卓越した人心掌握術でレスターを初優勝に導いたラニエリ監督(奥) [写真]=Leicester City FC via Getty Images
昨年夏、母国のカラブリアでバカンスを楽しんでいたクラウディオ・ラニエリの電話が鳴った。レスターをプレミアリーグに残留させ、その後につながるいいチームを作れるか――。そう聞かれたラニエリは、「いい基礎工事をすることには慣れているよ」と答えた。かくして12年ぶりに戻ってきたイングランドの地で、基礎工事どころかたった1年で世界中から称賛される“大豪邸”を完成させてしまうことになろうとは、このとき知る由もなかったはずだ。
シーズンを通して発信し続けてきたポジティブで洒落っ気たっぷりの言葉とともに、“名棟梁”がいかにして奇跡のチームを構築してきたのかを探ってみたい。
■「なんで得意じゃないことをやらなければならないんだい?」
昨シーズン終盤の好調時から注目されていた強烈なカウンターは、ラニエリ監督の“割り切り”によってさらに鋭さを増した。彼は選手の特性を見極めた上で、「パス回しが好きじゃないなら、それを無理強いして選手を重圧下にさらす必要はない」と考えた。
結果、ミスの多さも、パス本数も、ボール支配率も一切無視で、とにかくタテに速くボールを運んでジェイミー・ヴァーディを走らせるスタイルが確立した。“ポゼッション無視”という流行への逆張りは、選手の個性ありきという指揮官の哲学によって生まれたのだ。
■「レスターはフォレスト・ガンプなのだ」
アッズーリの元英雄であり、ラニエリ監督の同胞であるディノ・ゾフ氏はこう言う。「イタリア人はあれこれ考えすぎて物事を複雑にする傾向がある。フットボールをチェスのゲームになぞらえるんだ。だが、ラニエリ監督は物事を明確かつシンプルにする。それが才能だ」。
ラニエリ監督は選手をシステムに縛りつけ、口うるさく細かい動きまで徹底させることはしない。多くを求めない代わりに、「90分間走り続けること」、「ファイターであること」を選手に強く求めた。「走って、走って、走りまくれ」。まさしく、愚直にまっすぐと人生を駆け抜けたあの映画の主人公のように。
■「私のあだ名をTinkerman(いじくる人)からThinkerman(思慮深い人)に変えてくれないかな?」
チェルシー時代に「ティンカーマン」と揶揄されたのは有名だが、レスターではその頃が嘘のようにメンバーも戦術も固定して戦った。徹底した選手のコンディション管理によって疲労やケガを最小限に抑えられたことも手伝って実現した“いじらない”戦い方は、間違いなくチームに一貫性と一体感をもたらした。
ただ、実は目立たないところで細部はいじってもいる。たとえば昨年9月末、5発を叩き込まれて初黒星を喫したアーセナル戦の翌節から、攻撃的なジェフリー・シュルップ&リッチー・デ・ラエトが担っていた両サイドバックを手堅いクリスティアン・フクス&ダニー・シンプソンに代えた采配がそうだ。途中出場やサイド起用が多かったエンゴロ・カンテをボランチに固定したのも同じ頃。年明け以降に守備の安定度が増したのは、こうした丁寧な微調整が実を結んだからだった。
■「クリーンシートを達成したら、選手たち全員にピッツァをおごるよ」
シーズン序盤、撃ち合いばかりで失点が多いチームに発した「ピッツァ発言」は話題を呼んだ。1-0で勝った第10節クリスタル・パレス戦後にやっと“ピザパーティー”が開催されたが、ラニエリ監督は店を貸し切って選手全員にピザ作りを体験させた。「団結して何かをやることで、チームスピリットを生み出すことができる」というのがその理由だった。
ラニエリ監督はこうした人心掌握が巧みだ。昨年12月のある週、選手たちが全員でデンマークのコペンハーゲンに一泊旅行をしてクリスマスパーティーをしたいと言えばオフを1日増やした。2月、リヴァプール、マンチェスター・C、アーセナルとの3連戦で「9ポイント取ったら1週間オフをあげる」と選手に約束し、実際は2勝1敗だったが「OK、勝ったようなものだ。来週の月曜日にまた会おう」と言って選手たちを解放した。よきタイミングで“ニンジン”をぶらさげて、チームの結束力を維持したのだ。
■「デリディン・ディリドン、さあ、起きろ!」
選手たちがトレーニングで間違った動きをすると、ラニエリ監督はベルを鳴らす仕草をして切り替えを促すのだという。
クリスマスには選手全員にプレゼントを贈ったラニエリ監督だが、その箱の中身も小さなベルだった。選手たちは首をかしげ、そのベルを鳴らして笑い合ったそうだが、それは選手をリラックスさせるジョークであると同時に、「これからもしっかり頼むぞ」というメッセージだったのだろう。その裏では、睡眠時間を削って映像分析を重ねる努力も怠らない。
「相手のたった1人の選手について、60もの映像を夜通しで見てからミーティングにやってくる。49のケースではこう対応して、残りの11のケースではこうしろと、正確に説明するんだ」。そう証言するのはヴァーディ。こうした熱意も選手たちの心をつかんで離さない理由のひとつだ。
■「選手がいなければ、変更もできない。何もできないし、何も起こらないんだ」
年が明けて対戦が2周目に入ると、レスター対策を講じるチームが増えてきた。カウンターを封じるために自陣でブロックを作り、レスターにボールを“持たせる”やり方だ。それでもしぶとくロースコアで勝ちきれた要因は、徐々に守備が安定してきたことと、ここ一番で見せるラニエリ采配の妙だった。
たとえば相手にベタ引きされた第27節ノリッジ戦は、途中出場のレオナルド・ウジョアが終了間際に決勝点を決めて1-0で勝利した。第29節ワトフォード戦では、ハーフタイムに岡崎慎司とマーク・オルブライトンを下げてアンディ・キングとシュラップを投入。中盤に厚みを持たせ、サイドにスピードを加える戦術変更がこれまた1-0の勝利を呼び込んだ。
ただし、好采配について聞かれてもラニエリ監督は「選手のおかげ」と手柄を譲る。後にウジョアがヴァーディ出場停止の危機を救ったのも、こうした控え組への配慮を怠らなかった成果だ。
■「あと5ポイントで40ポイントだね」
2-1で勝利して首位に浮上した12月のチェルシー戦後、ラニエリ監督は選手たちにそう言った。40ポイントはつまり“残留ライン”。周囲がどんなに奇跡の優勝を煽っても、ラニエリ監督は浮かれることなく目の前のノルマだけを強調し続けた。残留が決まればトップ10、次はヨーロッパリーグ出場圏、そしてチャンピオンズリーグ出場権獲得……。「ファンは夢を見ていいが、我々は現実を見なければいけない」をモットーに、目標はあくまで一歩ずつ上方修正。そのポリシーがサブリミナル効果のように選手に浸透したから、レスターはいつだって地に足をつけて一貫したパフォーマンスを発揮してこられたのだ。
決して多くはいじらず、細やかな気配りの数々でチームに“和”をもたらしたラニエリ監督は、こんな風に語ったことがある。
「全選手がチームに参加している気分でいるはずだ。だから、よくないプレーをすれば仲間を裏切った気分になるだろう」
間違いなく、彼が導いたミラクル・レスターは、そういう一枚岩のチームだった。
(記事/Footmedia)
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