近年、イタリア・セリエAで活躍する長友佑都(インテル)を筆頭に林陵平、宮坂政樹(ともに山形)、橋本晃司(水戸)、藤田優人(柏)、山田大記、小林裕紀(ともに磐田)、丸山祐市(FC東京)ら、多くのJリーガーを輩出している明治大学。
ここ5年で関東1部リーグを2度制し、2010年には51年ぶりの優勝を果たすなど、常に大学サッカー界のトップを走り続けているチームを束ねるのが神川明彦監督。長友をサイドバックにコンバートさせ才能を開花させるなど、上記に挙げた選手たちは神川監督の下で鍛えられ、プロの舞台で活躍している。多くのJリーガーを育てた彼が考える“大学サッカーの意義”とは。
人気の高校サッカー、実力の大学サッカーであればいい
――大学サッカーはレベルが高く、ここから多くのJリーガーが育っているにもかかわらず、注目度は高校サッカーよりも高くありません。この現状をどう考えていますか?
神川 日本人は伝統だったりメディアだったりということで、新しいものに飛びついて行かないというか。(北京五輪で金メダルを獲得した女子)ソフトボールなんてもう忘れられた存在になっているじゃないですか。
でも、いいんじゃないですか、大学サッカーはそこまでお客さんが入らなくても。人気のセ、実力のパじゃないですけど、人気の高校サッカー、実力の大学サッカーみたいな感じで。Jや日本代表に選手を送り込めばそれでいいと思います。これ以上人数を増やそうと色々やっているみたいですけど、正直、無理ですね。結局、スポーツを見るパイは、この日本のスポーツ文化では増えないですよ。その中でサッカーのパイをJ1、J2、なでしこ、JFL、プレミアリーグ、プリンスリーグなどで奪い合っているじゃないですか。そんなに、世の中にサッカーファンはいないですよ。
今回、僕はS級ライセンスの習得の最後の段階で、バルセロナに行って3部リーグのクラブを見てきたんですけど、文化が違いますよね。彼らには生まれながらにサッカーの血が流れているというか。家族で見に行くのは当たり前で、贔屓のクラブを応援することが地域に根付いているから、老人から若者までみんなが見に来るんですよ。人数は特別多くないんですけど、毎回足を運んでくれる人がいる。大学サッカーも、そういうコアなファンが支えてくれればいいんじゃないかと思います。大学サッカーでも、Jリーグでも人を集めようとしていますけど、そういうのはやめてもいいんじゃないかと。良質なサッカーを提供すればいいんじゃないかなと思います。そういうのに大学生含めて力を入れるよりも、学生の本分は勉強なんだし。学業とサッカーの高い次元での両立という点は常に選手に言っているんですけど、それをやらせるのが第一で、ホーム担当日というのが定着すれば、その日だけ担当のチームが工夫すればいい。
だから、お客さんが来ないからダメということではないし、わかる人だけ足を運んでくれればいいんじゃないかなと思います。サッカー以外の部分でお客さんを集めるのはやめていいんじゃないですかね。本来、集客のために大学サッカーをやっているわけではないですしね、選手たちも。
大学はサッカーの上達だけでなく、選手を人間的に成長させる場所
――近年、多くの選手がJへと進んでいますが、大学サッカーのレベルは上がっていますか?
