ブラジルで、イングランド代表が再び世界の頂点に立つ――。それが真に実現するとしたら、立役者となるのは彼のはずだ。ジョー・ハートは他の誰よりも、“母国”のプライドを胸に秘めている。
名GKの系譜を受け継ぐ若き守護神
かつてイングランド代表のゴールマウスには、常にワールドクラスのGKが君臨した。母国開催の1966年ワードカップ(W杯)を制した伝説の守護神、ゴードン・バンクス。70年代から80年代にかけて活躍し、同国史上最多の125キャップを刻んだピーター・シルトン。90年代には「ポニーテール」の愛称で親しまれ、20年以上も第一線で活躍し続けたデイヴィッド・シーマンがいた。そんな、いずれ劣らぬ名GKたちの後継者として、現在のイングランド代表のゴールを守っているのがジョー・ハートだ。
87年生まれの26歳。GKとしては十分に若いが、ピッチ上で見せるそのプレーには一流の守護神らしい落ち着きと風格が漂う。それもそのはず、マンチェスター・シティで頭角を現したのは6年前の2007-08シーズン。当時の指揮官だった元イングランド代表監督、スヴェン・イェーラン・エリクソンに才能を見いだされ、まだ20歳の新鋭は正GKの座を射止めた。GKのポジションがチームに一つしかないことを考えれば、これは前代未聞の大抜擢と言ってもよかった。
だが、キャリアのすべてが順調に進んだわけではない。正GKとなって2年目の08-09シーズン、若きハートを待っていたのは、更に厳しいポジション争いだった。09年1月、マンチェスター・Cはアイルランド代表GKのシェイ・ギヴンを獲得。リーグ屈指の実力者に数えられるギヴンとのポジション争いに敗れ、ハートは09-10シーズン、レンタル移籍を強いられる。行き先は、そのシーズンに2部から昇格したばかりのバーミンガムだった。
「プライドのために」世界王者を目指す
普通ならキャリアダウンを意味するレンタル移籍は、しかし、ハートの闘争心に火をつけた。不動のレギュラーとしてシーズンを戦い抜き、自己最多となるリーグ戦36試合に出場。冷静かつ大胆なセービングと、空中戦で見せる強烈なフィジカル。ピッチ上での安定感は格段に増し、彼の評価は大きく高まった。PFA(プロ選手協会)が選ぶベストイレブンに選出されたこのシーズンは、彼にとってキャリア最大の転機と言えるだろう。降格候補だったバーミンガムは、終わってみれば9位と大健闘。その立役者は間違いなく、見違えるほど成長した守護神ハートだった。
見事に上昇気流をつかんだ彼は、翌シーズンからマンチェスター・Cに復帰。就任2年目を迎えていたロベルト・マンチーニ監督の下、ギヴンを差し置いて正GKの座を獲得した。ハートはスーパーセーブでチームを救うだけでなく、大型補強でスター選手をそろえた守備陣に対しても、気後れすることなく怒声を浴びせて守備を引き締めた。それは、彼が一人前のGKとして成熟した何よりの証だった。更に翌シーズンはリーグ戦29失点と抜群の安定感を見せ、ハートはマンチェスター・Cを44年ぶりとなるリーグ王者に導いたのである。
名実ともに一流のGKとなったハートが目指すのは、もちろん、来年に控えたワールドカップだ。2010年の南アフリカW杯はメンバーに選ばれながら、経験不足と見なされ出場ゼロに終わった。その悔しさを晴らし、正GKとしてイングランド代表に勝利をもたらす。その夢を、彼は隠そうとしない。「国のため、プライドのためにプレーするつもりだ」
勝利を望むファンの声援が、彼のプレッシャーになることはない。期待を力に変え、イングランドの守護神は、夢に向かって走り続ける。