[ワールドサッカーキング0418号掲載]
文=イェルク・アルメロート Text by Jorg ALLMEROTH
翻訳=阿部 浩 アレキサンダー Translation by Alexander Hiroshi ABE
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images
この数年、日本の若きサムライたちがヨーロッパで才能を発揮し、自分の居場所を切り開いている。チームに日々密着する現地記者は、彼らをどう見ているのだろうか。
安定してきたパフォーマンス
アレクサンダー・エスヴァインが出したラストパスを鮮やかに流し込み、ゴールネットを揺さぶった。スタジアムの一角でニュルンベルクのサポーターが歓喜の雄叫びを上げる。ピッチ上にできた祝福の輪の中心には、清武弘嗣の姿があった。
地元紙『ニュルンベルガー・ナッハリヒト』は、ニュルンベルクが2-1でアウクスブルクを下したブンデスリーガ第25節の論評で「真の勝者はキヨタケ」と書いた。先制点を決めただけでなく、チャンスを再三演出した彼が、この試合の中心にいたことを明確に示すこれ以上ない記述だと言える。また、ドイツ最大手のサッカー専門誌『キッカー』は、2・5(最高点が1、最低点が6)の評価点をつけた。渋めの点数をつける傾向が強い同誌にしては、十分に合格点と言える数字だ。
続く第26節、ホームにシャルケを迎えた《デア・クラブ》(ニュルンベルクはその伝統と歴史から定冠詞DER=英語のTHEのみで示される)は、チャンピオンズリーグの常連チームを圧倒し、3-0で勝利を収めた。主役はもちろん、2点目と3点目を鮮やかにアシストした清武だ。『キッカー』誌の採点は両チーム通じて最高点の2。マン・オブ・ザ・マッチこそ得点を決めたエスヴァインに譲ったが、ピッチ全体を掌握してチームをコントロールしていたのがこの日本人MFだったことは、誰の目にも明らかだった。
最近まで我々記者の間では、清武は浮き沈みの激しい選手だと評されていた。シーズン開幕当初はデビュー3試合目にしてブンデスリーガ初得点をマークするなど絶好調だったが、程なくして停滞期に突入。セットプレー以外の部分で存在感を示すことがまれになった。チーム自体が安定性を欠いていたため、新加入の彼にとって難しい状況だったことは間違いない。ただ、継続的に高いパフォーマンスを示せていなかったことは疑いようのない事実。その浮き沈みの激しさから《ジェットコースター》と揶揄されたのも無理はない。
だが、チームが徐々に上昇気流に乗ると、清武自身も年明けからゴールに絡むシーンが増加。そしてアウクスブルク戦、シャルケ戦と立て続けにクオリティーの高いプレーを披露した。今では口うるさい評論家たちが「すっかりドイツの環境になじんでいる」、「何年も在籍しているような存在感だ」、「何の不安もないように見える」と清武を褒めちぎっている。シーズン終盤戦でもこの活躍を継続できれば、「波のある選手」という評価も過去のものになるかもしれない。
指揮官交代がターニングポイント
「今のところ、最高の気分ですよ」。清武は近況をこのように表現するが、「今のところ」の一節に、彼が抱く安堵感が隠されている。清武はようやく、ディーター・ヘッキング前監督が築いた守備的で消極的なチームから解放されたのである。
ヘッキングは旧時代の価値観に染まったままの指導者で、そのサッカー哲学はとにかく「ミスを避ける」の一点に集約されていた。ミスを恐れるあまり、オフェンシブなプレーが持ち味の清武にまで必要以上に守備を強要し、「まずは失点を防ぐ。そして、相手に隙が生まれた時にゴールを狙う」という戦術を徹底した。しかし、清武を始めとするオフェンシブなプレーヤーが慣れない守備に意識を傾けすぎると、得てしてエネルギーや集中力を無用に浪費してしまいがちだ。案の定、いざ攻撃のシーンになってもダイナミズムが失われ、わずかに残った体力でキック&ラッシュを仕掛けるしかすべがなかった。戦術のコンセプトがこれでは、クレバーな清武でも対応するには限度がある。
