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イングランドの若手育成事情。目前に横たわる危機とエリート育成プログラムとは?

2012.01.17

ワールドサッカーキング 2012.01.19(No.204)掲載]
 U−21代表を始めとする各年代の代表チームの惨敗により、各関係者はイングランドサッカーの衰退を不安視している。そんな中、FAやプレミアリーグが歩調を合わせて導入を試みる「エリート育成プログラム」とは果たしていかなる施策なのか。

文/翻訳協力=ニール・ビリンガム/町田敦夫

■危機を予兆するユース世代の惨敗

 違う年代、違う大会、同じ失望……。イングランドはデンマークで行われた昨夏のU─21欧州選手権で、グループリーグ敗退を余儀なくされた。チームを率いていたのは無能なスティーヴ・マクラーレンでも、頑迷なファビオ・カペッロでもなく、熱意に満ちたスチュアート・ピアースであった。彼はこの大会の開幕前に契約延長をオファーされるほどFA(イングランドサッカー協会)から信頼されていた人物である。だが、選手たちはまたもつまずき、痛烈な批判を浴びた。

「イングランドサッカーは壊れている」と語るのはリーズなどで活躍した元イングランド代表のサイドバック、ダニー・ミルズだ。今はBBCの解説者を務めている彼は、「この国は世界に大きく後れを取っている。恐ろしいよ」と現状を嘆く。

 U─21イングランド代表がデンマークで残した数字は目を覆うようなものばかりだった。グループリーグ3試合での総得点はわずか2。61本というロングパスの失敗数は、この大会を戦ったどのチームよりも多い。

 そして、U─21代表の敗退が決まった2日後、U─17イングランド代表も思わぬ失態を見せた。メキシコで行われたU─17ワールドカップ(以下W杯)で、サッカー後進国カナダと引き分けたのだ。相手GKが自陣から蹴ったボールが笑いを誘うような同点ゴールとなり、イングランドは貴重な勝ち点を失った。

 こうした現象は今に始まったことではない。FAで育成部門を統括するトレヴァー・ブルッキングが、「遠からずA代表もメジャー大会への出場権獲得に苦労するようになるだろう」と語ったのは今から4年前の話だ。

 その数カ月後、マクラーレン率いるイングランド代表はユーロ2008の予選で敗退。2010年にはカペッロのチームが出場したが、決勝トーナメント1回戦でドイツに惨敗した。

■不足するコンタクト・タイム

 イングランドの最高レベルがいかに「世界標準」から遠いのか。それを思い知らされたのが、昨シーズンのチャンピオンズリーグ決勝だった。マンチェスター・ユナイテッドがバルセロナに一蹴されたこの一戦は、世界最高レベルで戦うには何が必要なのかを冷徹に伝えている。スコアは3─1。それ以上に6─0というCKの数が、バルサの圧倒的な支配力を示していた。

 この試合で、バルサはユース出身選手を7人もスタメンに並べた。対するユナイテッドの生え抜きは、37歳のライアン・ギグスのみ。アレックス・ファーガソン監督はバルサの育成システムを手放しで称える。

「我々は1日に1時間半しか子供たちを教えることが許されていない。バルサのコーチは、その気なら1日中でも教えていられる。これは彼らの大きなアドバンテージだ。何年先になるかは分からないが、イングランドでもより長い時間、子供たちをコーチできるようになっていることを祈る。サッカーの基本や応用テクニック、それにボールをキープし続けるための自信をたたき込まないと」

 ファーガソンが語る「コンタクト・タイム」(コーチと接触する時間)という言葉が、育成関係者の間で注目され始めている。コンタクト・タイムを増やさない限り、イングランドがライバル諸国に追いつくことはできないというのが専門家の一致した見解だ。

 例えば、スペインの子供たちは、9歳から21歳までの間に4880時間のコンタクト・タイムを得ている。オランダとフランスは更に長く、それぞれ5940時間と5740時間。それらに対してイングランドのコンタクト・タイムは3760時間に過ぎない。しかもこれは92のプロクラブのみの数字で、草の根レベルのチームの状況は更に深刻だ。

「ウチの12歳の長男は、既にフルサイズのピッチで11人制のサッカーをしている」と三児の父親であるミルズは語る。「バカげているよ。小さなピッチを使えばもっとたくさんプレーに参加できるのに、これではろくにボールにも触れない。プロだってフルサイズのピッチで練習することはまれなのに、なぜ11~12歳の子供にそれをさせるんだ」

