パウリーニョ(左)と競り合う遠藤(右) [写真]=Getty Images
[サムライサッカーキング 7月号掲載]
文/飯尾篤史 写真/Getty Images
「今朝、決めた」突然生まれた《不動のコンビ》
もともと《危険な賭け》だったはずだ。それが5年にわたる不動のコンビになるなんて、生みの親である岡田武史監督も、想像していなかったに違いない。遠藤保仁と長谷部誠がダブルボランチに指名されたのは2008年6月3日、南アフリカW杯アジア3次予選のオマーン戦のことだった。これは実に意外で、驚きの采配だった。
ヴォルフスブルクに移籍して半年しか経っていなかった長谷部は、「ドリブルでボールを運べる攻撃的なボランチ」という浦和レッズ時代のスタイルをまだ残していた。しかも、直前に行われたコートジボワール、パラグアイとの親善試合で岡田ジャパンに初めて招集されたばかり。パラグアイ戦は、後半の途中までベンチで過ごした。
一方の遠藤はプレーメーカーで、攻撃的か、守備的かと問われれば、前者のタイプ。岡田ジャパンでは2列目で起用されていて、コートジボワール戦とパラグアイ戦でも左サイドハーフとしてプレーしていた。
その2人を、W杯予選という本番で、いきなりダブルボランチとして起用したのだ。
それが簡単な決断ではなかったことは、「今朝、決めた」という指揮官のコメントからも窺えた。
3─0で完勝し、《賭け》に勝った岡田監督は、遠藤のボランチ起用について、こう語った。「(中村)俊輔と遠藤が2列目に並ぶと前線にパスが出ないことが多いので、2列目の1枚は松井(大輔)や(大久保)嘉人を置きたかった。なおかつ、今日はどうしても点を取らないといけない試合だったので、ビルドアップの面で、DFからパスを受けて繋げる選手がほしかった。その両面を考えた時、守備でリスクを冒してでも、この組み合わせでいこうと考えた」
その後、ブンデスリーガで揉まれた長谷部は1ボランチやサイドバックを経験したことで守備力を高め、2人はバランスの取れたコンビへと成長していく。
国際Aマッチデーではないために長谷部を招集できなかった試合や、W杯の出場権を獲得した後の消化試合などを除き、ほぼすべての試合で中盤の舵取り役は遠藤と長谷部に託された。南アフリカW杯で中盤の底にアンカーとして阿部勇樹が起用されたのは、守備的なスタイルへと大きく舵を切ったため。2人への信頼が薄れたわけではなかった。
試されたのは6人だけ、バックアップ不在のリスク
遠藤と長谷部のコンビには、アルベルト・ザッケローニ監督も厚い信頼を寄せている。初陣のアルゼンチン戦から13年6月のブラジル戦までの35試合のうち、実に29試合で2人がダブルボランチとして先発しているのだ。
コンビ解消の危機が、全くなかったわけではない。
最大の危機は12年8月から10月までの3カ月。ヴォルフスブルクからの移籍を画策した長谷部がフェリックス・マガト監督に干されてしまう。試合勘の衰えは隠せず、代表戦ではミスを連発。ところが、それでもザッケローニ監督は長谷部をスタメンで起用し続けた。まるで「試合勘は代表戦で取り戻せばいい」と言わんばかりに──。
さすがに5試合中4試合で途中交代させたが、マガト監督が解任され、長谷部がクラブで出場機会を取り戻すと、代表でも途中で代えられることはなくなった。
とはいえ、遠藤と長谷部の地位が不動になれば、当然のことながら危険性も高まってくる。彼らが出場できない場合、代わりを務めるのは誰なのか──。バックアッパーの発掘は、ここ4、5年抱えてきた重要なミッションだ。
遠藤と長谷部を除き、これまでボランチで先発出場したのは、細貝萌、阿部勇樹、増田誓志の3人しかいない。途中出場してボランチでプレーしたのも、本田拓也、家長昭博、高橋秀人の3人だけ。人材不足なのか、指揮官の設定するハードルが高いのか、ボランチとして出場機会を得られた選手の数は、ここまで決して多くない。
ふるいに掛けられた6人の中で生き残ったのは、細貝と高橋の2人である。
先日、ヘルタ・ベルリンへの移籍を発表した細貝は、ボール奪取力や危険察知力に定評のあるハンタータイプのボランチだ。ボールホルダーへの寄せが鋭く、相手選手とボールの間に身体を潜り込ませるのも上手い。クローザーとして試合終盤に送り出されることも多く、「ボランチの3番手」という位置付けだ。
12年5月のアゼルバイジャン戦で代表デビューした高橋の魅力は、ポジショニングの良さやカバーリングに長けている点だろう。吸収力や戦術眼も高く、ここ数年の成長も著しい。高さに難のあるザックジャパンにあって、183センチの身長も大きな強み。ボランチだけでなくセンターバックもこなせるため、3─4─3を懐に忍ばせる指揮官には、貴重な人材に映っているに違いない。
細貝と高橋に共通するのは、いずれも守備面にストロングポイントがある点だ。つまり、ザックジャパンが発足して3年が経った今でも、ゲームメークを担う遠藤の代わりは、依然として見当たらないということだ。
ディフェンスラインからボールを引き出し、攻撃のリズムを奏でる遠藤のゲームメークは、ザックジャパンの攻撃の生命線だ。もし、遠藤になんらかのアクシデントが起きた場合、誰がゲームを組み立てるのか──。これは、W杯まであと1年という時期になっても、手つかずのまま残されている問題だ。
そもそも指揮官は《代役》を求めていない?
