2016明治安田生命J1リーグ・ファーストステージを制した鹿島アントラーズ [写真]=Getty Images
派手なガッツポーズもなければ、勝ちどきの雄叫びも響いてこない。チームカラーのディープレッドに染まったスタンドが狂喜乱舞しているのとは対照的に、ピッチの上にいた鹿島アントラーズの11人は淡々とした反応で試合終了を告げるホイッスルを聞いた。
最下位のアビスパ福岡に勝てば、2位川崎フロンターレの勝敗に関係なく優勝が決まる明治安田生命J1リーグ・ファーストステージ最終節。場内に正式なアディショナルタイムが表示されないまま、時計の針が94分を20秒ほど回った直後に決着の時が訪れた。
笑顔こそ浮かべているが、歓喜の輪ができるわけではない。キャプテンのMF小笠原満男は福岡戦を最後に退団するDF青木剛とFWジネイの下へ真っ先に歩み寄り、肩を抱き寄せながら労をねぎらった。
前半に奪った2点のリードを、9度目となる零封劇で危なげなく守り切った。前節にヴィッセル神戸から逆転勝利を奪い、初めて立った首位の座を盤石の試合運びで譲らなかった90分間を、MF柴崎岳は冷静かつ独特の口調で表現した。
「ひと区切りとなるファーストステージで優勝できてとりあえず喜んではいますけど、そこまで大はしゃぎしているわけでもない。僕たちにはまだ先があるので」
ステージウィナーは獲得タイトルにはカウントされない。だからこそ、鹿島にとっては通過点となる。それでも前人未到の3連覇を達成した2009シーズン以来、7年ぶりにリーグ戦で「優勝」に絡んだ軌跡がもたらす価値は大きい。
強化部長を務めて21年目を迎えた鈴木満常務取締役が、感慨深げな表情を浮かべる。
「この先の伸び率というか、成長の度合いというものが違ってくる。これから強くなると思う」
神様ジーコが現役復帰を果たした25年前に前身の住友金属蹴球団の監督として日本リーグ2部を戦っていた鈴木氏が描いた青写真のとおり、鹿島は他のJクラブと一線を画すチーム作りで常勝軍団を築いた。
システムはジーコの母国ブラジルが伝統とする「4-4-2」を踏襲。苦境や不振に陥った時に必ず立ち戻れる場所を作った上で、高卒を中心とする新人の有望株を獲得し、チームの主軸がピークに達する3年間と重複させながら哲学を継承させてきた。
例えばジュビロ磐田との死闘となったチャンピオンシップを制し、第1期黄金時代を迎えた1998シーズン。鹿島には小笠原、今もゴールマウスを守るGK曽ヶ端準、現在はギラヴァンツ北九州でプレーするMF本山雅志、2年前に引退したDF中田浩二の「黄金世代」が加入している。
当時の鹿島の中盤には司令塔にビスマルク、ボランチには激しい対人守備を武器としていた本田泰人が君臨していた。後に両者のストロングポイントを引き継ぐ小笠原は、プロの世界へ足を踏み入れた直後の心境をこう振り返ったことがある。
「自分が若い頃も上の人に支えられながらタイトルを取って成長できた部分がある。タイトルを取らなければ見えてこないものがあるし、タイトルを一つ取れば『またああいう経験をしたい』という気持ちも芽生えてくる。その積み重ねでチームは強くなっていく」
決意どおりに21歳にして中心選手となった小笠原は、2000シーズンに史上初の国内三冠制覇、2001シーズンにはJ1連覇の原動力となると、2007シーズンに幕を開けた3連覇でも鹿島をけん引する。
第30節からの5連勝で川崎を逆転するなど、くしくも今シーズンと同じ軌跡を描いた2009シーズンの時点で「黄金世代」は30歳。かねてから「同じチームで勝てるのは3年間が限度」を持論とする鈴木強化部長の青写真では、次の世代へバトンが託されていく過渡期となるはずだった。
しかし、日本サッカー界に訪れた新たな潮流がプランを狂わせる。清水東高校から加入して5年目のDF内田篤人が、2010年7月にブンデスリーガのシャルケへ移籍。日本代表でも活躍していたリーダー候補を快く送り出した時の本音を、鈴木強化部長は苦笑しながら振り返ったことがある。
「一時は中田や柳沢(敦)、小笠原も鹿島を離れて海外へ移籍したように、10年のスパンどころか、幹となる選手が3年ないし4年しか在籍しないことを前提に、チームを作らなければいけなくなった。サッカー人生は一度限りだし、海外移籍に対してダメと言うつもりはないけど、内田や大迫(勇也)が今もプレーしていればもっと強い鹿島になっていますよ」
3連覇を達成した遺産で2010シーズンの天皇杯を制し、2011シーズンからはナビスコカップを連覇した一方で、チームは伸びしろを完全に失っていった。年間を通じて最も安定した力を発揮するチームが頂点に立てるリーグ戦で、優勝争いに絡めなくなった事実が、鹿島の総合力が低下していることを如実に物語っていた。
危機感を抱いた鈴木強化部長は三冠を獲得した当時の指揮官で、厳しい指導で若手を育成できるトニーニョ・セレーゾ監督を2013シーズンから再招へいする。同時にフロントが主導する形で、半ば強引に世代交代を推し進めた。
例えば昌子源がディフェンスリーダーを拝命したのは、米子北高校から加入して4年目の2014シーズン。前年オフに当時31歳だった元日本代表DF岩政大樹(現ファジアーノ岡山)との契約更新をあえて見送り、3年間でJ1出場が13試合にとどまっていた昌子へ大役を継がせた。
