[ワールドサッカーキング 1220号 掲載]
この数年、日本の若きサムライたちがヨーロッパで才能を発揮し、自分の居場所を切り開いている。チームに日々密着する現地記者は、彼らをどう見ているのだろうか。
文=エンゲルバート・ヘンゼル
翻訳・協力= ELS
ドイツ5年目にして最大の危機に直面
長谷部誠は再びプレーし、再びゴールを挙げた。ブンデスリーガ第12節、アウェーのホッフェンハイム戦で3-1の勝利を収めた後、長谷部はかつての笑顔を取り戻した。今の彼はとても幸せそうに見える。それは、この日本代表キャプテンが最近まで受けてきた《残酷な仕打ち》を考えればよく理解できる。長谷部は約5年間をヴォルフスブルクで過ごしているが、今年の夏、このクラブでの彼のキャリアは終わっていたに等しかった。
振り返れば、長谷部はヴォルフスブルクへ移籍してきてからの間、必ずしもクラブの主役を演じてきたわけではないが、常に《必要とされる選手》だった。在籍選手が非常に多いヴォルフスブルクの中で、時にスタメンから外されたとしても、必ず試合の招集メンバーには名を連ねていた。しかし、今シーズンは長谷部にとってショッキングな出来事があった。闘志溢れるプレーでチームを鼓舞し、またオープンで素直な性格のため、誰からも愛される存在だった彼がベンチを温めるどころか、スタンドの観客席に追いやられたのだ。10月に退任した前監督のフェリックス・マガトは今夏、移籍マーケットで巨額の補強資金を費やして自分に服従する選手たちを買い集め、新しいチームを作り上げようと野心に燃えていた。その時、それまで長くヴォルフスブルクで重要な役割を担ってきた長谷部は、その《独裁者》の構想から外されたのだ。
長谷部は何も間違ったことはしていない。マガトに言い渡された構想外の立場を受け入れた彼は、他クラブへの移籍を視野に入れていただけだった。本人の夢だったプレミアリーグへの挑戦を見据えて渡英を検討したようだが、結局、いくつかのクラブとの交渉は思うようにまとまらず、移籍実現には至らなかった。
2008年1月に長谷部を浦和レッズからヴォルフスブルクへと連れてきた《恩師》のマガトは、《愛弟子》の長谷部が移籍を模索したことを《裏切り行為》ととらえたようだ。恐らくマガトは飼い犬に手をかまれた思いだったのだろう。私には全く理解できないことだが、マガトは長年にわたって固い信頼関係を築いていた長谷部を、その一件であっさりと切り捨てたのだ。
今夏の移籍マーケットが閉幕した後、長谷部は「イングランドでプレーしたかった」と胸の内を明かした。ただ、「それはもう終わった話。ここで精いっぱいアピールして、チームに貢献できるよう最善を尽くしたい」と即座に気持ちを切り替える、文字通りプロフェッショナルな態度を示した。
しかし、マガトは長谷部に挽回の余地すら与えなかった。一時は長谷部を傘下のリザーブチーム(ヴォルフスブルクⅡ。4部リーグに属している)への降格を命令。それまでヴォルフスブルクで着実に積み上げてきた長谷部のステータスは、一瞬にして崩れ落ちた。
10月の監督交代で待望の瞬間が訪れる
これほどの理不尽な仕打ちを受ければ、プライドの高い選手でなくても、公の場で監督へのフラストレーションをぶちまけてしまうだろう。しかし長谷部は、少なくとも外見上は平静を装っていた。4部リーグのチームでも、いつも通りの真しん摯し な態度で黙々とトレーニングに励んだ。そして、一方的に冷遇されたマガトに対し、何一つ批判することはなかった。誰もが「マガトの行動は理不尽極まりない」と理解していたはずなのに、である。
リザーブチームであまりに模範的な練習態度を見せている長谷部を見たローレンツ・ギュンター・ケストナーはとても驚いたという(訳者注:リザーブチームに左遷させられたのは長谷部だけでなく、パトリック・ヘルメス、アレクサンダー・マドルング、マルコルスなどもしかり。中には不平不満をぶちまけてプロの世界へ戻れなくなった選手もいる)。
長谷部がリザーブチームへ送られた8月時点でそのチームの監督を務めていたケストナーは、現在マガトが去った後のトップチームで暫定監督を務めている。そのケストナーの初陣となったブンデスリーガ第9節、10月25日のデュッセルドルフ戦で、長谷部は今シーズン初めてピッチに立ったのだ。
