相手MFハリルに2ゴールを許し、逆転負けを喫した日本代表 [写真]=Getty Images
浮かべたのは笑みではなく、鬼気迫る表情だった。開始11分にMF本田圭佑(ミラン)のヘディング弾で先制した直後。試合再開を待つわずかな間に、DF吉田麻也(サウサンプトン)は味方に向かって何度も叫び声を上げている。
「キリンカップでも得点した後にすぐ失点するシーンが続いたので。点を取った後こそ、守備をしっかりと締め直したいということを意識していた」
5万8895人の大観衆で埋まった埼玉スタジアム2002でUAE(アラブ首長国連邦)代表と対峙した、1日の2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選初戦でのひとコマ。最終ラインを統率する28歳の脳裏には、準優勝に終わった6月のキリンカップで味わわされた苦い記憶が刻まれていた。
ブルガリア代表との準決勝は、57分にFW宇佐美貴史(当時ガンバ大阪/現アウクスブルク)がゴールした2分後に失点。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表との決勝では、28分にMF清武弘嗣(当時ハノーファー/現セビージャ)が先制したわずか1分後に同点とされている。
失点の連鎖を断ち切るために。吉田は「継続」をテーマに掲げながら、2度目となるアジア最終予選のキックオフを迎えていた。
「プレッシャーの掛からない状態を作ると難しくなるので、後ろをしっかりとコンパクトにまとめた上で組織として相手にスペースを与えないこと、そして相手のキーマンに対してプレスをかけることを90分間やり遂げることが最も大事になってくる」
こうUAE代表を分析していた吉田だが、ハリルジャパンが先制した時点で、実はある“誤算”が生じていた。キックオフ直後のプレー。UAEはボールを一度最終ラインに預けた上で、日本の陣内へロングボールを蹴り込んできていた。
「前半はボールを(最終ラインの)裏へ早めに蹴ってくるかもしれないと意識しすぎて、ラインが下がりすぎていた。途中からはその部分を修正できたんですけど……」
吉田が檄を飛ばしてから9分後。UAEのキャプテン、FWアハメド・ハリルに約20メートルの距離から直接FKを決められ、日本は同点に追いつかれてしまう。きっかけとなるファウルを犯したのは吉田。残念ながら、最終ラインの位置が修正される前に起きた出来事だった。
UAE戦で国際Aマッチデビューを飾ったMF大島僚太(川崎フロンターレ)が、右サイドバックの酒井宏樹(マルセイユ)へ横パスを送る。しかし、この球足が弱く、インターセプトしようとハリルが猛然と間合いを詰めてくる。
奪われてなるものかと、酒井宏がハリルと競り合いながら強引に中央へ蹴り返す。ボールは日本が最も警戒していた左利きの司令塔、背番号「10」のオマル・アブドゥルラフマンへ。UAEはこの時すでに、右サイドをハリルが、中央をエースストライカーのFWアリ・マブフートが走り出していた。
「10番(オマル)がボールを持った段階で前線の選手が動き出すことをしっかりと頭の中に入れて予測しておけば、早め早めの対応ができる」
こう話していたDF森重真人(FC東京)は、確かにオマルから縦パスを受けてドリブルを開始したマブフートの動きに反応していた。しかし、吉田とともにやや下がり過ぎていたために、マブフートとの間合いを詰める前にトップスピードへ到達させてしまう。
振り切られた森重に代わって、吉田がチャレンジに行く。次の瞬間、切り返そうとしたマブフートは足を滑らせてバランスを崩し、その場に倒れ込む。ひと呼吸置いて、吉田のファウルを告げる主審のホイッスルが鳴り響いた。
「ファウルじゃないだろう」と吉田が、そしてキャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト)が主審に詰め寄る。もちろん判定は覆らない。映像を見直せば、吉田の右手がマブフートの胸と右手にわずかながら触れている。
「ファウルじゃなくても止められたかなと思うし、何よりもほとんど触っていない。絶対にイエローカードじゃないし、レフェリーのジャッジに関しては不可解すぎて発言する気にもなれない」
キックオフを直前に控えたミーティング。審判団の国籍がカタールであることを知ったヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、選手たちに対して「レフェリングには注意するように」と指示を与えている。
