センターバックが“ただ守る”時代は終わった。そんな表現は大げさかもしれないが、攻撃への関与が求められるようになった今、守備だけでは物足りなさを感じてしまう。デカくて、強くて、速いだけではだめ。賢くて、うまくなければならない。守備も攻撃も高いレベルでこなせるハイブリッド型こそが理想のセンターバックと言ってもいいだろう。
かつて、その鉄壁の守備から「アジアの壁」として恐れられ、今はアビスパ福岡の指揮を執る井原正巳監督の目に、現代のセンターバックはどう映っているのだろうか。世界基準の変化に目を向けながら、日本人が秘める可能性について、その考えを語ってくれた。
インタビュー・文=高尾太恵子
取材協力・写真=ナイキジャパン
■「相手の攻撃を潰しておけばいい」という時代ではない
――近年、センターバックに必要とされる能力が多様化しています。井原監督が考える、現代のセンターバックに求められるものとは何でしょうか?
高い守備力が大前提であることに変わりはありませんが、そこに攻撃力が求められるようになった。守備力が高ければいいという時代ではなくなっていて、今はオールラウンドな能力が要求されていると思います。センターバックは攻撃の第一歩にならなければいけない。完璧な守備力を備えつつ、いかに攻撃参加できるかが重要になってきているんだと思います。
――GKやDFが「攻撃の始点」と言われるようになりましたよね。
もちろん、チームによって戦い方が違うので、細かい要求は変わってくると思います。ボール支配率が高く、攻めている時間が長いチームは、より攻撃の質が高い選手をセンターバックに置くでしょうし、守備の時間が長いチームは攻撃力よりも守備力に長けた選手を起用したいと思うでしょう。このようにチームによって差はありますが、現代サッカーで要求されているのは、その両方をハイレベルに兼ね備えている選手だと思います。
――井原監督が現役時代の頃に比べると、センターバックに求められる役割は大きく変化したのでは?
攻撃の質よりも守備力を求められることのほうが多く、「守っていればいい」というような時代でしたからね(笑)。今はディフェンスラインを高く設定して、そこから攻撃のスイッチを入れる。崩しの役割をも担うようになった点が、一番変わったところだと思いますよ。GKが高い位置でポゼッションに参加することが当たり前になって、「相手の攻撃を潰しておけばいい」という時代ではなくなっている。アビスパでは、冨安(健洋)がセンターバックとボランチをやっていますが、彼のようにボランチもこなせる選手が最終ラインを守ることが非常に増えてきていると感じます。
――より効果的に攻撃の組み立てに参加するためには、足元の技術も必要だと思います。
そうですね。センターバックだけではなく、今はどのポジションにおいてもしっかりとした技術が求められます。それにテクニックがあれば、フィジカル面やスピードをカバーすることもできますからね。
――一方、守備では相手の動きを予測する力が必要だと思います。予測力はどのようにして培われるのでしょうか。
頭を柔軟にすること、そして常に駆け引きを意識することが大事だと思います。これまでは、指導者に言われたことだけをやっていれば良かったかもしれないけど、最近では自分で判断して、その状況に応じたプレーをすることが求められます。育成年代から考えさせることが非常に大事ですし、そういった指導がスタンダードになりつつありますね。
■海外と日本の差、そして日本人選手の可能性とは
――海外サッカーはご覧になりますか?
最近はあまり見る時間がないのですが、現役の頃はよく見ていましたよ。我々の時代は「ダイヤモンドサッカー」しかなかった(笑)。今ではすべてのリーグが放送され、様々なサッカーが見られるので、子供たちは幸せだと思いますよ。
――「ダイヤモンドサッカー」は懐かしいですね(笑)。では、外国人選手で注目しているセンターバックはいますか?