ケストナーは、欧州カップ戦への野望を抱きながらずるずると降格圏まで落ちてしまったチームの選手一人ひとりと面談を行い、長谷部ともじっくり話をした。彼は当時の長谷部についてこう振り返っている。
「マコトは常にベストを尽くす選手で、まるで今までずっと一緒に仕事をしてきたような感覚さえ覚えるよ。私はデュッセルドルフ戦前日に彼に『チームを助ける準備はできているか?』とだけ聞いた。すると、彼はまるでピストルから発射された弾丸のような勢いで『ヤー(ドイツ語でイエスの意味)』と即答したんだ。その後、私はチームメートからもマコトの話を聞いたんだが、どれもポジティブなものばかりだった。マイナスなものなど何一つなかったよ」
第12節のゴールであの呪縛から解放
長谷部自身はヴォルフスブルクでの《暗黒期》について「もう振り返りたくはない」と頑なに口を閉ざし、今では番記者たちのその手の質問を一切受けつけていない。それよりも「またプレーできる喜びをかみしめている」と前向きにとらえ、毎試合であの《ネバーギブアップのメンタリティー》を示している。
長谷部がスタメンに復帰したことは、彼の故郷である日本にもすぐに伝わったはずだ。そして、彼はマガトの下でしばらくピッチから離れていたにもかかわらず、相変わらず周囲から愛されているようだ。
「僕がまたプレーできているのを喜んで、電話を掛けてきてくれた友人もいる」
チームメートから「ハーゼ」の愛称で親しまれる日本代表MFは、日独両国で高く支持されている。
ブンデスリーガ第12節のホッフェンハイム戦で先制点となるヘディングシュートを決めた瞬間、本当の意味でこれまでの呪縛から解き放たれたと言えるだろう。長谷部のゴールはシーズン初ゴールだっただけでなく、およそ1年ぶりのゴールでもあった。そして、タッチライン際ではケストナーがまるで自分がゴールを決めたかのように喜びを爆発させていた。
長谷部は再びヴォルフスブルクの主軸の一人に返り咲いた。ポジションは日本代表で担っている守備的MFではなく、1トップのバス・ドストの後方に並ぶ3枚の右サイド。もっとも、「今大事なのは、コンスタントにプレーし続けること」と語る長谷部にとって、ポジションや戦術などの制約は関係ない。今の彼はピッチに立てる充実感、そしてチームの役に立っている達成感に満ちているのだから。
ケストナーは、マガトの退任、クラウス・アロフスのGM就任と、めまぐるしく変化するヴォルフスブルクの中で長谷部の存在は不可欠だという。
「なぜならマコトは、誰よりも走り、誰よりも頭を使い、他の選手を更に輝かせるからだ」
ケストナーはマガトの後任としてチームを託された後、「チームを再び安定させるために、マコトは欠かせない選手だと考えていた」という。そして安定したのはチームだけではなく、長谷部自身もしかりだ。不当にリザーブチームへの降格を命じられたにもかかわらず、彼はそこで更なるたくましさを身につけ、フォルクスワーゲン・アリーナに帰ってきたのだ。
チームを安定させるフレキシブルな選手
番記者の私が長谷部の今後に期待することは、もっと相手ゴール前で危険な存在になることだ。ヴォルフスブルクに在籍する5シーズンでマークした長谷部のゴール数は4。ボランチとしてプレーしていた過去4シーズンとは違い、ポジションを1列前に上げたことで味方へのチャンスメークはもちろん、自らゴールを狙う積極性も要求したい。
長くトップチームでプレーしていなかったこともあり、ブンデスリーガに戻ってきたばかりの数試合は、試合勘がやや鈍っており、本調子を取り戻すまでにはある程度の時間が掛かると見ていた。しかし、長谷部は短期間でチームにアジャストし、現在は攻撃的MFとして司令塔ジエゴの右隣で新境地を開拓している。
長谷部はブンデスリーガ、いやヨーロッパ主要リーグのどのチームでもやっていける選手だと私は思っている。それはケストナーの表現を引用すれば、「チームを安定させることができる」からであり、フレキシブルかつ利他的なプレーに専念できるからである。何より、独裁者マガトの下でひたすら耐え忍んだ不屈のメンタリティーは、一流プレーヤーに共通する最大の武器なのだから。
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