このインタビューはぜひ前編から読んでいただきたい。そこでは、コカ・コーラ社で東京2020オリンピックに向けた同社のマーケティング事業の一環である、オリンピック聖火リレープロジェクトを統括する渡邉和史さんの、自身の仕事に対する明確なコンセプトと信念が語られている。スポーツを通じて、日本の文化や魅力を世界に発信していく――。「キャリアを通じて、そのコンセプトがブレたことは一度もありません」と、渡邉さんは言う。
スポーツマーケティングというのは、その信念を形にする手段の一つなのだろう。大手広告代理店、FIFA、コカ・コーラ社と職場を変えながら、渡邉さんはスポーツマーケティングのプロフェッショナルとしてのキャリアを築いてきた。言ってみれば、スポーツの力を最大限に使い、人々を動かす。その仕事に、彼はどう向き合っているのか。そして、未来へのどんなビジョンを持っているのか。
11月、株式会社フロムワンが運営するFROMONE SPORTS ACADEMYでは、渡邉さんを講師に招いてセミナーを実施する。東京2020オリンピックが近づくにつれ、スポーツマーケティングは華やかなイメージとともに、にわかに注目を集める職種となっている。この業界に興味を持つ方は、まず渡邉さんの言葉に触れることをおすすめしたい。取材して彼の話を聞くのは、とても面白い経験だった。きっとセミナーでは、もっと楽しく刺激的な話が聞けるだろう。
──ここまでキャリアのお話を聞いて、意外と損得や打算で動いていない方なんだな、と思いました。ちょっと失礼な言い方かもしれませんが。
渡邉 打算ではないですね。やっぱり、やりたいことをやらないと人生はおもしろくない。それと、考えがブレると人脈もブレてくるんです。自分が培ったサッカー界の人脈というのは、簡単に言えば海流のようなイメージなんですね。自分が泳ぐ海流に、仲のいい魚がたくさん泳いでいるわけです(笑)。彼らと一緒に、お互い助け合いながら泳いでいくと、自分も相手もうまくいく。僕も40歳をすぎたので、いきなり違う海流に入り込んだら迷子になってしまうでしょうし(笑)、むしろ海流を狭めていくタイミングかもしれません。今まで培ったプロフェッションというものをどう活かして、さらに伸ばしていくのか、ということが40歳以降のキャリアだと思っています。
──最初に“ボーダーレス”というキーワードがあり、ライフコンセプトのお話がありました。キャリアを積んでくる中で、そこが変わらないのはすごいことだと思うんです。つまり、どこかで別の色気や欲が出てくるのが普通と言うか……。
渡邉 変わらないですね。2002年のFIFAワールドカップが終わった後、僕は博報堂に戻ったんです。その時が32歳くらいで、自分のコンセプトは変わらなかったんですが、もっと勉強しなきゃいけないと思っていました。それなら博報堂の看板を背負って仕事をするほうが、人脈も増えるし、経験も積めますからね。当時、僕が担当した仕事で言うと、宮本恒靖さんがレッドブル・ザルツブルクに移籍したケースは、ビジネス面では僕が仕掛けて、宮本さんの代理人とか、レッドブルとかを巻き込んで、ストーリーを作りました。僕にとっては自分の原点になった野茂さんの成功例と同じようなケースですね。宮本恒靖という日本人の素晴らしいプレーヤーがいて、彼がオーストリアで活躍することで、日本に興味を持ってもらうことができる。ものすごくやりがいのある仕事でしたね。
──これから先のキャリアプランを考えるうえでも、そのライフコンセプトを変わらずに追いかけていくつもりですか?
渡邉 将来、たとえば60歳くらいになったら、企業のブランディングやマーケティングを若い人たちに教えるような仕事はしてみたいと思います。だけど現時点では、まだまだやり残していることがたくさんあると思っています。そういう意味では、自分にとってコカ・コーラ社は「勉強フェーズ」だと思っているんです。世界的な大企業で、FIFAやオリンピックもスポンサーしている。どうやってこれだけの大きなスポーツイベントを扱っているんだろう、という部分を知りたかったし、世界最高峰のスポーツマーケティングとはどんなものかを知りたかったんですね。
──なるほど。何か答えが見えてきましたか?
渡邉 結局は“ボーダーレス”だということです。ボーダーレスの企業にはボーダーレスのコンテンツが一番強いんです。今は2020年の東京2020オリンピックに向けて、スポーツというボーダーレスのコンテンツを活かしたマーケティングを勉強しながら、その後のことも考えているところですね。
──やっぱり、視線が向く方向は「日本から世界」のほうなんですね。
渡邉 そう。たとえばね、まだ世界に全く発信できていない日本のブランドってあると思うんです。
──技術力や品質は高いのに、世界にその魅力をきちんと伝えきれていないブランド……たくさんありそうですね。
渡邉 そこで、僕が培ってきたマーケティングのノウハウというものを駆使して、日本のいいブランドを米国に伝えて、向こうでブレイクさせる。ひとつの形として、そういうことができたらいいな、と思っています。
──実はひとつ、お聞きしたいことがあって。この取材の前に、渡邉さんがいろいろな媒体で取材を受けて話していらっしゃる、その記事をひと通り読んできたんです。すると、どれを読んでも「マーケティングはビジネスで、目的を達成するための手段だ」ということを強調されている。でもよく考えると、これって当たり前のことだと思うんです。それをわざわざ強調するというのは……。
渡邉 その当たり前のことを強調するのは、理解していてもなかなか実行するのが難しいからです。たとえばオリンピックを取っていうと、弊社では1928年からオリンピック大会を支援し、東京2020オリンピックもスポンサーしています。スポンサーは投資であって、寄付じゃないんです。単にオリンピックを応援するためにお金を払っているわけじゃない。我々がオリンピックを盛り上げるのは、コカ・コーラ社製品のファンを増やし、最終的には売上に貢献させるためです。それは投資であって、回収しなくてはいけない。そのために戦略があり、アクティベーションがあるんです。それをついつい忘れがちで、やろうと思っても難しかったりします。
──プランもないのに権利だけ買っても、結局は無駄になってしまうと。
渡邉 目的が不明確なままでスポンサーになっても、あまり意味はないと思います。もしかしたら、オリンピックのスポンサーになるよりも、そのお金を違うところに使ったほうが賢いかもしれないですよね。それこそがマーケティングなんです。自分たちを正確に捉えて、正しいところにお金を投資する、その判断をするのがマーケティングですからね。
──最後にお聞きします。東京2020オリンピックを契機に、スポーツマーケティングの業界を目指す若者もたくさんいると思うのですが、渡邉さんから見て、この業界に来てほしい人、あるいは向いている人、というのはどういうタイプでしょうか。
渡邉 「人が好きな人」は、この仕事に向いていると思います。人の意見も聞くこともできるし、人のことを考えることもできる。目の前の相手に対して「この人は何を考えているんだろう」、「何を言えば喜んでくれるんだろう」と考える想像力だったり、「この人の発言の真意はここなんだろうな」と読み取る力だったり。そういうものがマーケティングの出発点です。人が好きじゃないと、そこまで会話して、掘り下げることはできない。それを千人、万人、億人の単位で考えるのも、1人の個の単位で考えるのも、結局は一緒なんです。「この人にはこういうものが響くはずだ、このプレゼントなら喜んでくれるはずだ」ということをとことん考える。それがいいマーケターということでしょうね。
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By 坂本 聡