手はお前のところを狙ってくるよ」とハッパを掛けた。後半途中には同じくJ1デビューの快足MF伊藤優汰(前京都サンガF.C.)を投入。湘南の運動量が落ちるところを狙って送り込んだ秘密兵器が、ダメ押しの2点目を叩き込み、新潟が開幕戦を制した。

 曹監督にとってホームで喫した開幕戦黒星は確かに悔しいもの。それでも短い時間で新天地の選手たちの特徴をつかみ、練り上げた湘南対策で挑んできた吉田監督との真剣勝負に、指揮官はある種の清々しさを覚えた。

「今日は新潟さんの粘り強さに負けた。タツが苦労してここまで作ってきたチームなんだという実感もあるし、僕も負けた中で学ばせてもらったこともある。タツには素直に心の底からおめでとうと言いたい」

 湘南をホームに迎える7月9日のセカンドステージ第2節へ。そして、その先に待つ未来へ。吉田監督もエールを送る。

「曹さんは昔から変わらない。これからもずっとリスペクトしていく。永遠の先輩。そこは変わらない」

 創成期のJリーグでプレーし、指導者として21世紀のJリーグに戻ってきた男たち。彼らが紡ぐドラマは“切磋琢磨”をキーワードとしながら、日本サッカーのレベルをも引きあげていく。

(文中一部敬称略)

文=藤江直人

※『サッカーキング』では2016シーズンより湘南ベルマーレのチョウ・キジェ監督の表記方法につきまして、クラブ側と相談の結果、「曹貴裁(チョウ・キジェ)」とすることにいたしました。

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By 藤江直人

スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

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