 ミルズはまた、イングランド特有のサッカー文化が、高い技術と知性を持った選手を育てる障害になっていると指摘する。

「優秀なコーチやボランティアが若年層の育成を担ってくれてはいる。しかし、彼らの多くは勝利至上主義だ。目先の勝利にこだわるあまり、大柄な子供ばかりを試合に出す。私としては、むしろウチの子には高いスキルやパスのうまさを身につけてほしい。8歳の次男などは、かつての私以上に多彩な足技を持っているが、それをゲームで試み、失敗などしようものなら怒鳴りつけられるんだ。誉められるのは、激しく当たり、ボールを遠くに蹴り飛ばす子だ。これではどんな子だって、人と違うことにトライする気をなくしてしまうよ」

ミルズは更にこう続ける。

「コーチや父兄の意識を変え、勝利だけがすべてではないと教えなければならない。『楽しむことが第一だ、子供たちに自分を表現させろ』とね。私は地元のU─7とU─8のリーグのコーチや父兄にこんな電子メールを送った。GKにはロングボールを蹴らせず、スローイングでつながせたらどうかと。でも、その反応に愕然としたよ。ある返信には『ロングボールはイングランドサッカーの伝統だ。ロングボールのトラップや対処法を子供たちに教えることが重要なんだ』とあった。どこの惑星の住人なんだろうね」

スペインとイングランドのユース育成を比較すると、両国の文化的差異がよく分かる。『バルサとレアル/スペインサッカー物語』を書いた作家のフィル・ボールは、4年前に息子のハリーをレアル・ソシエダの育成組織に入れた。今や15歳となったハリー少年は、シャビ・アロンソやミケル・アルテタを輩出したクラブの育成チームで、セントラルMFとしてプレーしている。

そのハリーが昨年、あるイングランド2部のクラブのトライアルを受けた。そこでの経験は、父親のボールを大いに面食らわせた。

「そのクラブは代々、いいサッカーをするクラブだった。ところがハリーがボールを持つたびに、前線にボールを放り込めと指示が出た。横パスを出すと怒鳴られるんだ。スペインではボールキープやスペースの創出、方向の転換が重視される。常にボールが向かう方向を変えないと、逆に怒鳴られるんだ」

■ユース育成に潜む根の深い問題

 スペインのユース育成システムを手本とした国がスイスだ。2年前のU─17W杯で、彼らはブラジル、イタリア、ドイツ、スペイン、そして開催国のナイジェリアを破り、優勝を飾った。昨夏のU─21欧州選手権でも決勝まで駒を進めた。人口750万人の国としては悪くない成果だ。

「15年前、我々はスペインを含むヨーロッパ中の国々を訪ねた」とスイスサッカー協会のペーター・クナーベルは言う。「そして前進するためには、クラブも巻き込んだ完全な協力体制が必要だという結論に達した」

 スイスが導入したシステムの下では、各クラブは代表チームの年代構成に合わせたユース組織を持たなければならない。クラブ側にはそのための財政支援が与えられ、コーチの養成プログラムもアップグレードされた。

「一貫性と連帯という言葉を呪文のように唱えていたのが功を奏した」とクナーベルは語る。彼は現在のイングランドの苦境にも、驚くほど楽観的だ。「イングランドのユース育成システムは、一部の人たちが言うほど悪くないと思う。2010年、イングランドのU─17チームはフレンドリーマッチで我らがスイスを破り、その後にヨーロッパ王者になった。その点からしても、そうひどいはずはないんだ」

 このU─17代表のヨーロッパ制覇は、イングランドの全年代の代表を通じ、1993年以来となる国際タイトルだった。メンバーにはチェルシーの逸材ジョシュ・マクエークランや、スペインとの決勝戦で貴重なゴールを挙げた現サンダーランドのコナー・ウィッカムらがいた。

 4年前の取材でブルッキングは、FA、プレミアリーグ、フットボールリーグ(92のプロクラブの統括団体)の3団体に協調姿勢が欠けていることを憂慮していた。現在はその状況が幾分か改善し、イングランドサッカー全体の利益に配慮する姿勢が高まっているように見える。各クラブはUEFA(欧州サッカー連盟)のルールに従い、自国の育成選手枠のルールと、財政的フェアプレーのルールを守るよう努めている。

