東京ヴェルディが公式にサポートする「中央高等学院」を母体とする通信制高校サポート校である中央アートアカデミー高等部は2014年に創立。翌年には「biomサッカーコース」が開講し、東京ヴェルディのクラブハウス内にある教室で英語や数学などの授業を受けつつ、カリキュラムの大半をサッカーに費やす“異色”の学校となっている。同コースの総監督を務める安彦考真さんが、サッカーを通じての人間育成や教育について語った。
安彦考真さんインタビュー
中央アートアカデミー高等部は、2014年に創立しました。2015年にbiomサッカーコースが開講し、創立37年の歴史を持つ「中央高等学院」を母体とする通信制高校サポート校です。biomサッカーコースは東京ヴェルディ公式サポートの元に開講し、英語や数学などの授業も行いますが、カリキュラムの大半はサッカーをする時間となっており、まさに「サッカー漬け」の毎日が送れます。
また、教室は東京ヴェルディのクラブハウス内にあり、練習も東京ヴェルディのトップチームが練習する隣の人工芝グラウンドを使用し、東京ヴェルディユースのコーチが指導します。ここでは高校トップクラスの環境でサッカーを学ぶことができます。
この最高な環境を持つbiomサッカーコースのテーマは「サッカーを通じて生きる力を身に付ける」ことであり、プロサッカー選手を目指すことだけでは無く、様々な状況に応じてどう生きていくのか、「社会に出る」「社会を生き抜く」ための人間を育成することを目的としています。
今年の1月にオランダの複数クラブで研修を受けて来ました。あるチームでは毎朝脳波を測って選手のコンディションを管理します。ジュニア世代からチェックしており、ケガに対する考え方が日本とは違い、ケガを選手のせいにしません。体調管理は選手の責任ですが、ケガは指導者に責任が問われます。オーバートレーニングさせると指導者が解雇されるため、非常に選手のコンディションに気を遣うのです。疲れたか、疲れていないかは、選手自身で気づくことが可能ですが、脳の疲労は自覚できません。特に前十字じん帯を切る、足首を捻挫するといったケガは、脳と体のズレが原因なことが多いのです。脳が疲れると思考の循環回路が悪くなり、脳の指令が遅れてしまう。だから末端、頭から遠い足のケガが多いのです。手を使う野球選手ですら、故障するのは足が多くありませんか? 元ブラジル代表のレオナルド氏も「サッカーは一番難しいスポーツ。なぜなら脳から遠い箇所を動かさなきゃいけないんだからね」と言っていました。
私は、本人の見えない部分についても管理するのが指導者の責任だと思います。例えば、日本人なら「今からダッシュ10本」と指示すれば選手たちは黙ってやりますよね。でも、オランダ人は「なぜやる必要があるのか?」と反応します。そのため、指導者は理屈、理由を説明できる指導法が身についているのです。もちろん実績がある高校には独自のノウハウがあって、やってきたことが脈々と受け継がれていて、日本独自かもしれませんが、秘伝のタレのようなものも必要でしょうね。ただ、例えば昔はゲームをすることのなかった子どもが、日常的に触れることができる現代の世の中を認識し、それを無理やりでは止めることができないという考えを、海外では様々なスポーツが進化している中、指導者たちはちゃんと持っています。だからデータに基づいた客観的な指導術を勉強するのです。後半残り10分でスプリントの回数が激減したなら、「今日は10本多く走ったほうが良いだろう?」とデータに基づいて問うことができれば、選手たちも不満なくやりますよね。
海外のあるチームではユース世代の選手たちの脳波をデータでとっています。「昨日は何時間寝ましたか?」ということに対して、データ上では6時間睡眠したと出ていたとします。しかし、質問された選手は「8時間寝た」と回答する。するとデータ上では、脳は2時間休めていないことが判明します。「おそらく寝る前にゲームをしていた」と仮説が生まれますが、それをを抑制するのでなく「ゲームのやる時間変えようね」と指導することが出来ます。許容して時代にマッチした教え方をしていますね。選手たちをちゃんと見ている仕組みが素晴らしいと思いますし、とても感心します。生物的に人間をとらえ、サッカー選手である前にアスリートである。アスリートである前に人間、人間である前に生物なんだと…。