実際、昨年11月から12月に掛けてのチームといったら、後方から前線へやみくもにロングボールを放り込むだけで、中盤の清武を経由する回数は非常に少なかった。しかも、いざボールが彼の足元に届いても近くにチームメートがいないため、孤立無援の状態に陥るシーンが多く見られた。つまり、そんな攻撃の哲学を持たないチームで清武が持ち味を発揮できるわけがなかったのだ。
ミヒャエル・ヴィージンガー新監督が就任早々に着手したのは、何を隠そうこの部分だった。現役時代にバイエルンなどで培った攻撃重視のフィロソフィーを導入し、選手のポテンシャルを引き出そうとしたのである。「ゲームの流れがとても改善されましたね」と語る清武こそ、ヴィージンガー効果を最も早く実感した選手なのだろう。エレガントなテクニックと俊敏性を備える清武がボールに絡めば絡むほど、チームは良い方向に向かっていく。また、例えばFKなどのセットプレーでも彼は息をのむほど正確無比なボールを蹴ってくる。ヴィージンガー監督が「ヒロは間違いなくチームでナンバーワンのプレースキッカーだよ。シュートにしても味方に合わせるにしても、わずかな誤差で狙ったポイントにボールを送れるんだ」と褒めるのは決してお世辞ではなく、長年この世界に携わってきた者の正直な感想だろう。『ニュルンベルガー・ツァイトゥンク』紙に至ってはユーモアを交えて、「彼のFKは周囲とは比べものにならないほど異質だ。半端じゃない。特許を申請すれば取れるのでは?」と記し、読者を笑わせていたほどだ。
評価を得ている理由は戦術理解力の高さ
マルティン・バーダーSDにとって、清武が重要な選手であることは疑いようのない事実だが、具体的にその根拠を知るためには彼の言葉の真意を探らなければならない。「ヒロは心から信頼できる選手だ」と、彼は言う。「前半戦終盤でチームは極度のスランプを味わった。そこから立ち直れたのはヒロの活躍によるところが大きい。それは誰もが理解していることだ」
これが真正面から捉えた一つ目の根拠だとすれば、もう一つはより戦略的なものだと考えられる。バーダーは「欧州の某ビッグクラブからオファーがあった」と明かした上で、「我々は相手にしなかった。ヒロはこのままクラブに残る。我々は彼とともにチームを作っていく」と語り、クラブの将来像に清武が含まれていると明かしている。清武とニュルンベルクの契約期間は2015年までだが、契約には更に期間を1年延長するオプションが含まれている。
ブンデスリーガに移籍してくる日本人選手が増加傾向にある中で、清武がこれほど価値を高めているのは、技術的な面ばかりでなくモダンフットボールを素早く理解する頭の良さが認められているからである。「モダンフットボールにおける頭の良さの重要性」については、日頃から過激な言動で知られる元ドイツ代表MFシュテファン・エッフェンベルクがこう説明している。「近年は戦術がシステム化され、選手の自由が失われてきている。つまり、監督と選手の双方のマインドが一致しなければ、選手が輝くことは難しいし、チームも機能しない」。続けて彼はこう評する。「モダンフットボールを技術的、戦術的に完璧にこなせる選手は多くないが、キヨタケにとっては難しいミッションではなさそうだ」
エッフェンベルクが清武を高く評価しているように、私も今シーズンの彼には「3」の評価を与えたい。3は平均点以上の数字。モダンフットボールで成功するための能力があることを示す清武にふさわしい採点だと考えている。
ではなぜ、2や2・5ではないのか。それは、今があくまでもシーズン途中だからだ。最終的な評価は残り数試合の出来によって大きく左右される。ドイツに来て初めてのシーズンにもかかわらずチームの要になった点は称賛に値するし、ここ最近のパフォーマンスを継続できれば、スペインやイングランドのクラブへのステップアップも可能だろう。
ニュルンベルクのために、そして自分自身のために、清武は激しさを増すシーズン終盤戦で自分に何ができるのかを示さなければならない。「キヨタケは高いクオリティーを備えている。後は自分で自分をどれだけ信じられるかが重要だ」。エッフェンベルクの助言どおり、自分を信じて“デア・クラブ”を高みに導くことができれば、その先に続く道はおのずと見えてくるはずだ。