 FAでユース育成マネジャーを務めるニック・レベットは、この1年半の間に400のユースリーグ、37カ国のサッカー協会、1000人を超える草の根のコーチ、そして何より数千人の子供たちから意見を募った。

 結果は非常に興味深いものだったが、中でも目を引くのは、親の態度に対する子供たちの意見だ。10歳のある選手は、「僕が嫌なのは、何か新しいことにトライしてそれがうまくいかないと、親たちに怒られることです」と答えた。同じく10歳の別の選手は、「ネガティブな言葉で怒鳴られると、ピッチを飛び出し、家に帰りたくなります」と、気が重くなるような回答を寄せている。

 ユースサッカーの“人間工学”に対する意見は、更に示唆に富んでいる。ある11歳の選手は、「体は去年よりたいして大きくなっていないのに、11歳になった途端にすごく大きなピッチでプレーさせられるのはなぜですか」と尋ねる。別の11歳のGKも、「大人でもネットを外す時に脚立が必要になるような大きなゴールを、どうやって僕に守れっていうんですか」とボヤく。

 レベットがまとめた58ページの報告書には、ユースの育成を取り巻く多くの問題が取り上げられている。だが、キーポイントは2つだと彼は言う。「子供たちは父兄たちほど勝利にこだわっていない。彼らがサッカーをするのは楽しいからであり、また友達とつるめるからだ。もちろん子供たちだってベストを尽くそうとするが、だからといって勝利がすべてだとは思っていない。ユースの育成に関わる第1の問題は、11人制に移行する年代が早すぎること。第2の問題は、ミニサッカーと11人制サッカーとのギャップが大きすぎることだ」

 この問題に関しては、近い将来に改善がなされることになりそうだ。現在のところ、イングランドでは11歳から11人制サッカーに移行する。ちなみにスペインとオランダでは13歳、フランスでは14歳、ドイツでは何と15歳からだ。

「2013─14シーズン以降、11歳の子供たちには9人制サッカーをさせることで、関係者の意見が一致している」とレベットは言う。「その翌シーズンには、9人制が12歳の子供たちにまで拡大される。私自身はもっと上まで広げたいが、コンセンサスを得るには忍耐が必要だ」

■ユース再生に向けた育成プログラム

 プレミアリーグも、FAと歩調を合わせ、ユースの育成に新たな人材を登用した。バース大学のスポーツディレクターを17年間務めたゲド・ロディだ。ロディはオリンピック選手の養成に携わるとともに、サッカー界でも一定の成功を収めている。1999年に「チーム・バース・フットボール・クラブ」を創設すると、続く9年間で6回の昇格を実現。2002年には、大学チームとして122年ぶりにFAカップの予選突破を果たした。

 ロディの主要な役割の一つは、プレミアリーグの「エリート育成プログラム」の進捗を見守ることだ。このプログラムによって、クラブのアカデミーに所属する選手たちのコンタクト・タイムが増加する。

 フリースクールという形で、各クラブが自前の教育機関を創設する構想もある。プレミアリーグのチーフエグゼクティブであるリチャード・スカダモアは、次のように述べる。「例えば、イングランド北西部のクラブが創設した学校が、子供たちにサッカーと学問の両方を教える。そんな日が来ることを想像しているよ」

 こうした動きは、ロディがサッカー界の外で得た経験を下敷きにしたものだ。「オリンピックを目指す15歳の水泳選手は、週15時間のトレーニングと、学校の勉強を両立させるのが普通だ。ところが同年代のサッカー選手は、週に5時間しか指導を受けられない」

 ただ、ロディの「エリート育成プログラム」は、プレミアリーグのクラブから支持を集める一方、下部リーグのクラブからは大いに批判されている。アカデミーを4つのカテゴリーに分けるこの計画においては、プレミアリーグのクラブが今以上に選手を集めやすくなるからだ。才能ある子供たちがトップクラブに籍を移すことで、30~40の下部リーグのクラブがアカデミーを維持できなくなるのではないかと懸念されている。

「エリート育成プログラム」によって、片道90分以内の距離に住む選手と契約するという現行のルールも緩められそうだ。この点もまた、全国にスカウト網を持つトップクラブに有利に働く。

