人口33万人の小国アイスランドが、いよいよユーロに初出場する [写真]=Getty Images
ユーロ2016の大会5日目、ポルトガルとともに24カ国中最後に登場するのが、アイスランド代表だ。人口わずか33万人の大会史上最小国は、予選でオランダ、チェコ、トルコと同居する激戦のグループを堂々の2位で突破し、悲願の初舞台に辿り着いた。
初出場の彼らだが、実は32歳の守護神ハンネス・ハルドルソンには、「ユーロ出場経験」がある。といっても、それはサッカーではなく、「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」という“音楽界のユーロ”の方だ。ハルドルソンは国内リーグからノルウェーのクラブに移籍した2014年までセミプロで、本業は映像ディレクターだったという変わり種。そして2012年、上記のソング・コンテストにエントリーした母国代表アーティストのミュージックビデオを監督したのだ。
他にも、ハルドルソンはプロの映像作家として多くのCMなどを手がけてきた。一方では、サッカーでも2011年にアイスランド1部リーグの年間最優秀選手に輝き、同年にフル代表デビュー。あるときは代表選手をフィーチャーしたアイスランド航空のCMで“監督兼出演者”となり、ユニフォーム姿のままチームメートたちをディレクションしたこともあったといい、見事に二足のわらじをはきこなしていた。
今でも「長編映画を撮る」という夢を諦めていないハルドルソンだが、ノルウェーリーグでプレーする現在は働いていた映像制作会社を一旦離れ(引退後は復職する約束もあるそうだ)、れっきとしたプロ選手となっている。ただ、国外移籍前の2013年には、あるインタビューで「僕の本業は映像制作で、収入の大半はそっちからなんだ」と答えていた。いまも完全にプロ化していないアイスランドのリーグでは、当時の彼のように、サッカー以外の職で生計を立てるアマチュア選手が大半だ。
ユーロ2016登録メンバーの23名こそ全員が国外クラブでプレーするプロ選手だが、たとえばラーシュ・ラーゲルベックとの二頭体制で代表の指揮を執る共同監督のヘイミル・ハルグリムソンも、母国では歯科医の顔を持つ。現在は代表に専念するため休業中だが、彼もまた英紙『テレグラフ』の記事で「アイスランドではフットボールのコーチだけじゃ金は稼げないんだ」と語っている。
そんな、言ってしまえばサッカー後進国の小国が急激に力を付けた背景には“黄金世代”の台頭がある。中盤の二枚看板であるギルフィ・シグルズソン(スウォンジー)やアーロン・グンナルソン(カーディフ)、ともにエールディヴィジで名を上げたコルベイン・シグソールソン(ナント)とアルフレズ・フィンボガソン(アウクスブルク)のFWコンビなど20代半ばの主力組がこれにあたるが、この世代は「インドア・キッズ」と呼ばれている。
極寒のアイスランドでは、ピッチが凍る冬は外で練習できないのが長らく当たり前だった。だが、2000年代に入って協会が屋内サッカー場や人工芝ピッチへの設備投資を強化したことで、練習環境の整備が飛躍的に進んだ。元々、小国の割にUEFAの指導者ライセンス保有者が多いと評判でコーチの質には定評があり、これらがうまく重なった結果、インドアでスキルを磨き、16歳でイングランドのレディングへと引き抜かれたシグルズソンのような、若くから国外でチャレンジできるタレントが増えていったのだ。
そして、2011年にやってきたラーゲルベック監督が代表チームに施した“改革”が仕上げとなった。この元スウェーデン代表監督は、遠征専用機のチャーターや食事管理、優秀なフィジオやアナリスト、スペシャリストコーチの登用など、それまでアイスランドに欠けていた要素を持ち込むと同時に、ピッチ内でも「インドア・キッズ」第一世代を中心とした選手たちにプロ意識を植えつけた。
「彼が来てすべてが変わった。あらゆるゲームで勝利を目指す思考法が全選手に根付いた。『相手が強いから引き分けで満足』なんて、決して言わなくなったんだ」
そう証言するのは29歳のDFアリ・スクラソンだ。オランダ相手に臆することなく立ち向かい、2戦2勝を収めた今予選の戦いが、その言葉を裏付ける。
加えて、ラーゲルベック改革を選手の立場から助けたのが、チェルシーやバルセロナで世界最高峰を体感し、若い世代から絶大な信頼を得るエイドゥル・グジョンセンだ。ブラジルW杯予選敗退後にラーゲルベックが代表引退を翻意させたレジェンドは、現チームではスーパーサブだが、チームの誰もが尊敬してやまないプロの鑑なのだ。
1978年9月15日生まれのグジョンセンは、初戦で対戦するポルトガルのDFリカルド・カルヴァーリョ(78年5月18日)に次いで、フィールドプレーヤーでは今大会で最年長2番目の選手である。そんな彼が、37歳にしてとうとう最高の仲間たちを得て、おそらく最初で最後となる大舞台に立つ姿は必見だ。
元“兼業フットボーラー”からインドア世代のエリート、そして有終の美を目指す大ベテランまで、十人十色の出自を持った小国の英雄たちの挑戦に、ぜひ注目してほしい。
(記事/Footmedia)
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