本来ならば、世代交代とは若手が実力で勝ち取るもの。フロント主導という異例の形に鹿島が置かれた苦境を悟った岩政は、昌子に熱いエールを託して去っていった。
「お前の潜在能力は高い。必ず鹿島を背負うセンターバックになれる」
トニーニョ・セレーゾ前監督の下で昌子のほか、FW土居聖真、DF植田直通もチャンスを獲得。MF遠藤康は初の2けたゴールを達成し、ジョルジーニョ元監督時代から主軸を担った柴崎は日本代表に招集されるなど、必要不可欠な存在となった。
個々が鍛えられた一方で、紅白戦などで真剣勝負が高じて小競り合いに発展することも日常茶飯事だった鹿島伝統の「激しさ」が失われていく。理由は日々の練習にあった。不慮のケガを恐れていたのか。トニーニョ・セレーゾ前監督は紅白戦などでスライディングタックルを厳禁とした。
しかし、育てることと勝つことの両立を求められるのが鹿島の掟。無冠のままで迎えたトニーニョ・セレーゾ体制の3シーズン目。ファーストステージで8位に甘んじ、セカンドステージでも出遅れた第3節終了後にクラブは決断を下す。ここでトニーニョ・セレーゾ監督を解任し、コーチから石井正忠監督を昇格させたのだ。
石井監督はまず練習におけるスライディングタックルを解禁する。Jリーグが産声を上げた1993シーズンに中盤でプレーし、鈴木強化部長とともにジーコの薫陶を強く受けた指揮官にその理由を聞くと、こんな言葉が返ってきたことがある。
「サッカーの試合で普通に起こるプレーなので、それをちゃんと練習からやっていこうということ。選手たちには、最初のミーティングで『戦う姿勢を見せてほしい』と言いました」
1998シーズンこそ福岡でプレーし、その年限りで引退した石井氏は、翌年からユースのコーチ、トップチームのフィジカルコーチやコーチとして鹿島に携わってきた。トップチームの監督経験はなかったが、創成期から紡がれてきた鹿島の伝統を再び具現化させる上で切り札的な存在だったのは間違いない。
就任からまもなく1年。たとえレクリエーション的なミニゲームでも負けることを拒絶する“勝者のメンタリティー”が、若いチームを蘇らせた。
今年4月の練習中のこと。おとなしいイメージの強い土居が、練習中に選手会長のDF西大伍と怒鳴り合いを演じている。柴崎や昌子と同じ1992年生まれで、ユースから昇格して6年目を迎えた土居は、鹿島の地でプレーしていたジーコのスピリットを直接知らない。それでも小笠原の頼れる背中に触発されながら、鹿島というチームだけに受け継がれるモノが存在していることは理解できた。
「鹿島らしさと言われてもメンバーが違うので。僕らは僕らのサッカーしかできないし、その意味では新しい僕たちらしさというものを、ちょっとは示せたファーストステージだったのかなとは思います。新しい僕たちらしさですか? 今はちょっと分かりません。今シーズンが終わって、初めてそれを言葉にできるのかなと思います。(小笠原)満男さんにしかできないことがあるし、僕らがマネしろと言われてもできないこともある。僕たちなりの(バトンの)受け取り方をしなければいけないと思っているので」
前節の神戸戦では西とFW金崎夢生が激しく口論した。チーム内に漂う、いい意味で妥協を許さない一発触発の雰囲気。守備を巡って何度も火花を散らした、第1次黄金時代のビスマルクとDF秋田豊をダブらせながら、鈴木強化部長は目を細める。
「神戸戦も含めて内容が良くなかったし、自分たちのリズムでできていないのにそれでも勝ち切れる点で、ちょっとは成長したかなと。今日の試合を見ていても分かるとおり、まだまだ小笠原のチームだけど、(若手や中堅が)ピッチに立ってリーグ戦で優勝できたという経験を積めたことは大きい。それだけ力になるということです」
2009シーズンのリーグ優勝を知っているのは、小笠原、曽ヶ端、青木、遠藤の4人だけとなった。もっとも2008シーズンからキャプテンを務めてきた37歳の小笠原は、受け継がれてきたバトンを完全に託すまでには至っていないと力を込める。
「悪い流れの時にコントロールするのが自分の役割。いい流れの時にはどのチームも勝てる。悪い時に『お手上げです』とズルズルいくのではなく、ちょっとやり方を変えてみるなど、どうしなきゃいけないのかをもっと覚える必要がある。一生懸命やるだけでは勝てない。勝ち方というものを覚えた時にこのチームは本当に強くなるし、さらにタイトルを積み重ねていけるチームになる」
だからこそ、ステージ優勝を経験したことで加速される要素もある。古巣の明るい未来を笑顔で確信したのは、青木のユニフォームを着込み、スタンドでステージ優勝を見届けた内田だ。
「結果が出ることですごく成長するというか、もっと強くなる。だから、勝てないチームはいつも2位になるし、一度でもそこを突き破れば優勝できるチームになる。結果が先に出ることが大事なんです」
息つく間もなく7月2日からはセカンドステージが始まる。ホームにガンバ大阪を迎える開幕戦を皮切りに、鹿島が両ステージの完全優勝、そして明治安田生命Jリーグチャンピオンシップで年間王者に挑んでいく過程で、試行錯誤を重ねながらも伝統を紡ぎ、打ち上げられた常勝軍団復活への狼煙の真価が問われる。
文=藤江直人
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