[ワールドサッカーキング 2012.02.16(No.207)掲載]
どんなチームにとっても、アウェーゲームは難しいものだ。ジョゼップ・グアルディオラ体制になってからのバルセロナでさえ、チャンピオンズリーグの決勝トーナメントではアウェー戦でたった1度しか勝っていない。昨シーズンのマンチェスター・ユナイテッドはプレミアリーグを制したが、アウェーゲームでは5勝しかできなかった。アウェーでの試合は、なぜこれほど難しいのかーー。
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ボビー・チャールトンはホームアドバンテージについて次のように説明している。「サポーターが味方についていること。これがチームに与える心理的な効果は大きい。自分の慣れ親しんだ“家”で戦うことのできる安心感もプラスになる」。彼の言葉に異論はないが、そのシンプルな説明だけでは説明不足と感じる。ここでは、ホームアドバンテージの要素を一つひとつ検証していきたい。
■“アウェーの動揺”が選手に及ぼす影響
「ホームスタジアムは自分の“家”だ」とチャールトンが言うように、慣れ親しんだホームゲームでは、余計なストレスを感じることなくプレーに集中できる。逆に、アウェーチームにとっては、トイレの場所、ドレッシングルームでどのロッカーを使えばいいか、どこを歩いてピッチ入場口に向かえばいいか……そんなささいなことが積み重なって大きなストレスとなる。それが、芝の状態やピッチの凹凸、広さなど、プレーに直結する要素であればなおさらだろう。
身をもってこれを体験したのがトッテナムだ。昨シーズンのチャンピオンズリーグ(以下CL)・プレーオフ、ベルンでヤング・ボーイズと対戦したトッテナムの選手たちは、人工芝のピッチに戸惑い、わずか28分間で3失点を喫した。ヤング・ボーイズのスコット・スッターは言う。「どのチームも苦労することだ。どれぐらいの影響があるか、はっきりと定義するのは難しいけど、ヨーロッパの試合になるとウチはホームで全勝だよ。俺たちは人工芝には慣れっこだけど、相手は違う。実際のプレーの影響とは別に、『自分たちは有利だ』って信じられることが心理的にプラスになるのも確かだ。相手がトッテナムであっても、落ち着いてプレーできた」
そう、サッカーは足でプレーするスポーツだが、頭の働きも同じように重要なのだ。2008ー09シーズンのハルを思い出してもらいたい。彼らは初めて戦うプレミアリーグの最初のアウェーゲーム5試合で、ニューカッスル、アーセナル、トッテナム、ウェスト・ブロムウィッチの4チームを倒した。だが、続くオールド・トラッフォードの試合では7点を奪われて大敗。その後は翌年3月にフィル・ブラウンが解任されるまで、アウェーでは1勝しかできなかった。「相手に研究され始めたから」という説明はそれなりに納得できるが、ブラウンは“アウェーの動揺”についてこう語っている。
「敗戦が続くうちに、シーズン当初は何でもなかった“アウェーの動揺”が、選手たちを縛るようになった。記録というものは、長く延びるほど重荷となるものだ。『アウェーだから苦戦する』と頭が信じてしまえば、体は動かなくなる。好むと好まざるとにかかわらず、それは時に選手のパフォーマンスにも大きな影響を及ぼす」
スティーヴ・マクラーレンがイングランド代表監督を務めたわずかな間、その姿として記憶に残っているのは、傘を手に、ワラにもすがるような表情でウェンブリーのタッチラインに立つ姿だろう。イングランドがユーロ2008への出場を断たれることになった、悪夢のクロアチア戦だ。結果的にあの敗戦が彼の“棺桶を閉じる釘”となったわけだが、その前にイスラエルと引き分け、ロシアに敗れたアウェーでの失態がなければ、イングランドは楽々と本大会出場を決めていたはずだ。
アウェー戦に弱いチームの典型と言えるのがセルティックだ。最近のCLのアウェーゲーム22試合で21敗。『グラスゴー・ヘラルド』紙のマイケル・グラント記者は、皮肉にもセルティックのホームでの強さが、アウェーでの弱さの一因になっていると分析している。
「スタンドが満員になった時のセルティック・パークの迫力には、いつもながら感心する。ゾクゾクするような雰囲気だ。すべての対戦相手が縮こまってしまうとは思わないが、セルティックの選手が高揚するのは間違いない。そのため、異常なハイペースでの試合が可能となり、ゲームの主導権を握ることができる。アドレナリンみなぎる選手たちが見せるダイナミックなサッカーは、チームの欠点をカバーしてくれるんだ。だが、アウェーでは残念ながら真逆のことが起こる」