 フットボールリーグのグレッグ・クラーク・チェアマンは、「我々が切り捨てられることは、イングランドにとって大きなリスクになる」と語り、昨夏のU─21欧州選手権に参加した代表の中に、13人の下部リーグのアカデミー出身者がいたことを指摘する。こうした議論の行き着くところは、いつもの通り、金だ。「フェルナンド・トーレスの移籍金の5000万ポンド(約67億5000万円)があれば、フットボールリーグの全クラブのアカデミーを1年間、維持できるんだ」とはクラークの言葉だ。

 予想されたことだが、FAとプレミアリーグは、素早くフットボールリーグの不安解消に動いた。「全員で同じ方向に進まなければならない」と、ロディは言う。「それは簡単なことではない。私はプレミアリーグの20クラブだけを心配していればいいが、フットボールリーグには72のクラブがあるんだ。だが、ここまで関係者全員と詳細かつ実際的な交渉を重ねてきて、合意は近いと信じている。フットボールリーグ側も、ユース育成の責任者としてデイヴィッド・ウェザロール(元リーズのDF)を迎えた。これは彼らがユース育成やアカデミーの維持に真剣に取り組む兆しだと思う」

 理論的には素晴らしい構想のようだ。だが、イングランドサッカーに長年浸透してきた文化的な問題は、現在のアカデミーの中にも明らかに存在する。

 ミルズは言う。「アカデミーのコーチたちは、いい選手を育て、チームを勝たせなければならないという強いプレッシャーに晒されている。そのため従来の常識に固執しがちだ。だからアカデミーは大柄でパワフルな選手とばかり契約する。テクニックは年齢とともに身につくだろうと祈りながらね。小柄だが初めからテクニックのある選手に賭けてみようとはしないんだ」

■最も必要なのは根本的な意識改革

 ここまでいろいろと論じてきたが、実はイングランドのユース育成が直面する最大の課題は、質の高い専業のコーチが足りないことだ。UEFAが定めるB級、A級、プロ級のコーチ資格を持つ者は、イングランドには5796人しかいない。ちなみにスペインには2万3995人、イタリアには2万9240人、ドイツには3万4970人いる。

 関係団体が協力体制を作り、若い選手のコンタクト・タイムを増やしたところで、質の高いコーチングが受けられなければ何の意味があるだろうか。

「その点はバートンの国立センターが大きな役割を果たす」と、FAのレベットは言う。「クラブは選手をコーチし、FAはコーチをコーチする。エリート養成プログラムの責任者にギャレス・サウスゲイト(元ミドルスブラのDF)を起用したのは正解だった。彼は人格者であり、交渉能力も高く、父親でもある。あらゆる面で計画を促進してくれるだろう」

 FAを始めとする関係団体の改革や、育成システムの変革が実を結ぶには、何年もの歳月が掛かるだろう。しかし作家のボールは、ある一人の人物がイングランドサッカーを一変させるかもしれないと考えている。

「スペインではペップ・グアルディオラがファーガソンの後釜としてマンチェスター・Uの監督になるのではないかと、もっぱらのうわさだ。もしそれが実現すれば、イングランドサッカー全体に影響が及ぶだろう。なぜなら現在、バルセロナのようなサッカーをしているのはアーセナルだけだからだ。アーセナルを嘲笑するのは、とても《イングランド的》なことに思える。『前線に放り込むのが嫌いなんだとさ』というのが、イングランドでは侮蔑の言葉になるわけだ。そうした人々は、スペイン代表のことも長年そう罵ってきた。しかし、全くのナンセンスだ。アーセナルは自分たちのサッカーを頑として変えない点で賞賛に値する。昨シーズンのチャンピオンズリーグの対戦では、バルセロナに対しテマンチェスター・Uよりもアーセナルのほうがずっと健闘していたよ」

 やるべきことはまだ多い。だが、上はプレミアリーグから、下は草の根レベルのリーグまで、イングランドのユース育成が再生に転じる兆しはそこ、ここに見られる。これまでに見てきた新たな人材の登用や、各団体の協力体制の構築によって、若い選手たちを育て、花開かせる環境は果たして作り出せるのか。それはまた10年後に改めて検証するとしよう。いや、15年後にしておこうか。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING(@SoccerKingJP)』の編集長に就任。『SOCCER GAME KING』ではCover&Cover Interviewページを担当。
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