23日に行われた松田直樹の追悼試合に出場した田中亜土夢
2006年から在籍してきたアルビレックス新潟との契約をあえて更新せず、2015年1月に長年の夢だった海外移籍の一歩を踏み出した田中亜土夢。彼が赴いたのは、フィンランド1部リーグに当たるヴェイッカウスリーガのHJKヘルシンキだった。
国内リーグ優勝26回、フィンランドカップ優勝12回と数々のタイトルを獲得してきた強豪クラブは、フィンランドで唯一チャンピオンズリーグ(CL)のグループステージに進出したクラブとしても知られている。この新天地で彼は背番号10を託され、2015シーズンはリーグ33試合中31試合に出場。年間8ゴールを奪い、ベストイレブンにも選ばれたという。田中自身も異国での最初の1年間を振り返り、手応えを感じている様子だ。
「得点はプロになってから一番取れたシーズンでした。それだけゴールへの意識が高くなりましたね。自分は外国人選手なので結果が必要だと強く感じたし、そういう考え方もあって得点が増えたのかな。新潟から契約延長の話をいただきながら、残りのサッカー人生を考えて思い切って決断したわけですが、ヨーロッパでの第一歩はとりあえず踏み出せたかなと思います」
フィンランドは特殊なフットボールカレンダーを採用しており、4月に開幕し10月末に終了するという日本やタイと同じようなシーズン制を取っている。冬季は雪深くて屋外でプレーできないため、1~2月は室内トレーニングとインドアでのプレシーズンマッチを消化する。そして3月にスペインでキャンプを行い、4月からのリーグ開幕に備える形だ。
今シーズンのHJKは前年のリーグ優勝を受けて夏にCLの予備予選に参戦。惜しくも3回戦で敗退し、UEFAヨーロッパリーグ(EL)のプレーオフに回ったが、残念ながらこちらもクラスノダール(ロシア)に敗れて本戦出場は叶わなかった。HJKは「育てて売る」という方針を大事にしており、毎年夏にチームの主力半分が他国のクラブに買われしまうため、後半戦はメンバーがガラリと変わるのが常。攻撃の主力である田中も「難しさを実感した」というが、こうした部分も含めて、すべてが斬新な経験だったようだ。
「ヘルシンキは住みやすい町なんで、現地適応という意味では全く問題なかった。夏は暗い時間が夜中の3時間くらい、冬はその逆なので差が激しくて大変ですが、そういう環境にも慣れました。食事面は妻が新潟のお米を炊いてくれたので、それを食べて頑張ってました(笑)。一年間通訳なしで生活できたのも自分にとっていい経験でした。今シーズンの最初はチームメートにハーフナー・マイク(現デンハーグ/オランダ)がいたので、彼のおかげで頑張れたのもあります。正直。マイクの存在は非常に大きかったですね。チームでは新潟時代と違ってトップ下を任されることが多かった。最後の何試合かは左右のサイドハーフもやりましたけど、新しいポジションで自分をどう出すべきかを見いだせたりして、新たな発見も多かった。自分はドリブルでグイグイ前へ行くタイプではないので、真ん中で受けて周りをうまく使い、コンビネーションを生かしながらゴールに向かうことを覚えましたね。サイドでやっていたことが真ん中でも生きたのはあります。HJKはフィンランドの強豪なので、対戦相手は常にガムシャラに向かってくる。その分、戦い方が難しいですけど、今年は前線からプレスを掛けて高い位置でボールを奪って攻める形が中心だった。新潟でやっていたサッカーに近い感じだったので入りやすかったですね」
かつてないほど濃かった北欧での一年間を熱く語ってくれた田中だが、「HJKのエースナンバー10」として欧州各国に自分自身の存在を認識させたことは間違いない。彼自身も次なるステップを思い描き始めている。かつてオランダリーグ2部のVVVフェンロでリーグMVPと1部昇格をつかんだ本田圭佑(現ミラン/イタリア)が10億円を超える移籍金でロシアのCSKAモスクワに移籍したケースがあったが、彼もHJKで際立った数字を残せば、同じようなキャリアアップを遂げることは十分可能なはず。その野望を現実にすべく、1月頭に再びフィンランドへ戻って自分自身を磨いていくつもりだ。
「今、28歳なので、早めにステップアップしないと残されたサッカー人生が短い。そういう意味でも、今のチームで結果を残し続けるしかないと思います。HJKでCLやELの予備予選を戦ったのはいい経験だったけど、ドイツとかもっと高いレベルのリーグに行きたいという思いは強い。そこを目指してやっていくつもりです」
その先には長年の夢である日本代表入りも見据えている。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる日本代表には、同い年の槙野智章、柏木陽介(ともに浦和レッズ)、森重真人(FC東京)、U-20日本代表で同世代だった香川真司(ドルトムント)、吉田麻也(サウサンプトン)ら旧知の面々が多数を占めている。彼らの活躍を大きな刺激にして、田中亜土夢も30歳を目前に初めて代表入りした丹羽大輝(ガンバ大阪)のように、成り上がっていく可能性は十分ある。
「今の日本サッカーの中心は僕らの世代。だからこそ今が頑張り時だと思う。日本代表にもいつかは必ず入りたいし、そのためにもアピールをし続けたい」
12月23日に行われた『ドリームマッチ群馬2015・Remember松田直樹』では、PKとFKで2ゴールを叩き出し、MVPを獲得し、高校時代を過ごした群馬の人々に成長を示した田中亜土夢。着実に逞しさを増す遅咲きのアタッカーに近い将来、ハリルホジッチ監督が目を向ける日が訪れる予感がする。
文・写真=元川悦子