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Jリーグの戦術が一人歩きする理由 戦術の占める割合はせいぜい2、3割

2014.04.02

Galapagos

文=西部謙司

 戦術に国境はない。

 サッカーは国によって民族によって、さまざまな違いがある。それがまた楽しいのだが、戦術はどうやったら有利にプレーできるかというアイデアなので、良いと思ったら国や民族に関係なくどんどん取り入れられていく。テレビやインターネットが発達した現在では情報の伝わり方も速くなった。

 ひと昔前はもう少し伝達速度は遅く、横浜フリューゲルスの加茂周監督が「ゾーンプレス」と言い始めたときに、それが何のことなのか理解している人は少なかった。「ゾーンプレス」は加茂監督の造語で、当時最先端だったACミランの戦術がゾーンディフェンスとプレッシングを組み合わせたものだったから、それを一括りにしたのだろう。加茂監督が盛んに「ゾーンプレス」と言っていたせいか言葉自体は広まっていったのだが、中身を理解している人はほとんどいなかった。ミランのプレーぶりを知っていたとしても、それがどういうふうに成り立っているのか正確に説明できる人もほとんどいなかったと思う。「ゾーンプレス」は謎の戦術だった。

 1990年前後、ヨーロッパでは「ミラノ詣で」が流行している。ミランの戦術はヨーロッパでも当初は謎だったからだ。世界各地からミランのトレーニングを見学するためにコーチがミラノへ出かけた。やがてミランの戦術は、普通の戦術になっていった。フリューゲルスの「ゾーンプレス」は、わかったようなわからないようなままうやむやになった。ちなみに「ゾーンプレス」は日本代表でも加茂監督の指揮下で導入されたが、やはり効果がよくわからないままうやむやに終わっている。ヨーロッパのチームなど、パスをつないでくる相手には効果的だったのだが、ロングボールで中盤を省略するアジアではプレッシングの効果がはっきりしなかったのだ。結局、あってもなくても大勢に影響なしという扱いになって、いつしか忘れられてしまった。

 ただ、「ゾーンプレス」とは言われなくなっただけで、ミラン式の戦術は改良を重ねながら徐々にJリーグにも浸透し、ヨーロッパと同じように普通の守備戦術として定着している。加茂監督には先見の明があったわけだ。当時の日本では戦術が一人歩きしてしまったのかもしれない。

 戦術一人歩きの傾向が、日本にはあると思う。

 いわゆる戦術本ばかり書いている筆者がこう言うのもどうかと思うが、ゲームにおいて戦術の占める割合はせいぜい2、3割というところだろう。

「FKからクロスボールを入れるとして、200回蹴ってゴールにならなかったとしても、
201回目も“そこ”へ走り込むことが重要なのだ」

 文言は正確でないかもしれないが、マルセロ・ビエルサ監督がこのようなことを言っていた。

 この例では、クロスボールを蹴り込むポイントとして決めてある“そこ”が戦術である。そこへ蹴るのが正解かどうか、議論の余地はあるだろう。しかし、それが合っていたとしても、そこへ正確にクロスを蹴り込めるかどうかという問題がある。それは技術だ。しかし、戦術と技術があっても“そこ”へ誰も走り込んでいなければゴールは生まれない。200回でやめてしまえば、201回目に生まれたかもしれない得点はない。戦術、技術、意志がそろって初めて何かができるわけだ。

 戦術そのものの伝達が速くなり、例えばヨーロッパのトップクラスのチームとJリーグで、戦術そのものの差はあまりなくなっている。

近年の傾向で興味深いのは、これまでヨーロッパや南米の戦術を後追いしてきたJリーグが、オリジナルを発信しはじめていることだ。しかも、そうしたチームが上位に進出している。

 サンフレッチェ広島の戦術は独特で、他に同じものを見たことがない。広島でこれを作り上げたミハイロ・ペトロヴィッチ監督が浦和レッズでも同じ戦術を導入したので、世界でも珍しい戦術を使うチームが同じリーグに2つあるというさらに珍しい状況だ。

