2013.02.09

「FIFAアンセムが流れ、選手たちが入場するシーンは心にぐっとくる」――松原渓

2011年に産声を上げ、サッカーファン、映画ファンから熱い支持を集めてきた「ヨコハマ・フットボール映画祭」。今年も2月11日(月/祝)、16日(土)、17日(日)の3日間で本邦初公開のジャパンプレミアを含む7作品を一挙上映! そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各7作品の映画評を順次ご紹介。今回は自身も芸能人フットサルチーム、南葛シューターズでプレーするなど女子サッカーに精通する松原渓さんに本映画祭で日本初公開となる作品『フットボールアンダーカバー 女子サッカー・イスラム遠征記』 についての映画評を寄稿いただきました。
フットボールアンダーカバー 女子サッカー・イスラム遠征記

「FIFAアンセムが流れ、選手たちが入場するシーンは心にぐっとくる」松原渓

 2012年7月5日、国際サッカー評議会(IFAB)はイスラム教徒の女性が髪を覆うスカーフ(ヘジャブ)の着用を認める決定を下した。この決定が下されるに至るまでには多くの苦労があった。
 2007年3月には、IFABは「自分自身あるいは他の競技者に危険となるような用具やその他のもの(装身具を含む)を身につけてはならない」と記した競技規則第4条に抵触するという安全上の問題を理由に、サッカーにおけるヘジャブ着用を禁止した。イスラム教徒の女性に取ってヘジャブを着用することは、戒律で定められており、アイデンティティに関わる重要な問題である。それを許されないということは、つまりサッカーをする権利が与えられないということだ。
 2011年6月には、ロンドンオリンピック出場権をかけたアジア2次予選で女子イラン代表が、長袖シャツ、長ズボン、ヘジャブを身につけてピッチに立ったところ、審判から「イランのユニフォームはFIFAの規定に違反しており、出場資格がない」として不戦敗となった。当時のニュースに衝撃を受けたのをよく覚えている。オリンピック出場を目指して日々トレーニングに励んできた選手たちの落胆を考えると、胸が締め付けられる思いだった。
 しかし、イスラム教徒としてのアイデンティティを大切にしつつ、サッカーへの情熱に動かされた女性たちの行動や、人種差別・性差別だという反対運動などを受けて、国連などでも見直しの声が上がり、ついにこの決定に至ったのだ。
「フットボールアンダーカバー」は、まさにそのテーマを扱った作品だ。サッカーを通して、イスラム文化における女性の人権問題を扱ったドキュメンタリーである。

 太陽に照りつけられた砂埃の舞う広場で、黒いヘジャブを身につけた女の子がリフティングをしている冒頭のシーンが印象深い。そのリフティングがまた上手いのだ。
 ドイツのアマチュア女子サッカーチームに所属する主人公のマーレンは、イランの女子サッカー代表チームの話を聞いて興味を持ち、練習試合を申し込み、計画する。そして、イランサッカー協会のメインスポンサーであるイラノール石油の快諾を得て、いよいよプロジェクトは動き出す。

 ドイツチームのエピソードと同時並行でイラン女子代表チームの選手たちの日常も描き出される。彼女たちは、流行りのサッカーゲームに興じたり、大好きなベッカムのプレーに夢中になったり、また真剣にサッカーを語り合ったりする。しかし、公園でサッカーをするにも、ブカブカのジャージを来て体型を隠し、帽子を深くかぶって女性であることを隠さなければ、革命防衛隊に捕まってしまう。ドイツチームにもイスラム教徒の女の子がいるのだが、その子が豪快で、発言もストレートで気持ちいい。彼女はドイツに暮らしており、スカーフをすることはないが、「言葉で言い表せないほど、サッカーが好き」と話すその女の子の言葉は、イランの女子選手たちにも同じように当てはまるものだろう。

 イランで女子サッカーが始まったのは1968年で、現在女子代表チームを抱えている国の中でもかなり早いほうだという。しかし、その後、イランでは女性はサッカーをプレーすることはおろか、2006年まではスタジアムでの試合観戦も禁じられた。
 代表戦を見ればわかる通り、イランでサッカーは国技とも言われるほどの人気スポーツ。10万人入ると言われるアジア最大のアサディスタジアムもあり、スタンドでは若者から老人までが熱狂する。なんとかして試合を見るために、男装をしてスタジアムに忍び込む女性もいたという。イスラムにおける女性とサッカーの関係は、その厳しい戒律と、権利の間で戦ってきた女性たちの葛藤の歴史でもある。

 準備に長い時間をかけ、イラン女子代表とドイツアマチュアチームの対決はついに実現する。試合が開催されるのは、収容人数1万人のスタジアム。ただし観客は女性だけ、という条件つきだ。当日、スタジアムのスタンドはスカーフを巻いた女性たちで占められる。開放感溢れるスタンドで、観客の女性たちはそれぞれに応援グッズを持ち、リズムを取ってオリジナルの応援歌を歌いながら、サッカーを楽しむ。警官も、カメラマンやペン記者も、すべて女性という徹底ぶりだ。
青空の下、FIFAアンセムが流れ、選手たちが入場するシーンは心にぐっとくるものがあった。そして、ピッチでも熱い戦いが繰り広げられることとなる。今やアメリカに勝るとも劣らない女子サッカー大国と言われるドイツのアマチュアクラブと、一国を代表するイラン女子代表の対戦結果は、果たしてどうなるのか……そこには劇的な結末が待っていた。

 この映画を見て考えさせられることは多々ある。今後、多くの人口を持つイスラム教徒の女性たちが国際大会に参加すれば、女子サッカー界のレベルアップが一気に加速していくだろう。また、これまでサッカーをする機会を奪われていたイスラム圏の女性たちの強い意志と運動を無駄にしないためにも、改めてサッカーが人権問題などにも及ぼす影響について、他人事ではなく考えていかなければいけないと、この作品を見て改めて思った。そして、こうも思わずにはいられない。イスラム圏の女性たちがサッカーの世界で自由を得たとき、ワールドカップでより多くの美女選手が見られるようになることは間違いない!と(笑)。

 本作はベルリン国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。日本ではヨコハマ・フットボール映画祭2013で初公開となるそうだ。この作品をより多くの人が見ることで変わることが、きっとあるはずだ。

松原渓

【プロフィール】
松原渓(まつばら・けい)
1983年8月25日福岡生まれ東京育ち。芸能人フットサルチーム、南葛シューターズ所属。『INAC TV』(BSフジ)オフィシャルキャスター。女子サッカーを中心に、Jリーグ、フットサルなどの取材も重ね、スポーツライターとしても活動中。自身も小学校時代からサッカーをプレーしており、なでしこジャパン入りを目指した過去を持ち、女子サッカーへの想い入れは強い。著書に『日本女子サッカーが世界と互角に戦える本当の理由』(東邦出版)。

『フットボールアンダーカバー 女子サッカー・イスラム遠征記』
ドイツ/ドキュメンタリー/86分/2008年
上映:2月11日(月/祝)11:00~、16日(土)17:00~、17日(日)14:55~
監督:デイビッド・アスマン/アヤット・ナジャフィ
出演:BSV AL-Dersimspor、イラン女子代表チーム
舞台:ドイツ・イラン
(C) Flying Moon /Assmanns 2007

【ヨコハマ・フットボール映画祭2013について】
世界の優れたサッカー映画を集めて、2013年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線新高島駅/みなとみらい駅)にて2月11日(月/祝)・16日(土)・17日(日)に開催! 詳細は公式サイト(http://yfff.jp)にて。

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