オランダは国をあげて、「人の成長は体のどこから始まるか?」という調査したそうですが、答えは「手」だったらしいです。もともと寒い国ですから手袋が重視されています。本来、親は大きなサイズで買え与える場合が多いですが、ジャストサイズを買うようにチームは指示しています。子供が「小さくなったから新しい手袋を買って!」と言うと、親は「手袋を大きくしました」と指導者に報告することで、成長期に入ったと知らせるのです。日本では成長期にどんどん練習をやらせようとしますが、オランダでは休ませることをします。成長するエネルギーは1つしかないのです。そのたった1つをサッカーに使うと、身体が成長しなくなってしまう。日本で背が伸びるタイミングは春休みが多いですよね。つまり部活をやめている期間だということになると、小学6年生から中学1年生、中学3年生から高校1年生、高校3年生から大学1年生になりますが、本来はもっと平均的に伸びていくものなのです。一気に伸びるということは骨が成長しているということでもありますので、腱が無理に引っ張られ、ケガをしやすくなります。基本的に腱は骨から遅れて成長するというような分析が日本には無い。個人的には根性論は嫌いではありませんが、選手の「なぜ?」 に答えられるようにするのが21世紀型指導者だと思います。
主観的な話や経験を伝えるのはとても良いことだと思います。大人を対象とするような講演会に限っては、受け取り方が自由ですが、子供たちを相手にした場合は、ダイレクトに理解してしまいます。まだ自分でかみ砕いてオリジナルに変える力はありませんので、客観的に作ってあげて、オリジナルにどうできるかを教えることが育成年代に必要だと感じています。“自主性”とは30歳を過ぎても持つことが難しいのに、高校生に求めても酷な話です。それを養うために必要なフレームや構造を作ってあげる段階な気がします。例えば、早生まれの問題だと、4月生まれと3月生まれでは11カ月違いますから、ほぼ一年違えば、ズレが出ます。1年を4分割し、それぞれ時期に生まれた各100人が一緒に入団試験を受けたら、基本的にはそれぞれに25パーセントずつ能力の高い人がいるはずですが、オランダで調査を行った結果は、合格した60パーセントが4月から6月生まれでした。スカウトの目は個人の身体能力で見ていたことが分かります。4月から6月生まれの子の方が7月以降に生まれた子どもより動けるので、そこばかり見てしまう傾向があります。下のリーグには早生まれの子ばかり。それはあとから伸びたためですし、スカウトマンは2度お買い物しなきゃいけなくなるわけです。だから今では4分割のそれぞれから上位を選ぶようにしているそうです。
「今、勝てるチームを作るのか」「いずれ代表チームとして優勝するチームを作るのか」。これらは教育も同じで、今、見なければいけない部分だと思います。もちろんその先も見なければいけない部分があります。例えば、国語の点数だけで将来が形作られるわけではありません。それをどうするのか、私は「biomサッカーコース」で実践していきたいと思っています。「将来を見てやれる評価とは何か?」。ユースチームのレギュラーであるという評価は、その選手の努力やポテンシャルへの評価です。しかし、その先の評価はどこにあるのでしょうか? 一生懸命でも勉強が出来ない、サッカーが上手くないという子どもだってたくさんいます。マイナスのレッテルを貼らずに、能力はなくても努力するパワーを持っている、というような部分を見てやれる環境が必要だと思います。
「biomサッカーコース」のコーチングスタッフの優秀さと数はダントツです。しかもアマチュアではなく東京ヴェルディユースで指導も行っているプロフェッショナルです。責任を持ち、サッカーで食べている人たちが教えてくれ、またプロの教育者がサポートスタッフとして見ていきます。“優秀なコーチ陣”に加え、“教育のプロたち”までそばにいるという、二つが大事なことなのです。このそれぞれの専門家たちを引き出し、良い形にすることが総監督・ディレクターである私の最初の大きな役割だと思っています。ここの環境は「フルピッチが使える」「ミーティングルームがある」「更衣室がある」「ヴェルディのトップチームが練習している間近で教わること」があります。こんな刺激的な高校は他にありません。
