「『CALCIO2002』でイタリアサッカーの表に出ない部分も学ばせてもらいました」
カルチョの国イタリア。ワールドカップ優勝4回を誇るサッカー大国でサッカーライター・翻訳家として活躍する日本人がいる。
小川光生(おがわみつお)さんは大学時代にイタリア史を学び、イタリアのシエナ大学に留学した。その後、イタリアサッカー専門誌『CALCIO2002』での翻訳活動をきっかけにサッカーメディアの世界に身を投じる。現在はセリエAの名門インテルでプレーする日本代表DF長友佑都を追いかけながら、サッカーライターとして、翻訳家として日本にカルチョの生の情報を送っている。
サッカーライターとしての原点は翻訳活動と下部リーグにあるという。
「『CALCIO2002』が非常にコアな雑誌で、ハードな仕事だったんです。でも、そのおかげで翻訳する力を身につけることができましたよ。その中で、2008年に『サッカーとイタリア人』という新書を出版した頃から本当の意味で自分で書いていくようになりましたね。それまでは自分で書くというより翻訳がほとんどだったんです。『CALCIO2002』で『セリエB通信』という下部リーグにフォーカスを当てた連載の取材や執筆をやらせていただいたおかげで、イタリアサッカーの表に出ない部分も学ばせてもらいました。それが『サッカーとイタリア人』につながったと思います。あの頃はセリエBの試合ばっかり観に行ってましたよ」
上から落ちてきたベテランと下から這い上がってくる若手が入り交じる下部リーグ。日の当たらない舞台ながら、壮絶な戦いが繰り広げられる世界には心から魅了された。毎週末のように試合を観ていくうちに、カルチョの世界を形成する背景への探求心を抱くようになったという。
「サッカー社会学的な見方というものに非常に興味がありますね。先日、日本代表を指揮するザッケローニさんの取材のため、彼の生まれ故郷などに赴いたんですが、多くの関係者に話を聞いていくうちに、イタリアサッカーの現実を知ることができたんです。ザッケローニさんはいきなりミランの監督になったんじゃない。下から少しずつ階段を上がってきているんです」
続けて、元イタリア代表のマルコ・マテラッツィのコメントも例に挙げてくれた。「マテラッツィが代表のデビュー戦の前に、『緊張してる?』と聞かれたら、『オレはトラーパニとマルサーラのダービーを経験してるんだ』って冗談を言っていて、それが印象的でしたね。トラーパニとマルサーラってすごい下部リーグに属してて、だけども過酷な試合が繰り広げられるんです。彼が言いたいことは代表戦くらいでジタバタすんなってことで。サッカーの裾野の広さを知れたし、いろんな現実があるってことですよね」
下部リーグの試合で叩き上げられたザッケローニと下部リーグの試合で代表戦をしのぐほどのプレッシャーを感じたマテラッツィ。例えば、シチリア島のトラーパニやマルサーラの試合はひときわ熱く、底辺に近いとは言え、厳しい環境で結果を出すことが次のステージにつながっていく。小川さんはカルチョの本質がセリエAや強豪チームのみならず、下部リーグのチームにも存在すると痛感し、イタリアでの取材や翻訳活動にさらに没頭していった。
「ハンディがあるからこそ楽しいし、現場だから見えてくるものがある」
カルチョの様々な世界に触れる中で、できる限り正確に情報を伝えるためには取材した内容を日本語にうまく変換できなければならない。翻訳家としても活躍する小川さんは翻訳という行為についてイタリアの慣用句と自身の経験をもとにこう語ってくれた。「イタリア語で『tradurre e’ tradire』という言葉があるんです。日本語で言うと『翻訳は裏切りだ』という意味なんですが、本当にそういう部分があって、翻訳するとニュアンスが変わってきて完全に伝えることは難しいんです。常に勉強ですね。いまだに難しいものがありますよ」。イタリア語を的確に日本語に置き換える難しさを理解しているからこそ、できるだけ100%に近づけるための惜しまない努力が必要だと強調した。
さらに、翻訳する醍醐味について自身の考えを説き明かしてくれた。「現地の記者の書き方ってのは崩して書いたりするので、その奥にあるものを読み取っていくことが必要だと思います。例えば、本田圭佑選手がインテルと対戦した時の記事で、本田選手の調子が悪かったのか、『今日はホンダはいなかった。いたのは中古のベスパだった』といった表現があったんです。こんな感じで、知らないと意味がわからない言葉遊びが多くて、すっと読めるまでには時間がかかる。多くの翻訳を行う中で培うことができましたね」
それぞれの世界には専門用語や独特の言い回しが存在し、外国語となるとさらに難しくなっていく。その国の文化や社会状況に対する知識が少なければ、比喩を用いた表現には対応できない。サッカーのことしか知らなければ、翻訳された情報には深みがなく、あらゆる面において興味を抱き、知識を蓄えていくことが必要なのだと小川さんは強調する。
一方で、海外で好きなことを仕事にする難しさについてはポジティブな考えを示してくれた。「好きなリーグがあって、現場でやりたいという情熱を持ってやっていけば楽しいんですよ。ただ、違う言語で勝負しなければならない。ハンディなんですよ。だからこそ終わりがないというか、少しずつできるようになっていくんです。ハンディがあるからこそ楽しいし、現場だから見えてくるものがあるので、海外で何かにトライするってことには良いものがありますよ」
好きなことを追い求めていけば、喜びが溢れてくるのは当然だ。理想を求め続ける過程では困難も生じてくるが、障害を乗り越えた先にこそ真の喜びがある--。異国というそもそもが逆境とも言える環境で活躍する小川さんの言葉は強い説得力を持つ。
今年行われるコンフェデレーションズカップでは、生まれ育った日本と現在拠点を置くイタリアの一戦を非常に楽しみにしているという。異なる言語で勝負する難しさと日々格闘しながら、カルチョの魅力を伝えるために、小川さんは今後もカルチョと日本サッカーを結ぶ懸け橋として、現場で熱く戦っていく。
>>> 小川さんの著書『ザック革命』を読む <<<
インタビュー・文=菅 賢治(サッカーキング・アカデミー)
写真=大内 守(サッカーキング・アカデミー)
取材協力=TRATTORIA DA CICCIO
●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を、「カメラマン科」の受講生が撮影を担当しました。
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