神川 間違いなく上がっています。どのチームの監督もしっかり準備してきますからね。どの試合会場に行ってもビデオを回している。それによって分析力が上がって、勝つためのトレーニングを講じるようになった。それと、層が厚くなりましたね。2、3人がけがをしてもチームレベルを保てる。そういった点でレベルの向上は感じますね。
――大学に進学するメリットというのはどういうところだと思いますか。ユースからトップへの昇格を蹴って大学進学を選ぶ人も増えています。4年は決して短い期間ではないですよね。
神川 大学4年間の長短は置いておいて、大学に来る意味というのは、すごくあると僕は思います。僕は日本の教育システム上、18歳でプロフットボーラーとしてやっていくメンタリティやフィジカルは身につかないと考えています。現代の親やマスコミ、指導者もそうですけど、上手い選手やいい選手を甘やかせますよね。辛い経験をしないまま、ちやほやされたままJの世界に入り込んで、色んな現実に直面したときに自分の力で解決できない。でもお金はもらえる。時間はある。という中で、余計な方向へ走ったり、自分の成長を妨げてしまうような選手しか育てられないのが日本の教育環境だと思います。
そういう意味で、大学に来ることによって自分自身をしっかり見つめ直したり、人々への感謝の気持ちを持ったり、いろいろと苦労することで、様々な考え方ができるし、人としての深みや幅が増して、人間的に成長できる。サッカーの上達だけを考えたら、高卒でプロになる方がいいですよ。でも、サッカー選手っていうのはそれだけじゃ片付けられないから、僕は大学サッカーに進むことは有益であると思いますね。
ただ、4年という月日が必要かどうかはわからないです。長友は3年間で十分でしたし、ジュビロに行った山田や小林も3年終わった段階、インカレに優勝した段階でプロに行っていいと僕は思いました。人としても成熟したし、やっていけると感じました。だから、3年でいけちゃうのかなとは思います。1年生でいろいろ迷ったりして、2年生で少し整理して集中し始めて、3年生で完成期、という流れですね。だけど、一つだけ経験してないのが、リーダーシップなんですよ。リーダーシップの醸成というのがままならぬまま、Jに行ってしまう可能性があるんです。4年目を必要とする理由として挙げられるのは、チームを率いていく、責任を持って引っ張っていく立場を経験するという意味でリーダーシップの醸成期間ですね。
長友は自分の思いを体現してくれた最初の選手
――神川監督が指導してきた中で、大学に行かせてよかった、成長できたと思える選手は誰ですか?
神川 それはもう、長友、山田を始めとして全員そうですよ。プロを断ってウチに来たという選手は一人もいないです。宮阪、丸山、高木(駿・川崎)、久保(裕一・鳥取)、山田、小林、笠原(昂史・水戸)、林、橋本(晃司=水戸ホーリーホック)、杉本(裕之・草津)……、みんな誘われてないですよ。三田(啓貴・FC東京内定)が、ウチに来ることが決まってからサテライトリーグで活躍して、城福さん(浩・現甲府監督)が「今から(トップチームに)上げることは可能か?」って強化部に聞いたっていう話は耳にしたんですけど。でも今さら無理だということで。そういうこともあったので、三田は絶対トップチームに上げなきゃいけないと。だから今回、FC東京に戻ることが決まってよかったと思っています。強いて言えば彼くらいで、あとは明治に来なければプロになれなかった選手ばかりですよね。
――監督が選手を指導するにあたって“教えたいもの”は何でしょうか。どういった部分に焦点を当てているかを教えて下さい。
神川 基本的には、「自分自身の人生は自分で切り開く」ということしか言ってないんですよね。よくミーティングで言うのが、「大学進学することもなかったし、明治を選ばなくてもよかったし、サッカーをやらなくてもやってもよかったのに、明治のサッカー部に存在してこうやって話を聞いているよね」と。それは本人が全て選択した結果だから、深く考えなきゃいけないよ、と。最後は結局自分自身じゃないですか。最後は自分で決めること。これを常に言っています。
――プロ選手を育てるという意識はありますか?
神川 全くないですね。全然ですよ。普通にここでプレーしていれば、プロへ行く選手は少なからず出てくると思います。なので、僕はそういうところに目標は置かない。もし何か目標に挙げるとしたら、“国際的な社会で人物を育てたい”ということですね。長友は僕の思いを体現してくれた第1号の選手ですね。うちは公務員も、民間企業で活躍する人も、教員も生まれています。そういうのを含めて、“社会で活躍する人材”をこの明治大学サッカー部から輩出し続けること。これが目標です。サッカーに限らずどんな形でもいいので国際的な活躍をしてくれる人を出し続けたい。どの社会でも、自分自身が選んだ場所で活躍してくれれば僕は嬉しいです。リーダーとして活躍できる人材になってほしいというのが僕の願いですね。
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