■観客の影響力とレフェリーの心理
1980年代のスタンフォード・ブリッジやザ・デン、アップトン・パークは、気弱な選手には耐えられない場所だった。チェルシーのDFだったコリン・ペイツはこう語る。「ピッチが揺れていたよ。キックオフ直前にゴール裏を振り返ると、サポーターが吐き出すビールのげっぷが臭ってきた」
ミルウォールの本拠地ザ・デンでも、事情はそう変わらない。今はテレビ解説者となったイーモン・ダンフィーは言う。「アウェー側のドレッシングルームはまるで地下牢だ。照明も窓もない。トイレなんてひどいもんさ。散々な気分でピッチに出れば、ミルウォールの選手が嵐のように襲ってくる。誰だって戦意をなくすよ」
そのミルウォールは64年から67年に掛けてホーム無敗記録を作っている。“地下牢”がそれに少なからず貢献したのは間違いないように思える。ただ、ホームアドバンテージは成功の保証とはならない。チェルシーやウェストハムも、80年代から90年代前半に掛けては降格と昇格を繰り返した。
意識的にであれ無意識的にであれ、レフェリーがホームに有利な判定を下すというのは、世界のサッカーファン共通の嘆きだ。2007年、ハーバード大学の研究者ライアン・ボイコは、総勢50人のレフェリーが裁いたプレミアリーグの5000試合を分析した。それによると、観客が多ければ多いほどホームチームの得点は増え、観衆が1万人増えるごとに得点が0.1点増えることが分かった。ホームの声援に影響されやすいレフェリーがいることは明らかだ。
「場の雰囲気に影響されやすいレフェリーが試合を担当するかどうか、そしてどれだけのファンが集まったかどうか。この2点がホームアドバンテージの大小を決める」とボイコは言う。「すべてのゲームで公平性を確保するには、すべてのレフェリーが観衆に影響されないようにしなければならない。だが、それは不可能だ」
ボイコの発見に「我が意を得たり」とうなずくファンは世界中にいるだろう。別のアメリカ人、ジョン・ワートハイムが行った調査も、その事実を裏付ける。ワートハイムはこう述べる。
「スポーツ選手はファンの声援があるホームだとより良いパフォーマンスを発揮できると言われるが、スポーツ選手のパフォーマンスがホームで向上することを示すデータはほとんどない。ところが、審判の判定はホームとアウェーでかなり違う。その差は観衆が多いほど大きくなるし、客席がピッチに近ければ近いほど、判定の差が大きくなる。データからはその傾向がはっきりと出ている。ホームアドバンテージの正体は“判定の偏り”だ。それが意識的なものか、無意識的な行為かどうかは別としてね」
ノーサンブリア大学心理学部のサンディ・ウォルフソンは、レフェリーの影響力を一部認めつつも、より革新的な見地からホームアドバンテージの本質を説明する。「私たちの研究で、ホルモンの興味深い影響が明らかになった。ホームゲームの前になると、選手たちのテストステロン値(男性ホルモンの分泌量を示す数値)は急上昇する。ところがアウェーゲームの前だと、その値は練習中の数字と変わらない。恐らくこれは進化の過程で身についたものだ。自分の縄張りを野獣や競争相手から守ることは、生き残るために重要だった。動物だって自分の巣を守る時は、“アウェー”にいる時より強いものだよ」
さて、これでホームアドバンテージというサッカー界の大いなる謎がある程度は解明されたかと思う。もっとも、正解が何であれ、確かなことが一つだけある。アウェーで勝つための処方箋は、今のところ見当たらないということだ。
この数年、絶対王者としてヨーロッパに君臨する“ペップ・バルサ”がさら名声を勝ち取るには、この謎を解き明かすのが一番手っ取り早いのかもしれない。同時に、バルサの黄金期を覆そうと狙う他のクラブにとっても、ホームアドバンテージの秘密を研究することで状況打開の道が開けるかもしれない。CLの決勝トーナメントが始まろうとしている今こそ、この謎の解明に取り組む最良の機会と言えそうだ。
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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING(twitterアカウントはSoccerKingJP)』の編集長に就任。『SOCCER GAME KING』ではグラビアページを担当。
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