そして、プログラムとしてタイムマネージメントをしっかり指導することで生きるための良い習慣を身につけさせます。ただ、「何が良い習慣なのか?」「何に良い習慣なのか?」をまだ分かっていない子どもたちです。私たちはサッカー選手として、また人間として育つのに必要な習慣が良い習慣であると定義づけします。人によっては違うかもしれないので、はっきりと提示するようにしています。具体的には、練習と勉強、身体の成長のための栄養、このバランスをいかに取るかをそれぞれのプロにしっかり責任を意識してもらうということです。練習=ピッチ内の責任はコーチであり、教室なら先生になり、家での責任は親だと思います。そしてそれ以外の場所では生徒自分自身だということになり、それぞれの責任意識、プロ意識、スキルアップが求められるわけです。
具体的なタイムマネージメントですが、9時から個別練習。そのため、8時半には集まって、アップをしておきなさいと指導します。ウォーミングアップは自主的にして欲しいのです。やるべきことをやるべき時間にスタートできるように逆算し、起きる時間、朝食の時間を決めなさいと伝えています。今はとりあえず起床は6時に設定しており、早いかもしれませんが、良い習慣のスタートを切ってもらうために個別練習は75分間、サッカーのインプレーが実質60分と言われているので、追加で15分の負荷をかけています。その後10時半から30分、10分、30分の座学を予定しています。これは集中力を高めるために、30分で必ず読み取り書き取りをしましょうということを前提にします。例えばこれが50分続けてしまうと集中力が切れて、ダラダラしたり、寝る子が出てきますが、30分なら集中可能だと思っています。ランチタイムでは、この時間での栄養摂取が大事なので食事(お弁当)にもポイントをおき、親御さんに対して栄養価の高いメニューを作っていただくように4月からお願いしていく予定です。
そして火曜~金曜で練習をしますが、コンディショニングトレーニングを水曜に行う予定です。通常の練習とは違って、エネルギーの使い方が異なるので、それに合わせた食事(お弁当)を求めます。そして、ランチタイムを1時間15分とってから90分間のチームトレーニングを行います。これらを終えて通常の授業に入り、教養を学ぶ時間にうつることになります。サッカーの技術を磨くだけではなく“学ぶ力”がないと将来的に情報が正しく掴めなくなりますよね。昔よりも情報量が多いのに、取捨選択する能力がないと置いていかれてしまうでしょう。
終業15分でチームミーティングを行い18時には完全退去です。そして家では必ず19時から20時の間にご飯を食べてもらいたいですね。なぜなら消化に4時間かかると言われていますので、23時には就寝してもらいたいです。食後、すぐ寝てしまうと消化器だけ稼働し、口内炎だらけになり、胃疲れの兆候になります。疲労、老廃物、コンタクトスポーツならではのダメージは72時間でとる。薬でカバーせずに食生活の改善で対応するのがベストだと思います。
「どんな夢を叶えたいですか?」「どの職業につきたいですか?」かという質問は聞かれますが、「どんな人になりたいか?」とは聞かれませんよね。例えば、就職や進路の基準がない子どもたちの基準は、好きなことだったり、やってみたい事だったり、家族がいるとしたら800万円くらい稼げることだったりザックリしています。「好きなことで月5万、嫌いなことだけど月100万、どっちが良い?」なんて質問をして「お金かな」と答えたのなら、「君の基準は一体何でしょうか?」となる。そこの基準値が大事だと思いますし、「夢を叶えろ!」「夢を持て!」は押し付けることは、すごく酷というか、大人が基準を作ってしまうことではないと思います。
「どんな人になりたいか?」をまず聞いてあげて、枝葉の実ではなく、根っこ部分、人に見えない部分ですよね。どんな木にも必ずあるはずの根。その根をどうするかっていう話はあまりされません。すると、“木”は自分の見え方であり、どんな人が何をしているか、が職業だと思います。先日の説明会でも話したことですが、「私が嫌々ここにいるのなら、これから話すことは君たちの心に響かないでしょう」と。私は好きでこの仕事を選び、目の前にいる子どもたちを変えたいし、勇気や次への活力を与えたいという志があります。「これが天職だ! だから君たちは私の目を見て聞いてくれているのだろう」というのが大前提で、いくら私が話し上手でも、志が違ったらきっと伝わらないだろうと思います。小手先の技術だけではいけないからこそ私は子どもたちに“志”をしっかりと伝えてやりたい。生徒に夢を問われたとき、ちゃんと答えられるか。「先生は夢を諦めたから、お前たちに託しているんだ」というような恩着せがましいことがありますか?
