[ワールドサッカーキング 0221号 掲載]
インタビュー・文=トーマス・ゼー
翻訳=阿部 浩 アレクサンダー
ワールドサッカーキング最新号では、首位を快走するバイエルンを攻守両面で支えるフィリップ・ラームのインタビューを掲載している。身長170センチの小柄なラームは、日々進化するサッカーの世界でワールドクラスの地位を確立した。現代サッカーに求められるサイドバックの役割とは何か──。バイエルンとドイツ代表で主将を担う名手が自己分析してくれた。
右サイドのほうが体の向きや動きが自然
君のように左右どちらのサイドもこなし、なおかつ攻守両面で質の高いプレーができるサイドバックは世界を見渡してもほとんどいない。まず、“本職”は右サイド、左サイドのどちら?
ラーム(以下L)―本職というより好きなのは、やっぱり右だよ。バイエルンでは長い間、左サイドで起用されるケースが多かったけど、最近になってようやく右サイドに定着したんだ。
右サイドが好きな理由は?
L―すごく単純なことなんだけど、僕は右利きだから右サイドでプレーするほうが、体の向きや動きがごく自然にできるのさ。特に、守勢に回った時はね。例えば、右利きの選手にとってボールを奪う足はほとんどが右足だから、左サイドでプレーする時はわずかだけど対応が遅れてしまう。トップレベルでは、その“わずかな遅れ”が命取りになってしまうんだ。もちろん、右足のほうがクロスも正確に上げることができる。パスも同じだね。利き足と同サイドでプレーすることは、組み立ての局面でも大事な要素になるんだ。
君のファンはいまだに「左サイドのスペシャリスト」だと思っているようだけど。
L―そうなんだよね。やっぱり2006年のワールドカップ開幕戦で決めたカットインからのミドルシュートがみんなの頭の中に焼きついているのかもしれない。まあ、ネガティブなことじゃないから、あまり気にならないんだけどさ(笑)。
右サイドに定着するきっかけは何だったの?
L―去年の3月のホッフェンハイム戦さ。右サイドのレギュラーだったラフィーニャがインフルエンザにかかって、僕が右に回された。そして左サイドには(ダヴィド)アラバが入ったんだけど、彼が素晴らしいパフォーマンスを見せてね。その試合でチームは7ゴール、次の試合も6ゴールを挙げて大勝し、守備のバランスも大きく改善された。(ユップ)ハインケス監督はそのホッフェンハイム戦を境にアラバを左に、僕を右に起用し続けている。右サイドではトーマス・ミュラーあるいはアルイェン・ロッベン、左サイドではフランク・リベリーと縦のラインを築いている。
彼らとコンビを組んで気づいたことは何かある?
L―フランクはこの1、2年でとても守備をやるようになった。戦術の理解力がグンと高まった印象だね。今ではアラバと戦術を確認したり、アドバイスをしたり、ミスをした後輩を励ましたり。2年前まで自分の背後なんて全く振り返ろうとしなかった彼がだよ(笑)。すごい進歩だと思わない? 今コンビを組んでいるアルイェンやトーマスも背後のスペースのケアに気を使えるようになってきたし、良いコンビネーションが築けているよ。つまり、サイドバックにとって最も大事なのは、同サイドの前方にいる選手としっかりとした守備連係を確立すること。僕が攻め上がった後のオープンスペースをケアしてもらわないと、たちまち相手のカウンターの餌食になってしまうからね。
バルサの方法論はSBの概念を変えた
ワールドクラスのサイドバックは小柄な選手が多い。君を始め、チェルシーのアシュリー・コールやマンチェスター・ユナイテッドのパトリス・エヴラ、バイエルンの先輩に当たるビセンテ・リザラズは、みんな170センチ前後。その背景には何か隠された要因がありそうだけど。
L―みんなに当てはまるかは分からないけど、僕自身は子供の頃からすばしっこくてエネルギッシュに動き回ることが好きだった。パワーがなかった分、その長所を生かして、どうすれば相手に勝てるか、いつも考えていたんだ。フィジカル面でのハンディを克服するためにスタミナをつけたり、テクニックやアジリティーを磨いたり、ポジショニングを工夫したりね。そのベースがあったからこそ、今こうしてプレーできているんだと思う。
現代サッカーではサイドバックの重要性、価値がますます高まっている。ここ数年のサイドバックの変化を、君はどう見ている?
