今季からJ2に復帰した町田。ここ10試合無敗で3位につけている [写真]=FC町田ゼルビア
J2戦線に異常あり――。
まだ11試合を消化した段階で時期尚早かもしれないが、それでも3位にFC町田ゼルビア、4位にレノファ山口FCと明治安田生命J3リーグからの昇格組がつけている状況は、サッカー関係者やファンに少なからず驚きを与えている。
特に町田はセレッソ大阪をホームで迎え撃った2月28日の開幕戦こそ0-1で苦杯をなめたものの、第2節以降は攻守両面でチーム一丸となった粘り強い戦いを披露。1-1で引き分けた3日のFC岐阜戦で、連続負けなし試合は2ケタの「10」に達した。
「守りも堅いし、選手たちの連携も素晴らしい。本来ならばゼルビアのようなサッカーをやりたいよ」
その岐阜戦後の監督会見。前線の3人をブラジル人選手で固め、FWレオナルド・ロシャの豪快な無回転ミドル弾で何とか同点とした岐阜のラモス瑠偉監督が思わずうなった。
この日勝利したコンサドーレ札幌とC大阪に勝ち点1差で後塵を拝し、前節までの首位から3位へ順位を下げたものの、それでも無敗記録継続中は6勝4分けの好成績。14得点に対して6失点と、攻守のバランスも最高のハーモニーを奏でている。
一度だけJ2を戦った2012シーズンはわずか7勝しか挙げられず、力不足を露呈したまま最下位でJFLへと降格した町田に何が起こっているのか。舞台裏を探っていくと、3つの理由が浮かび上がってきた。
【理由1:相馬直樹監督が時間をかけて浸透させた戦術】
まずは2014シーズンの再登板から3シーズン目を迎えた相馬直樹監督が、じっくりと時間をかけて浸透させてきた戦術だ。基本システムは4-4-2。中盤は4人がフラットに並び、最終ラインを高く、かつ前線までをコンパクトに保った上で、フィールドプレーヤー全員が連動しながら激しくプレスをかけ続ける。
今季から町田に復帰した唐井直GM(ゼネラルマネージャー)はチームに脈打つ一体感と、J3よりも上のカテゴリーで戦うことを見据えてチームを熟成させてきた相馬監督の手腕に新鮮な驚きを覚えたという。
「簡単な言葉で言えば、全体をコンパクトにして選手同士の距離感を縮めている。個々の選手で言えば、今日の岐阜の10番(レオナルド・ロシャ)のように、個人技で決めてしまうような選手はウチにはいないわけですから。組織的に戦うという意味ではできるだけ距離感を近く保って、多少は個人の力で劣っていたとしても複数の選手たちでカバーし合い、攻守両面において全員で戦いましょうということ。この戦い方だと機をうかがいながら、チャンスになった時にはアグレッシブに前へ、我慢する時には辛抱強く、いわゆる『中を締める』という守り方ができるんです」
最終的にJ3で2位に入り、大分トリニータとのJ2・J3入れ替え戦への出場権を獲得した昨季は、リーグ戦36試合でわずか18失点に抑えている。優勝した山口が36失点だったから、J3というカテゴリーを考えても、町田がいかに堅い守備網を築いていたかが分かる。
中盤の底で攻守のかじ取り役を担い、今季も引き続きキャプテンを務める李漢宰は、J3で勝ち点を積み重ねながら「これならばJ2でも戦える」と手応えをつかんでいたと振り返る。
「その意味では、今の順位に特に驚きはありません。相馬さんの体制になって3年目で、J3を戦いながら培ってきたチームワークとハードワーク、粘り強さが染みついている。J3と言っても非常に厳しい戦いの中で、自分たちは年間を通してほとんど負けることはなかった(23勝9分け4敗)という自信もある。それをJ2の舞台でもブレることなく、しっかりと出せている。その点に尽きると思う」
90分間を通して集中力を途切れさせず、攻守両面で全員が連動することで「1+1」を「2」ではなく「3」にも「4」にも変えていく。いわゆる“相馬イズム”が根づいた主力選手がほぼ残留した上で、唐井GMをして「昨季から相当背伸びをした」と言わしめる約6億円の予算で即戦力を補強した。
攻撃陣ではともに31歳で経験豊富なMF谷澤達也をジェフユナイテッド千葉から期限付き移籍で、FW中島裕希をモンテディオ山形から完全移籍で獲得。開幕直前にはU-23オランダ代表として北京オリンピックに出場し、清水エスパルスでJ1リーグ93試合のキャリアを持つDFカルフィン・ヨン・ア・ピンも加入した。唐井GMは言う。
「戦力的に見てもGKの高原寿康、DFの深津康太、そして李漢宰はJ2でも十分に通用する実力と経験の持ち主ですし、そこへFWの鈴木孝司が成長して、さらに谷澤と中島、そしてヨン・ア・ピンが加わったことで戦闘能力はかなり高まった。紙一重の戦いを続けていますけれども、勝ち点を積み上げるごとに選手たちも自信を得て、さらに確信をもった戦い方をしてくれている。それが功を奏して、いまの順位にいると思っています」
鈴木孝は2014シーズンのJ3で初代得点王に輝き、昨季は大分との入れ替え戦2試合で3ゴールをマーク。中島は今季のJ2得点ランク2位の7ゴールを挙げている。
【理由2:相馬監督と選手の絶妙な距離感】
唐井氏は2010シーズンから3年間、町田のGMを務めている。そしてJFLを戦った2010シーズンに指揮官として迎え入れたのが相馬監督だった。当時まだ38歳。ワールドカップに出場した日本代表経験者の中で、監督就任第1号となった。
