[ワールドサッカーキング 1206号 掲載]
文=アレックス・クルーク
翻訳=阿部 浩 アレキサンダー
オランダのVVVを経て念願のプレミアリーグ移籍を果たした吉田麻也は、新天地でも定位置をつかみ奮闘を続けている。しかし、チームが苦境に立たされている現状、じっくりとアピールしている時間はない。イングランドで成功を収めるには、これからの“2カ月”が大事になる。
いくつかの不運により正統な評価は得られず
外国人選手がプレミアリーグに移籍してすぐに活躍するのは簡単なことではない。特に言葉や文化に大きな違いがあり、体格的にも決して恵まれているとは言えないアジアの選手たちにとって、イングランドサッカーへの適応は非常に高いハードルである。
この夏、サウサンプトンにやって来た吉田麻也は、オランダのVVVフェンロでヨーロッパサッカーを経験しているから、日本から直接やって来るよりはいくらか適応しやすいかもしれない。しかし、アヤックスがヨーロッパ王者に君臨していた1990年代とは違い、現在のエールディヴィジのクオリティーは明らかに低下している。吉田がサウサンプトンの誘いに乗った理由の一つも、そんなオランダの退屈なサッカーから逃れたかったからだと聞いている。そんなリーグの、ましてや弱小クラブに所属していた選手が、いきなり活躍できるほどプレミアリーグは甘くない。
吉田のプレミアリーグデビュー戦は9月15日、敵地でアーセナルに1-6の大敗を喫した試合だった。本人は「デビュー戦の結果は忘れたい」と大量失点にショックを隠せない様子で、試合後に次のように語っている。「ビッグクラブのアーセナルとの対戦は、はっきり言ってチャレンジだった。前半はとにかく最悪。特に3失点目は僕のミスが原因だった。後半はまだマシだったけど、それでも満足できるような出来じゃなかった」
しかし、この試合がイングランドでのデビュー戦であったこと、更に負傷したヨス・ホーイフェルトに代わっての緊急出場であったことなど、吉田には同情すべき点がいくつかあった。確かに、本人が「自分のミス」と振り返った35分の失点シーンではジェルヴィーニョにあっさりと裏を取られたが、続くアストン・ヴィラ戦ではセンターバックとして先発出場を果たし、落ち着いたプレーを披露して4-1の大勝に貢献している。
しかし、彼のイングランドでの評価はまだそれほど高くない。吉田にとって不運だったのは、今シーズンのサウサンプトンが開幕からの9試合で26失点を喫し、リーグのワースト失点記録を更新してしまったことだ。また、最終ラインにケガ人が続出し、不慣れなサイドバックでのプレーを強いられたことも評価に影響している。
失点が多ければ、当然DFの吉田への評価は辛辣なものになる。更に、サウサンプトンの攻撃陣がマンチェスター・シティーとマンチェスター・ユナイテッドから2点ずつを奪ったことで、相対的に守備陣の評価は下落。メディアの間でのチーム評は「攻撃は悪くないが、守備があまりにもろい」という論調で一致している。
吉田はアストン・ヴィラ戦以降、レギュラーとして先発出場を続けているものの、10月7日のフルアム戦では開始8分で右サイドバックのフレイザー・リチャードソンが負傷。急遽、右サイドにコンバートされることになった。また、10月20日のウェストハム戦ではダニエル・フォックスの故障により今度は左サイドバックとして先発出場。しかし、ここまでの彼を見ていると、やはりサイドバックよりも本来のセンターバックのほうがプレーしやすいようだ。 左サイドに回ったウェストハム戦では、自身のポジショニングやボールの位置の確認に気を取られすぎて、本来の役目である相手へのマークがおろそかになっていた。今後、チームが吉田の能力を最大限に生かしたいのであれば、やはりセンターバックとして起用するほうがいいだろう。
根強く残っている日本人選手への偏見
これまでイングランドでプレーしてきたアジア人選手は、そのほとんどがサクセス・ストーリーよりも失敗談のほうが多く、英国のメディアはどうしてもアジア人に対して懐疑的になる。
イングランドで失敗した日本人選手と言ってすぐに思い出すのが、当時1部に所属していたポーツマスの川口能活だ。クラブ史上最高額の180万ポンド(当時のレートで約3億円)でクラブと契約した彼はデビュー戦で開始早々に失点。その後はイングランドでのキャリアのほとんどをベンチで過ごし、メディアからは「日本でのグッズ売上高を考慮しても、川口の移籍金は高すぎた」と酷評されている。
サウサンプトンは移籍期限終了直前に吉田の獲得を発表した。しかし、突然チームに加わることになった日本人に対する世論の反応は悪く、至るところで「川口の二の舞か」という否定的な声が挙がっていた。もっとも、ニコラ・コルテーゼ会長だけは吉田のマーケティング面でのポテンシャルを認識しており、熱心に彼の獲得に動いていたようだ。それが影響しているかどうかは分からないが、ナイジェル・アドキンス監督も加入直後から主力として吉田を起用。デビュー2戦目にして先発フル出場させるなど、チームになじませる努力をしている。
アドキンスは吉田に対して常に好意的な姿勢を保っている。大敗したアーセナル戦の後でさえ、ラジオ番組『Talk Sport』のインタビューに答え、吉田をこう評価している。「麻也は堂々とプレーしていた。落ち着いた態度は見事なものだったよ。流暢な英語を話すし、試合を読む力もある。ヘディング、タックル、パス、どれも優秀だ。今後、トレーニングで連係面を強化すれば、チームにとって重要な戦力になってくれるだろう」
では、チームメートからの評価はどうだろうか。今のところ、吉田に対する同僚のコメントを公に聞くことは少ないが、好プレーで勝利に貢献したアストン・ヴィラ戦以降、周囲の評価は徐々に上がっているようだ。
また、日本代表のチームメートでもある李忠成の存在はやはり大きい。吉田と李はトレーニング中もプライベートでも行動をともにする親友の間柄。サウサンプトンにはアジア料理専門のレストランが多く、そこで2人の姿を見かける機会も多い。同胞の李の存在は、チームに溶け込むための大きな助けになるだろう。