L― まず、サッカー自体がトータルで変わった。どこへ走り、どうやって展開し、体の向きはこう、囲い込む時はこうというように、各局面で戦術のパターンをかっちりと当てはめる。僕たちはそういった練習を繰り返していて、トレーニングは以前に比べてはるかに科学的になった。こうした変化の理由は、バルセロナやスペイン代表が成功したからさ。彼らの方法論はサイドバックの概念を変えた。今ではより高度なテクニックが要求されるようになったし、パスでゲームを組み立てる能力やドリブルで局面を打開する能力も欠かせない。
バルセロナのサッカーはどのように映っている?
L―バルサの基本的なスタイルは、ヨハン・クライフのトータルフットボールがベースになっている。つまり、誰もがどのポジションでもこなせるように訓練されたものだ。ディフェンダーは長身でパワフルじゃなくてもいい。小柄でもスキルや機動力に長けたタレントを重用して、最終ラインからのビルドアップに貢献させるのさ。つまり、バルサ流のサッカーにはFW、MF、DFというポジションの境界線はほとんどないと言っても大げさじゃない。バルサは1970年代のコンセプトを現代型の超高速サッカーに見事にマッチングさせているんだ。
バルサのように同じ戦術を一貫すべき
来シーズンからジュゼッペ・グアルディオラがバイエルンの監督に就任する。このニュースを初めて耳にした時の感想は?
L―まさにサプライズだったよ。ハインケスの後任が誰になるのか緊張して見守っていたんだけど、まさかグアルディオラになるとは! マンチェスター・シティー、チェルシー、アーセナルのいずれかが有力視されていたから、てっきりイングランドに渡るとばかり思っていた。バルサで史上最多のタイトルを勝ち取った偉大な監督がバイエルンの指揮を執る。これは、バイエルンの伝統とクオリティーを改めて示すものじゃないかな。僕はそれが何よりうれしいんだ。
グアルディオラはやはりバイエルンを“バルサ流”に染めるのかな?
L―それは分からないよ。ただ、どのクラブにもオリジナルの伝統があって、バイエルンも例外じゃない。ウチのクラブは『Miasan mia』なんだよ。
それはどういう意味?
L―バイエルン地方の方言でね。直訳すると「俺たちは俺たちだ」、分かりやすく説明すると「自分たちのやり方を貫こう」という意味になる。要するに、「勝利あるのみ」、「引き分けなんて考えるな」、「ファンに最高のパフォーマンスを披露せよ」というバイエルンのメンタリティーを指しているのさ。前キャプテンのオリヴァー・カーンはそれを体現するリーダーだったよ。
つまり、“バルサ流”を受け入れられないと?
L―いや、否定しているわけじゃない。恐らく、僕たちはバルサのスタイルをマネすることができないということさ。バルサの選手の大半はラ・マシア出身で、幼い頃からずっと同じスタイルを貫き通している。それと同じようにプレーするのは限りなく不可能に近い。ただ、僕もバルサのように、ジュニアからプロまで同じシステム、同じ戦術を一貫すべきだとは思っている。あくまでバイエルンはバイエルンのスタイルでね。グアルディオラにはバルサとバイエルンの両方の長所を融合させながらチームを作っていってもらいたいね。
最後に少し、日本人選手について聞きたい。君と同じ右サイドバックとしてプレーしているシャルケの内田篤人をどう評価している?
L―あくまでも個人的な見解だけど、ウチダはブンデスリーガでプレーするサイドバックで最高の能力を備えた選手の1人だよ。たまにメディアが報じているようなグリーンホルン(ドイツ語で「初心者」、「未熟者」の意味)なんかじゃない。シャルケと日本代表で国際試合を数多く経験して、ますますたくましくなっている。実際に試合を見ればそれは明らかだ。シャルケに入団した当初は前線に出るタイミングがつかめなかったり、守備のコツが分からなかったようだけど、今ではすっかり改善された。彼のランニングやダイナミズム、状況判断力を、僕は高く評価している。シャルケ戦を見る時、ウチダがボールを落ち着かせてルックアップした瞬間、次にどんなプレーを見せるのか、とてもワクワクするんだ。
2月7日発売のワールドサッカーキングでは、サッカーを新たな次元へと導く“維新の名手たち”を紹介! “攻守均整型”サイドバックの代表格、ラームやコール、エヴラに迫っています。さらに、日本人SBの可能性について綴った原稿も掲載。是非お手にとってご覧下さい!