アジア予選など公式戦の審判団は、アジアサッカー連盟(AFC)によって割り当てられる。日本サッカー協会の田嶋幸三会長は「我々が決めることではないので」と語るにとどめたが、UAEの隣国であるカタールの審判団が試合を裁くケースは極めて稀であるといっていい。実際には中東でも東アジアでもない地域に最終予選レベルの試合で笛を吹くことのできるレフェリーが少ないことから、AFC関係者は「同組でなければ問題ないという判断になったと思う」と話したが、これが日本にとって難しい展開を招くことになってしまった。
「カタールとUAEがすごく近い国だということは理解しています」
試合後の取材エリアでぶ然とした表情を浮かべた吉田は「理解していました」と発言を“過去形”に訂正した上で、こう続けている。
「アジアではいつもレフェリーの質の低さに驚かされているけど、あまりにもひどい」
吉田が与えた直接FKだけではない。相手が故意に大島の足に引っかかったようにも見えた54分のPK。ペナルティエリア内で宇佐美が体当たりされて倒れても、ノーファウルとなった68分の攻防。そしてゴールラインを割っていたように見えながら、相手GKがかき出したと判定された77分のFW浅野拓磨(シュトゥットガルト)のシュート――。何らかの思惑がレフェリングに影響を与えていたのでは、と思わず疑念を抱くほど不可解な判定が続いた。
「過去の戦いを見ても、何かしらのアクシデントが起こっている。自分のプレーだけではなくて、例えばレフェリングなどに対してもしっかりと気持ちの準備をして臨みたい」
想定外の事態が起こりうるという「覚悟」を決めて、29歳にして初めてアジア最終予選に臨んでいた森重は、アクシデントを乗り越えられなかったことを潔く認めた。
「それ(アクシデント)をはね返す決定力といったものが、自分たちに足りなかった。ただ、ピンチらしいピンチは、本当に(失点した)FKとPKの2つだけだったと思うし、結果的にやられているので何とも言えないけど、そんなにナイーブになる必要はないと個人的には思っています」
ボール支配率は日本の62.8パーセントに対して、UAEは37.2パーセント。シュート数に至っては日本が22本と、9本を放ったUAEの倍以上の数字を記録した。それでも、大事な初戦で歓喜したのはUAEだった。
アジア2次予選を含めて、9試合目で初めて喫した失点。それが流れを変えた非情な現実を、守護神の西川周作(浦和レッズ)は「あれは止めなきゃいけない」と受け入れた上で努めて前を向いた。
「(直接FKは)確かにいいシュートでしたけど、しっかりと僕も手に当てていたので。壁の裏を意識しすぎて、重心がちょっと右に動いてしまった分だけ、力が伝わらなかったのかもしれない。その点は整理しながら、自分の経験値の一つとして次に生かしていきたい」
決勝点となったPKを決めたのもハリル。駆け引きを演じた末に、向かって左へ飛んだ西川をあざ笑うかのように、チップキックをど真ん中へ吸い込ませた。相手が一枚上手だったと認めた西川は、アディショナルタイムを含めた劣勢の約40分間が今後の戦いへ向けたプラス材料になると力を込める。
「追いつけなかったことは確かに残念ですけど、最終予選では1点の重みが変わってくる。ポジティブに考えれば1-3のスコアで終わらなくて良かったと前向きに捉えていいと思う」
同点、そして逆転を狙うあまりに全体が前がかりになった日本は、幾度となくUAEが得意とするカウンターの脅威にさらされた。そして、失点を未然に防ぐたびに、西川はセンターバックの吉田と森重に対して「バランスを頼む」と言い続けた。
「状況的にはもうちょっとリスクマネジメントしながら、バランス良く、焦ることなく時間をかけてでもボールを回していくことで、日本の強みを一番出せるんじゃないかと思う。そこは次の試合へ向けた反省点というか、修正できる部分。結果がすべての世界において、負けのスタートからはい上がっていく姿をいろいろな方々に見せたい」
西川によれば、予期せぬ事態からチームを反転させる一番の近道は「負けた次の試合を勝つ。それに尽きる」という。敵地で6日に迎えるタイ代表との第2戦へ。一瞬のスキを突かれて一敗地にまみれたハリルジャパンの守備陣は、「継続」と「覚悟」をあらためて脳裏に刻み込み、リスクマネジメントの徹底を生命線に据えながら、衝撃的な黒星発進から一夜明けた今日2日に運命の一戦が控えるバンコクへと乗り込む。
文=藤江直人
By 藤江直人