[サムライサッカーキング2月号掲載]
『心を整える。』(長谷部誠/幻冬舎)を始め、近年、ヒット作を連発しているサッカー書籍。出版不況といわれる中、ある意味異常な事態を招いている。サッカー書籍がヒットする理由とは……?
かつてのスポーツ書籍といえば、書店でメーンの売り場に置かれることはほとんどなかった。しかし近年、その状況は大きく変わりつつある。いわゆるサッカー書籍が売れているのだ。なぜなのか。“出版する本屋”SHIBUYA PUBLISHING &BOOKSELLERS(以下SPBS)代表・福井盛太氏にその要因を伺った。
ファンに知的層が多い、サッカーと書籍の高い親和性
――SPBSでもスポーツ書籍は好調なのでしょうか。
福井 実はウチではあまり売れないんです(笑)。客層として、ファッションとかアートを関心事のベースにしている人が多いんですよ。でも、ウチじゃなくても一般的にスポーツ書籍ってそんなにバカ売れするものじゃない。ただ、そういう状況の中で、サッカー書籍の売れ方は突出していると思いますね。
――その要因は何でしょうか。
福井 それはハッキリしていますね。もともと日本のスポーツの読み物は野球が引っ張ってきたんです。その「野球を読む」という文化はスポーツ新聞が作ってきました。ただし、野球は一般化し過ぎているがゆえに、野球ファンはスポーツ新聞を読むだけで満足してしまう。それに対して日本のサッカーはもともとカウンターカルチャーとして普及してきました。比較的“とっぽい”人や知的層に好まれたんです。つまり、そもそも本を読む人が多い。サッカーと書籍の親和性が高いということです。地盤として、書籍が売りやすい環境にあったのではないかと思います。居酒屋でテレビの野球中継を見て「うおー、長嶋(茂雄)打った!」って満足しちゃう分かりやすいファンは、サッカーファンにはそんなにいないんですよ。もっとひねくれてます(笑)。
――チームや選手だけじゃなくて、戦術だけのマニアもいますよね。
福井 そうですね。サッカーのスポーツとしての特性に、解釈が入り込む余地が多いということも本が売れる要因だと思います。野球だと、打率や防御率などのデータではっきり見えちゃう。もちろん、「なんであそこで盗塁のサインを出したんだ」、「あの場面で代打はないだろう」なんてツッコミも入れられるけども、サッカーの場合はその余地がもっとずっと広い。単純に試合展開を点数化できるスポーツじゃないだけに、ツッコミ所がいっぱいあるんですよ。語る余地がある。「サッカーファンはみな監督」なんて言われることもあるように、それくらい見方が多様。つまり様々な切り口で書籍を出しやすいし、しかも先に述べたように読書家も多いんですよね。
――それにしても、ここ数年は更に盛り上がっている気がします。
福井 出版したタイミングが大きいと思います。2010年の南アフリカ・ワールドカップで決勝トーナメントまで勝ち進んだからですよ。試合は、全国民の半分が見るんです。そんなコンテンツって今どき他にないですよね。それだけサッカー自体が日本に浸透してきて、本の売り上げにも火がつきやすくなっている。少しひねった企画でも売れやすい素地ができ上がってるんだと思います。
――知的層が多いという地盤とタイミングですか。他にも考えられる要因はありますか。
福井 サッカー選手はアイドル化するんですよね。今、スタンドにも女性のサポーターって多いじゃないですか。女性が支えるようになったというのも大きいんじゃないでしょうか。野球よりも、そういう側面が強いように思います。野球の書籍で最近売れたものといったら落合博満の『采配』(ダイヤモンド社)。とても女性が買っているとは思えない(笑)。野球も売れる本は売れるんですけど、そこに女性ファンはなかなかついてこないですよね。長友(佑都)の『上昇思考』(角川書店)も売れてますが、彼の名前が全国に知られるようになって女性ファンがついた。しかもチームはW杯で勝っている。そうなると、もう何を出してもヒットしますよ。編集者もそのマーケットに気付いています。女性向けに作るということを意識していますね。
――売れるサッカー書籍を作るには、女性を取り込むことが必須条件ということですか。
福井 女性に限らず、サッカーファン以外をいかに取り込むかということが大切です。例えば『オシムの言葉』(集英社)はビジネスマンのハートをがっちりつかみました。彼らは普段からサッカー関連の本を買っていたわけではないと思います。サッカーファンだけが買ったのであればあれほど売れないですよ。そこにどれだけの“浮動票”が付くかということが重要でしょうね。
サッカー書籍市場に欲しい成熟したジャーナリズム
――売れる売れないの話ばかりしてきましたけど、それにとらわれず、今、福井さんが自由にサッカー書籍を作れるとしたら、どういうものを手がけたいですか。
福井 うーん……選手や監督の“人切り”ではない気はしますね。ユヴェントスのドキュメント本なんてやってみたいですね。いかにもイタリアチックな八百長があって、名門チームが転落してはい上がってきたわけじゃないですか。そこには相当な“何か”があったんだと思うんですよ。それを徹底取材したい。今どき、マンUやバルサじゃないと思うんです。ユーヴェくらいがいい(笑)。どこかに潜っているだろうユーヴェファンに向けて本を出したいですね。
――日本のサッカー書籍市場に期待することはありますか。
福井 先にタイミングについて述べましたが、仮にこの先、日本代表の成績が思わしくない時代が来ても、いい本なら売れてほしいです。アイドル的なものでももちろんいいんですけど、海外のサッカー書籍にあるような、もっとジャーナリスティックな物が渋く売れる……そういうマーケットが日本の中にも成立していってほしいですね。
東邦出版編集長・中林良輔氏が肌で感じるサッカー書籍市場の今
中林 数年前まではまさか女子サッカーの写真集を刊行できる日が来るとは想像もしていませんでした。サッカー書籍というものが、少しずつ日本に文化として根付いてきてくれたのかなと感じています。
ただ、個人的には、サッカーは「見る」より「蹴る」、「読む」より「見る」ほうが楽しい。それでも日本でサッカーが文化として根付いていくためには「読む」ことも非常に重要な要素です。僕自身、筋金入りのフットボールジャンキーなので、「出したい企画」はいくらでもアイデアが出てきます。その上で、出したい&出すべきだと感じる企画をいかに売れる企画にするかという部分に最もサッカー編集者魂を燃やしています。
■2012年サッカー書籍 販売部数ランキング(『サムライサッカーキング』編集部・紀伊國屋書店調べ)
1位 『心を整える。』(長谷部誠/幻冬舎)
2位 『上昇思考』(長友佑都/角川書店)
3位 『僕は自分が見たことしか信じない』(内田篤人/幻冬舎)
4位 『サムライDays、欧州Days』(吉田麻也/学研マーケティング)
5位 『宮本式・ワンランク上のサッカー観戦術』(宮本恒靖/朝日新書)
6位 『日本男児』(長友佑都/ポプラ社)
7位 『準備する力』(川島永嗣/角川書店)
8位 『カズ語録』(三浦知良/PHP文庫)
9位 『オシムのトレーニング』(イビチャ・オシム/池田書店)
10位 『勝つ組織』(佐々木則夫・山本昌邦/角川書店)