プレースタイルや能力、今後の伸びしろを考えれば、後継者の最右翼と言えるのは、鹿島アントラーズの柴崎岳だろう。
昨シーズンのJリーグヤマザキナビスコカップでMVPを獲得し、Jリーグアウォーズではヤングヒーロー賞に輝いた。12年2月のアイスランド戦では代表に初めて選出されている。ところが、指揮官の眼鏡にかなわなかったのか、出場機会を得られず、その後、一度も招集されていない。
ザッケローニ体制で、遠藤が先発出場しなかったゲームは4試合ある。
興味深いのは、その4試合すべてで長谷部とコンビを組んだのが、細貝だったことである。細貝と遠藤はほとんど真逆のスタイルだ。細貝自身も「僕にヤットさん(遠藤)の代わりはできないし、監督もそれを望んでいるわけではないと思う」と語っている。ザッケローニ監督は、遠藤の後継者探しをあきらめているかのようだ。
だが、もしかすると指揮官は、自身の思い描くスタイルを実現するのに、《遠藤のようなタイプ》が必要だとは、考えていないのかもしれない。
ザッケローニ監督が遠藤に一目置いているのは、起用し続けていることに加え、戦術面で意見を訊いたりすることからも、確かだろう。
しかし、本来、指揮官が志向するのは縦に速いスタイルで、遠藤が体現するパスを何本も繋いで丁寧に崩すスタイルを好んでいるわけではない。遠藤も「監督はなんでもない横パスやバックパスを極端に嫌がる」と言い、中村憲剛も「試合では繋ぐサッカーをある程度容認しているけど、練習では『縦』をすごく強調する」と語っている。
遠藤ほどのレベルなら容認するが、そのレベルに達しないのなら、《遠藤のようなタイプ》を起用するつもりはない、ということなのかもしれない。
今後もこうした選手起用が続くなら、遠藤が欠場する場合は、戦い方を変えることで乗り切るしかない。システムを変更するか、攻撃陣の顔ぶれを変え、縦に速いスタイルに切り替えるのだ。
その点で、ザッケローニ監督がこだわる3─4─3は、遠藤不在時のシステムとして、可能性を秘めている。
4人の中盤がフラットに並び、中央よりもサイドに人数の多い《ザック流3─4─3》は、中盤でボールを丁寧に回すより、サイドから速攻を仕掛けるのに適したシステムだ。
前線から連動してパスコースを切っていき、3人いるサイドにボールを導いたところで囲い込んで奪い取る。マイボールになったら今度は、数的優位を生かして一気に攻め込むことを狙いにしている。
こうした戦術を実現するのに必要なセンターハーフは、ゲームメーカーというよりも、守備力が高く、相手をサイドに追い込める有能な《ハンター》だろう。
また、これまで遠藤は絶妙なタイミングでボールを出し入れし、日本の攻撃に連動性をもたらしてきた。だが、そうした存在がいないのなら、攻撃では個の能力に頼る割合を増やす必要もある。
例えば、香川真司の真骨頂は、狭いスペースに潜り込み、コンビネーションの中からフィニッシュまで持ち込むプレーにある。代表での香川が欲しいタイミングでパスを受けてこられたのは、遠藤の存在が大きかった。つまり、遠藤がいなければ香川まで輝けない可能性がある。
それならば、永井謙佑や原口元気、宮市亮といったウインガータイプを3トップの左で起用するのも一考だ。彼らの突破力やスピードをシンプルに生かせば、3─4─3の強みをより発揮できるようになるはずだ。
W杯まであと1年。不動のダブルボランチに解消の危機が訪れない保証はない。3─4─3に再びトライし始めたザッケローニ監督の頭の中には、遠藤不在の戦い方が既に思い描かれているのかもしれない。