この年の町田はJFLで3位に躍進。平均入場者数と合わせてJ2昇格基準を満たしていたが、Jリーグへの正会員入会予備審査で「スタジアム整備の問題でJリーグの基準を満たしていない」と通告されたことで加盟申請を断念。オフに相馬監督は退団し、川崎フロンターレ監督に就任している。
その後、相馬氏は川崎の監督を2012シーズンの開幕直後に解任され、2013シーズンは山形でコーチに就任。鹿島アントラーズ時代の盟友・奥野僚右監督をサポートした。
図らずも辛酸をなめ、2014シーズンからは再び町田で指揮を執ることになったが、今年になって再び巡り合った唐井GMは、選手に対する相馬監督のコミュニケーション術が変わっていることに気がついた。
「2010シーズンは選手たちがいつも心配して、試合中もベンチをキョロキョロと見ているような状況が多かったんです。一つの完成形として東京ヴェルディに勝った天皇杯が挙げられますが、長丁場のリーグ戦を戦っていく上では、選手たちに対して監督が勝ちすぎてしまっていたというか。今のチームで私が『うまい』と感じていることは、相馬監督のやりたいサッカーを選手たちが彼らの言葉で語れるようになっている点なんです。選手たちのコメントを見聞きしていると『22番目のチャレンジャー』や『コンパクト』、あるいは『距離感』という共通のキーワードが頻繁に出てきます。常日頃から選手たちと意思疎通を図り、目指すサッカーを一緒に積み上げてきたからこそ一体感のある試合ができている。いい大人をつかまえて『人間的に成長した』うんぬんという言い方はしたくありませんけれども、人に向き合うというところではさらに成熟したのかなと感じますよね。相馬監督が選手を信頼することで、現在のサッカーが作り上げられてきたと強く感じます」
唐井GMが言及した“22番目のチャレンジャー”とは、J3の2位で昇格した町田はJ2で一番下の格付けという意味だ。相馬監督がことあるごとに発信してきたキャッチーな言葉を、李漢宰は岐阜戦後に自分たちに警鐘を鳴らす意味で口にしている。
33分に先制しながら直後に追いつかれ、勝ち越し点を奪えなかった90分間を「今季で一番ダメな試合」と位置づけ、再びギアを入れるためのきっかけにしたいという思いがそこには込められている。
「相手がどうのこうのというよりも、まずは自分たちですよね。選手たちが今の順位を意識していたり、勝ちを意識していることはないと思っていますけど……自分たちはあくまでも『22番目のチャレンジャー』だと口では言いますが、試合の中でやはり多少は慎重になっている部分があるのかなと。後半はちょっと修正できましたけど、全体で見れば元気がなかったというか、重心が前へ行く部分が足りなかった。まだまだ自分たちにはチャレンジャー精神が足りないし、紙一重の戦いでやるべきことを実践できなくなれば、負けが先行する可能性もあると思っているので」
相馬監督が選手たちと同じ目線に立ち、共有してきたイズムはそう簡単にぶれることはない。
【理由3:J1ライセンス取得へのモチベーション】
今後も好調をキープし、2位以内でシーズンを終えても、クラブを取り巻く環境が現状のままではゼルビアのJ1昇格はかなわない。スタジアムの収容人員(1万5000人未満)や屋根不足、トレーニング施設の点でJ1基準を満たしていないため、J1ライセンスを申請しても交付されないからだ。
唐井GMも「3カ月や半年でできることはない」と現状における厳しさを認めたうえで、行政サイドなどと粘り強く交渉していく方針を示している。
「いろいろなところに働きかけをしていますし、もちろん町田市の助けが必要なわけですけど、町田市の皆さんもその点はよく理解してくださっている。そうした環境面だけではなく、過去のJ1昇格プレーオフに進出したチームの予算を見ると、8億円はないと厳しい。J1を狙うに至っては、10億円に乗せても簡単なことではない。選手たちの頑張りで本当に夢見るような順位にいますけど、勝ち点が減ることはないので、できる限りたくさん積み上げて、まずは早くJ2残留を決めて、今後のJ2定着を打ち出した上で、『次はJ1を狙います』という宣言をするためのポジティブなシナリオを描いていきたい。そのためにはクラブの経営規模も大きくしていかないといけない」
今年の結果ではJ1昇格を実現できないからといって、選手たちのモチベーションが低下することはない。厳しい現状に対して、むしろ高まっていると中島は力を込める。
「自分たちが結果を残していけばそれだけ注目されるし、いい順位をキープしていけば環境が変わっていくと思うし、そう願いながらプレーしている。僕たちは勝つことでしか、順位でしかアピールできないので、これからも目の前の試合を一つずつ確実に勝っていきたい」
好調なチームに導かれるように、ホームの平均観客数も昨季の3766人から5924人に大きく増えている。町田という地域をゆっくりと、確実に巻き込みながら、それでいて現状に対して決して浮かれることなく、地に足をつけて戦っていく。
目標は2020年――。東京五輪が開催される節目の年をJ1初挑戦のターゲットシーズンにすえた小さなクラブの壮大なチャレンジは、まだ幕を開けたばかりだ。その一里塚として、相馬監督が丁寧に作り上げてきたFC町田ゼルビアの胸のすくような快進撃がクラブの歴史に刻まれている。
文=藤江直人
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By 藤江直人