2011年にスタートし、年に一度サッカー&映画ファンが集う一大イベントに成長、今年も2月11日(木・祝)~14日(日)の4日間で11作品を上映する「ヨコハマ・フットボール映画祭2016」。さらに全国12都市で映画を上映するジャパンツアーも開催されます。
そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各作品の映画評を順次ご紹介。
今回はヨコハマ・フットボール映画祭の実行委員でもあるサッカー書籍編集者の中林良輔さんに、アルゼンチン屈指の強豪クラブの歴史を巡る日本初公開のドキュメンタリー作品『ボカ・ジュニアーズ・ザ・ムービー』についての映画評を寄稿いただきました。
ラ・ボンボネーラが揺れていた/中林良輔
ヨコハマ・フットボール映画祭の実行委員も務める筆者は、本作が2016年の上映候補作として挙がった際、どちらかというと疑念を抱いていた。我々の映画祭では2D上映となってしまうため、原題(Boca Juniors 3D)に3Dと付けているほどの作品は2Dでは楽しめないのではないかと。
そして懐疑的に見始めた本作の冒頭、ボカ一色に染まるアルゼンチンの首都ブエノスアイレスのラ・ボカ地区の町並みを抜け、世界一と評されるスタジアム“ラ・ボンボネーラ”が姿を現し、スタジアム内に入ったカメラはスローモーションでピッチへ。沸き上がるインチャ(=ファン)の大歓声。映画が始まってわずか5分で疑念は杞憂に終わる。
サッカーファンなら冒頭から鳥肌が立ち、血湧き肉躍るこの作品は、南米屈指の人気クラブであるボカ・ジュニアーズ公式のドキュメンタリー作品である。
近年までボカで主力として活躍していた、GKロベルト・アボンダンシエリ、DFロランド・スキアビ、現監督であるロドルフォ・アルアバレーナ、さらに多くのレジェンドたちがインタビュー出演し、数々の名試合の映像とともに当時の激闘を振り返る。
さらに本作はサッカー関係者が皆こぞって訪ねるボカの生き字引的なサポーター・フネスを語り部として進行する、歴史あるサッカークラブにおける英雄たちの人間ドラマ作品としての一面も持つ。
マルティン・パレルモ、カルロス・テベス、ディエゴ・アルマンド・マラドーナ、ファン・ロマン・リケルメ……ボカが誇る英雄たちがそれぞれの時代を彩るストーリーの主役として代わる代わる登場する。
なかでも70年代後半の黄金時代、フアン・カルロス・ロレンソ監督よりキャプテンに使命されたルーベン・スニェの数奇な運命をたどった物語がとても印象深い。1976年にリーグ制覇、1977年にコパ・リベルタドーレス優勝、そして1978年にはインターコンチネンタルカップ優勝。輝かしい栄光を手にしたのち、思うようにプレーできないキャリアの晩年を経てスニェは苦悩の末に間違いを犯す。7階から飛び降り自殺未遂を起こしたのだ。しかし、そこから十数回におよぶ手術を経てスニェは奇跡的に復活を遂げる。「サッカーこそ自分のすべて」と語る、闘志あふれる“ボカの男”のストーリーだ。
そんなスニェのキャリア史上最も重要なゴールとされる1976年の国内リーグ戦での決勝ゴールにも代表されるが、ボカの歴史を語る上で同じブエノスアイレスに本拠地を置くリーベル・プレートとのダービーマッチ“スーペルクラシコ”は絶対に欠かすことができない要素である。
「あの日ほど興奮したことはなかった。ラ・ボンボネーラが揺れていた」とパレルモが語る2000年のコパ・リベルタドーレス決勝しかり、マラドーナが若き後継者リケルメとの交代という形で現役時代に幕を閉じた1997年10月のスーペルクラシコしかり、ボカの歴史はリーベルの存在があってこそ成り立つ。
筆者が編集を担当した書籍「ダービー!!フットボール28都市の熱狂」にはこの両チームの対戦についてこう書かれている。
「戦争だ、準備はいいか?」
悲しいことに、両者の歴史をひもとけば、「戦争」という形容が誇張ではないと言わざるを得ない時期がある。1968年6月、エル・モヌエンタルにおいて74人のファンが命を落とした。ボカファンが、火の点いたリーベルのフラッグを階下のホームファン真っ只中に投げ込み、パニックが起きたのだ。1994年には、リーベルファンを乗せたバスが、スタジアム近くで待ち伏せに遭い、2人が撃たれて死亡。試合はリーベルが2-0で勝ったが、数日後にブエノスアイレスの街で「リーベル 2-2 ボカ」という落書きが発見された。
……このような行為は決してあってはならない行き過ぎたものであり、世界のサッカーファンを魅了するスーペルクラシコのダークサイドの一面でしかないが、ラ・ボンボネーラではリーベルファンに向けてコインから尿まで投げ込まれるとも言われる両者の激しい対立関係を象徴するエピソードである。
幸いにも我々は本作においてその熱狂を、恐怖を感じたり、もちろん尿を浴びたりすることなく、ビール片手にパリオペラ座と同型の座り心地の良い座席に身を委ねて体感することができる。
インチャの熱狂的な応援でスタジアムが“揺れる”ラ・ボンボネーラ、生涯一度は訪れたい場所である。本作がその体験に匹敵するとまでは言わないが、南米サッカーファンのみならず、間違いなく一見の価値のある作品であることは間違いない。
1981年生まれ。兵庫県神戸市出身。東邦出版編集長。サッカー書籍編集者。2003年の東邦出版入社以降、年間約10冊、過去100冊を超えるサッカー関連書籍を世に送り出している。自身が編集を担当した書籍「フットボールの犬」(宇都宮徹壱/著)が第20回ミズノスポーツライター賞の最優秀賞を受賞。フットサルチーム「フットボールジャンキー」代表。
【映画詳細】
『ボカ・ジュニアーズ・ザ・ムービー』
2015年 アルゼンチン/ドキュメンタリー/108分
監督:ロドリゴ・H・ヴィラ
字幕製作:YFFF
【ヨコハマ・フットボール映画祭について】
世界の優れたサッカー映画を集めて、2016年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線・みなとみらい駅から徒歩6分)にて2月11日(木・祝)、12日(金)、13日(土)、14日(日)の4日間開催!全国ツアーの日程も含め、詳細は公式サイト(http://2016.yfff.org/)にて。