冬にも関わらず、ギラギラと照りつける太陽とエメラルドに輝く海。真っ白な砂浜には、スタイル抜群のオネーチャン達が、横たわっている。
ブラジルでも屈指の犯罪都市と知られるレシフェのビーチは、まさに絵に描いたようなリゾート地だった。波と戯れ、日光浴でリラックスする人々や、ブラジルらしくサッカーバレーが行われていたりもする。コンフェデレーションズカップの日程が決まった際、日本代表の2戦目が行われるレシフェが、最も治安面で心配されていた。しかし、蓋を開けてみると、家族連れも楽しむビーチが代表するように、行楽地という印象が強い。日本の初戦が行われたブラジリアに比べて建物に鉄格子が備えられている分、物騒さも感じられるが、南米では当たり前であるから、特段に気にすることでもなかった。
加えて、レシフェには日本からの出張駐在官事務所も置かれている。他の会場と比較すると街の中心地からスタジアムへのアクセスが圧倒的に悪いが、19日のイタリア戦や来年のワールドカップに向けても、心強い存在と言えるかもしれない。ところが、地図上では十分に徒歩圏内にある事務所に、なかなかたどり着けない。
道行くブラジル人に尋ねると、「こっちだ」と教えてくれる。言われた通りに進むが、どうしてもたどり着けない。再び道を聞いてみると、「あっちだ」と逆方向を指さされる。おかしいなと思いながらも言われた方角を進んだが、やはり事務所は見つからない。地図を片手に途方に暮れていると、今度は道路から声をかけられる。
「どうした。困っているのか」
ええ、困っていますとも。教えられた方角に進んでもまるっきり着きませんもの。しかし、愚痴を言えるほどポルトガル語も英語も堪能ではない。地図上の事務所を指差し、道に迷っている旨を伝える。
「送るよ。乗って行きな」
さすがに一瞬躊躇する。いくら、レシフェが安全な場所だと思いはじめていても、突然声をかけられて車に同乗することはどう考えても危険に思えた。ただ、フォルクスワーゲンの車内に目を向けると、乗っているのはパリっとしたスーツを着た男性1人。こちらはTシャツにハーフパンツ、サンダルと珍妙な格好。身ぐるみを剥がされるシチュエーションではないと判断して、申し出をありがたく受け入れてみた。
コンフェデレーションズカップのためにブラジルに滞在していることを伝えたが、開幕戦は見ていないとのこと。名前を聞くと、両性愛者で有名なアーティストである「エルトン・ジョンと同じエルトン」という返答。嫌な予感がよぎる。両性愛者を差別するつもりはないが、こちらにそういう毛は全くない。
話を逸らそうと、仕事は何をやっているかと問うと、「弁護士だよ」との一言。驚きながらも、確かに知的な感じもするなと思っていると、車は大きなビルの前で停車。エルトンは、「このビルの上にあるから」と案内してくれ笑顔のまま去っていた。感謝を伝えつつも、あらぬ疑いをかけてしまったことを、心のなかで猛省する。ごめん、エルトン。
ビルの最上階にあたる14階までエレベーターで向かい、ようやく事務所に辿り着く。対応してくれた副領事の石田健治さんにレシフェの治安を尋ねると、いきなり耳を疑う。
「1カ月に、300人が殺人事件で亡くなっていますからね」
いや、それでもエルトンは優しかった。
「ここは、貧富の差が激しいから、殺人事件などは基本的に貧困層や麻薬絡みだったりするので、確かにいきなり日本人が巻き込まれることは少ないです。サンパウロとかは、日本人が多いですから外務省でも危険だと情報を出していますが、実際の犯罪発生率自体はレシフェの方が高いんですよ」
「それと、ブラジル人は結構適当なところがあって、道を聞いてもそれぞれで言うことが違うんですよ。『あっち』と言ったり、『こっち』と言ったり」
確かにブラジル人のいい加減さは、事務所に来るまでに痛感させられた。けれど、ビーチは綺麗だったという思いは捨てきれない。
「海行きましたか。あそこはサメがいて、結構人がいかれているので、気をつけてくださいね」
「いかれている」という意味は明らかだったので、「逝かれている」のか、「イカれている」のかはもはや問わなかったが、こちらの危機意識を高める言葉は続く。
「この間も、電車のショッピング駅で殺人事件があったんですよ。酔っぱらいが、ズボンの汚い男性をからかっていたら、男性の息子を名乗る人物に、いきなり撃たれということで。ショッピング駅は比較的安全なところなんですけどね。あと、ウチの近所でもありましたよ。自宅から2ブロック離れていたところが、殺人事件の現場で新聞に載っていました」
ちなみに、レシフェのスタジアムあるアレナ・ペルナンブコは、中心街から離れて奥地にあるため、基本的に電車とシャトルバスを乗り継ぐことになる。
「レシフェは、海から内陸に行くにつれ、貧困層も増えて危ないですからね。なんでそんなところにスタジアムを作ったか? やっぱり、土地が余っているからじゃないですかね」
最後まで、笑顔で丁寧に説明してくれた石田さんは、事務所におけるコンフェデレーションズカップ担当ということで、問題が起これば自身が対応しないといけない。
「試合前後でスタジアムの周辺を訪れる方も多いと思うので、ここ数日が勝負どころですね」
話を聞いて、ビーチで感じたリゾート感やエルトンの優しさは、既にどこかに吹っ飛んでしまった。こちらの不安を察してか、石田さんは場を和ますように、気を使ってくれた。
「大丈夫ですよ。何かあれば僕が日本まで搬送しますから」
よくわかる。必死に笑顔を作ろうとしたが、自分の顔が引きつっていたことが。
文●小谷紘友