各国の代表選手やヨーロッパの強豪クラブでプレーしているセンターバックは一流だと思います。ドイツのセンターバックは堅実でフィードの精度が高く、イタリアは強さと高さ、堅実さを兼ね備えている。いずれにせよ、個の力がベースにあると思います。特にセルヒオ・ラモスはすべての能力が高いですよね。
――国やリーグでそれぞれの特性があると思いますが、日本人センターバックと比較した時に感じる差はどのような点でしょう。
「個の質」と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、どんなFWが相手でもしっかりと抑えられる力です。普段から世界トップレベルのFWと対峙している環境もあって、ヨーロッパの主要リーグでプレーするセンターバックは強靭なフィジカルや高い技術、戦術眼などすべてを兼ね備えていますよね。最近は、世界と互角に戦えるサイズの日本人選手が増えてきたとは思いますけど、やっぱり個の力が足りない。それはFWも同じで、世界のトップリーグで活躍する日本人選手がまだまだ少ないのは、個の力に差があるからだと思います。
――先ほど挙げられたセルヒオ・ラモスは、現代のセンターバックを代表する選手だと思います。
そうですね。結局、海外のプレーヤーは一人で守れるんですよ。周りからのサポートを当たり前だとは思っていないので、個の力を最大限に生かした守備をする。でも、日本人は一人で守れないから、「どうやって組織で守ろうか」という考えから始まるんです。フィジカルの強さやスピードが足りないから、互いにカバーする。それはチームとして勝つために必要なことではあるんですが、それだけでは通用しない部分も多い。逆に、個の力を持ったセンターバックがもっと組織的に守ることができれば鬼に金棒だと思いますけど、そう簡単にはいかないんですよね(笑)。
――日本人の身体能力を考慮すると組織的に戦うことが勝利への近道のようにも感じます。ただ、その考えから出発していると、個の力が伸びないとも言えると。
勝負にこだわるならば、早い段階で組織的な戦術を浸透させたほうが結果は出やすいですからね。でも、それだと個の力の成長は遅くなってしまう。日本人は、育成年代から組織的な守備が日本人の特長で、ストロングポイントだと思い込んでいるところがあるので、僕はもう少し個の力を磨いてもいいと思っているんです。
――組織的に戦うサッカーを前提にしていると、海外からの評価が得にくくなる可能性はありませんか?
それはセンターバックに限らず、FWでもあると思います。どうしても個の力に目がいきますからね。個の力が飛び抜けている日本人選手はまだまだ少ないですが、吉田麻也選手(サウサンプトン)のように世界で戦えるセンターバックも出てきている。彼も苦労しながらですけど、徐々に信頼を勝ち取っていますからね。まずはトライして、結果を出すことが大事だと思います。
――冨安選手も吉田選手がプレミアリーグで結果を出している姿は希望になると話していました。そのほかにも、昌子源選手(鹿島アントラーズ)が昨年末に行われたFIFAクラブワールドカップでレアル・マドリードを相手に素晴らしい守備を見せました。
彼にはセンターバックとして絶対的に必要な対人の強さがありますよね。スピードもあって、一対一に強い。高さやスピード、クレバーさというところも含めて、非常にバランスの取れた選手だと思います。冨安も可能性を秘めた選手の一人です。まだ若いですし、海外からも注目されている選手なので、しっかり育ってほしいですね。
――彼の将来性も考えながら、アビスパではボランチで起用している?
彼はよく走れて、気が利く、ポリバレントな選手です。将来的にはセンターバックで戦っていくだろうと思いますけど、ボランチをやることで攻撃のセンスが磨かれるし、その能力はセンターバックで必ず生きてくる。いろいろなポジションを経験させたいと考えています。
――勝つためにはクレバーさやしたたかさも必要だと思います。
それこそが駆け引きです。センターバックはどうしてもリアクションが多くなるポジションですけど、攻撃的な守備もできる。相手のFWに対して、駆け引きで上回れる楽しさがあるんです。代表クラスの選手になると駆け引きもうまいですよね。冨安もそのレベルまでいけると思いますし、まだ10代なので、フィジカルやパワー、スピードも含めてもっと成長していくと期待しています。センターバックで活躍する選手が出てくることは、日本代表の強化につながるはず。これからどんな選手が出てくるのか楽しみです。
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By 高尾太恵子
サッカーキング編集部