 風間八宏監督は独特の感性を持っていて、川崎フロンターレでもそれが浸透してきた。風間が広島でプレーしていたとき、当時のスチュワート・バクスター監督がキックオフの際にサイドの深いスペースへボールを蹴って走り込ませるという作戦を授けた。皆、言われたとおりサイドのスペースへ蹴ったら、ボールが走りすぎてゴールラインを割ってしまった。しかし風間だけがそうならなかった。スペースではなく、DFの頭上ぎりぎりを狙ったからだ。DFがぎりぎりクリアできないボールなら、DFの背後へ落ちる。もしヘディングがとどいてもクリアが飛ばないのでセカンドボールを拾える。スペースへ蹴れと指示されてスペースを狙わない、しかし指示どおりの効果を出す。コロンブスの卵のようだが、そんな風間監督が技術を定義しなおした川崎は注目のチームとなっている。

 2012、13年と2年連続のJ2・3位、J1昇格プレーオフで敗れて昇格できなかった京都サンガのサッカーはさらに独特だ。フィールドの横半分にフィールドプレーヤーのほとんどが集まってしまう。見た目は、初めてサッカーをする幼稚園児の“ニワトリ・サッカー”。大木武監督がヴァンフォーレ甲府のときから導入している戦術なのだが、これも相当独特である。

 ヨーロッパや南米のリーグで、こういう珍しいサッカーをやるチームが優勝したり、上位にくるという例は少ない。クラブの貧富の差がはっきりしていて、リーグのヒエラルキーが固定的だから上位チームは冒険をしないほうが勝ちやすいからだろう。

 レアル・マドリードは世界でもトップクラスの選手を毎年のように獲得できる。そういうチームに小細工はいらない。誰でも理解できる標準的な戦術のほうが、新加入のスター選手に馴染みやすい。バイエルン・ミュンヘン、FCポルト、マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、パリ・サンジェルマンといった各リーグのビッグクラブは、それぞれのリーグで最高の人材を揃えられるので、戦力差をそのまま反映させれば十分勝てる。

他のどこもやっていないような戦術は、むしろこうしたビッグクラブに対抗するチームのものだ。ボルシア・ドルトムントはその成功例で、ビッグクラブなのに独自性が高いバルセロナという例外もあるけれども、奇策の王者はあまり現れない構造になっている。

 Jリーグは20年を経過して、ヨーロッパのようなビッグクラブはまだ現れていない。他クラブと比べてリッチなチームはあっても、なかなか突出した戦力を持つには至らない。実質的に外国人枠のないヨーロッパとは背景に違いがあり、そこまで経済的な格差も大きくないからだろう。

 戦力的に突出したチームがないJリーグは、戦術的に冒険がしやすい環境なのかもしれない。

 戦力に差がなければアイデア次第で優劣が決まる余地が大きい。一方で、アジアのビッグクラブ化した中国の広州恒大や中東のクラブを破って、日本のチームがアジアチャンピオンズリーグで優勝するには、戦力差を埋める何かが必要だ。この現在の立場は、戦術の発展という点ではやはりなかなか良い環境といえる。

 独自性を発揮しはじめたJリーグは、この先どのような進化をみせるのか。過去、いくつかの独特な戦術を披露したチームがあった、ジュビロ磐田のN-BOX、イビチャ・オシム監督が率いたジェフユナイテッド市原(千葉)も、同じサッカーをしているチームは当時世界中になかったと思う。日本は“世界”の背中を追っているときに一番勢いがあるとよく言われるけれども、ことサッカーに関してはけっこう平気で我が道をゆく。

 世界のトップクラスのチームでプレーする日本人選手も出てきた。やがて世界のトップクラブを指揮する日本人監督も出てくるのかもしれない。
(こちらのコラムは書籍「Jリーグの戦術はガラパゴスか最先端か」の序章を抜粋しております)

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