とかく大人は子どもたちに基準値を押し付けたがりますから、私は自分で作らせたいと思います。それは放任主義ではなく、作るためにどうすれば良いのかというフレームを与えたい。その枠組みのなかで子どもたちがもがくことが基準を作るのではないか。要は強制、自主性、主体性の連鎖だと思っています。だから、強制も必要ですが、ずっと強制ではいけません。自主性や主体性が生まれる方法を入れないとダメですね。牧場にはフレーム=柵があります。でも、とても大きいからなかに居て意識することはない。牢屋だと目の前に格子。出れないことを意識し、窮屈になるので牧場のように大きなフレームを与えてやる。牛や馬は柵のなかで勝手に餌を探して食べますが、「飼われている、育てられている」ことに間違いはありません。その概念を持っていないが、強制されているとは感じていません。それを「biomサッカーコース」でやりたいと思ってます。
夢を美化しすぎて、夢を叶えられない人はたくさんいますし、夢を持つことは素晴らしいですが、その前に伝えなければいけないことがあると思います。子どもたちの足元を見させてやってほしいですし、ちゃんと地に足をつけていない子どもたちがたくさんいるのに、夢ばかり、上ばかり見させようとしてしまう。現実を見させてやるべきだと思うので、「800万円稼げればいい」と言う子どもに、10万円を稼ぐのにどうすれば良いのか聞いてみる。それすらわからない人間がもっと稼げると思えないことを伝えたいですね。社会に出すために必要なことだと思いますし、ビジネスマンを育てることが必要だと思います。今は学生だけど、すぐその次に訪れる未来はビジネスマンですよね。つまり移行期であると同時に変に何かに守られていると、すぐ辞める、合わない等の理由で幼いハートのまま社会に出る可能性があります。小さい子どもたちほど現実を教えてあげてほしいですし、「夢を見てるな」という話ではなく、夢を見ていいからこそ、自分がどこを向いて歩いているのかを教えてやらないといけないと感じます。上ばかりを見て歩いたら間違いなくつまづきますよね。それを一人ではできないので、複数のコーチ、サポートスタッフ、環境、プロジェクト、いろんなフェーズ、角度を持って、子供たちにアプローチして、サッカー選手含めてビジネスマンを育てたい。
この練りこまれた組織が「biomサッカーコース」であり、自分が携われるのがとても楽しくて仕方ありませんよ。私は、ブラジルに行ったことが発端でさまざまなことが変わりました。これこそ決めることが自分の道のスタートラインだったのです。だから子どもたちをそこに立たせてやりたいですね。まず「biomサッカーコース」入学を決めること、そしてどういう風に進むかも自分で決めて、多くの人が社会に出た時にたくさんの取捨選択を迫られ、戸惑うときがあります。学校で教わったことなんてまったく意味がなかったとぼやく人もいますが、「biomサッカーコース」ではそれを言わせません。“選ぶ力”、“決める力”を育む教育の部分と、サッカー選手ならサッカー選手になるフェーズで指導する同じ空間で情報を共有しながらできることがまさにハイブリッドだと思います。それが私にとっての社会で生き抜くことが出来る人づくりだと考えています。