[ワールドサッカーキング 0920号掲載]
ニュルンベルクの司令塔として迎え入れられた清武弘嗣だが、開幕前の評価は決して高くなかった。プレシーズンは不参加、ドイツカップでの出来も良くなかったからだ。しかし、ブンデスリーガ開幕戦ですべてが変わった。デビュー戦から清武は攻撃の核として機能し、チームの勝利に貢献したのだ。
文=ハーディー・ハッセルブルック
構成・翻訳=安藤正純
[写真]=原田亮太
清武弘嗣のニュルンベルクでの初めてのゲームは、8月19日に行なわれたドイツカップ1回戦のハベルゼ戦である。相手は4部リーグ所属の弱小だ。当然、大量点を奪って勝利する算段だった。しかし気温40度を超える猛暑の中での試合は途中で給水のための休憩を入れる異例の運営となり、慣れぬ暑さと油断にやられたのか、ニュルンベルクは延長戦の末に2−3で敗れた。
清武は63分に投入され、120分までプレーした。試合後、「ノックアウト方式のカップ戦ではよくあること。日本でやってた時も経験していますから」と淡々と応じたが、当人のパフォーマンスもコメントと同様に《薄味》だったのは否めない。
試合前日、ニュルンベルクの地元紙は「ニュースターの清武はベンチに」との見出しを打ち、清武が控えに回ると予想した。そしてあの結果である。この流れから、1週間後のブンデスリーガ開幕戦に清武が果たしてスタメンに名を連ねることができるか、そしてどの程度のプレーを見せられるのかについて多くの記者が懐疑的だったのも自然な流れだった。
しかし、迎えた開幕戦で清武はフィールドプレーヤーの中で最も輝いた。1−0の勝利の立役者はゴールを決めたハンノ・バリッチュで間違いないが、清武はそのお膳立てとなるCKの他にもスルーパスやドリブルで数多くのハイライトを演出し、強烈なインパクトを残したのである。仮に相手GKのレネ・アドラーがスーパーセーブを連発していなかったら、マン・オブ・ザ・マッチには清武が選ばれていたかもしれない。実際、私が勤務するキッカー編集部による評価点(1が最高、6が最低)では、清武はバリッチュと並びフィールドプレーヤーで最高の2.5を獲得した。新人のいきなりの活躍である点を考慮すれば、私は300試合近い経験数を持つバリッチュよりも清武を推す。無名の日本人がブンデスリーガのデビュー戦でブレイクするとは、まるで香川真司の再来であり、この点でも興味をそそられる。
ロンドン・オリンピックで金曜日に3位決定戦を戦い、日曜日にニュルンベルクに入った清武はディーター・ヘッキング監督に会うや、「ちょっと疲れていますが……」と正直に告白したそうだ。ポジションを取るために「体調はバッチリだぜ。俺っていつもビンビンだからな」と夜遊びをした翌日でもハッタリをかますどこかの国の選手と違い、日本人選手は言動に嘘がないことで知られる。だがヘッキングは過剰な優しさなど示さない監督だ。スケジュール通りにチームを動かす彼は清武にまず、ファンサービスの一環として練習を見学に来た7000人の希望者全員にサインをさせた。延々と続くサイン会は3時間にも及んだ。
ドイツ語の意思表示が成功への第一歩
クラブ史上初めての日本人選手。清武のニュルンベルク加入はいつ、どのような形で始まり、契約まで進んで行ったのだろうか。アクションの第一歩が刻まれたのは今からほぼ1年前だ。クラブが成長著しいアジア市場、特に日本を本格的にターゲットにすると幹部会議で決めたのである。
スカウトのクリスティアン・メッケルが日本の試合会場を何度も訪れるようになる。その後はマルティン・バーダー会長も帯同し、Jリーグを視察する機会を増やしていった。そこで目を付けたのが清武だ。メッケルもバーダーも当初から清武のプレーに強く惹かれた。そして昨年の秋から契約の具体的内容を決め、本格的交渉への準備に取り掛かる。セレッソ大阪と清武の契約は2012年12月まであったが、移籍金100万ユーロ(約1億円)のオファーで合意を取り付けた。こうして清武のドイツ行きが決定した。
現在、清武を通訳から生活一般まで幅広く支え、公私両面でサポートするのは香川真司の面倒も見ていた山森順平氏である。50万人が住むバイエルン州第2の都会に清武が素早く馴染んだのも山森氏のおかげだ。
「山森さんにはずいぶんと助けられています。今は通訳が必要ですけど、ドイツ語を早く覚えて日常生活に困らないようにしたいですね。近いうちに妻と8カ月の息子がこちらに来ます。家族一緒の毎日を送りたいです」
若い選手にとって精神的な安定と、やすらぎのある生活は大きなプラスとなる。ファミリーの存在は清武に次の爆発のためのエネルギーを与えてくれることだろう。
ヘッキング監督の清武評は、「才能に溢れた若者で、プレーする喜びを知っている。走力に優れる」と明快である。ニュルンベルクのフォーメーションは4−2−3−1。ヘッキングは清武を攻撃的MFとして起用していく考えだ。中央をスタート地点に左右に動いてプレーすれば、清武のダイナミズムと視野の広さはより一層生かされるだろう。これはまさにドルトムントにおける香川の役割と酷似する。
五輪出場によって開幕前のキャンプに参加できなかった清武はチームメートとの連係で若干のハンディキャップを抱えているが、これは時間で解決するしかない。先日、『キッカー』誌が入団後初となる単独インタビューを行なったが、その中で清武はこう語っていた。
「(大きな期待が掛かっているが)、自分のことに集中するだけです。それが最良の道です。僕は僕でしかないので。こういう状況は、僕が香川からポジションを奪ったセレッソ時代にもありました。周囲の期待なりプレッシャーはとても大きかったんですよ。そんなことを考えていたところでケガをしてしまって……。それ以来、僕はそういったものを深く考えないように心掛けているんです」
チームメートとのコミュニケーションはもっぱら身振り手振りで、これに英語の単語を加えれば何とか通じる。若者同士はこれでいい。香川だってそうやっていた。だが、もちろんジェスチャーだけで続けていいわけがない。寡黙なサムライでは、雄弁な欧州のコミュニティーから疎まれてしまう。ドイツ語でしっかりと意思表示でるようになることが、成功への第一歩だ。