「動機は不純がベスト!」バンッ!(机をたたく)
この言葉こそ、今回のインタビューのハイライトだと思う。水野稚(ゆか)さんのアプローチは独特だ。経歴はどう見ても一流の英語教育者なのに、とにかく「お勉強」はやめましょう、と彼女は主張する。「動機が不純」であれば、英語学習が「お勉強」ではなくなり、楽しく続けられるという。「そういう人はだいたい伸びるんです」
1月、FROMONE SPORTS ACADEMYでは、水野さんを講師に招いた英語講座を企画している。内容についてはインタビューの前編で詳しく聞いているので、ぜひ参考にしていただきたい。ざっくり言えば、「英語」への苦手意識をなくし、楽しく、リラックスしてレッスンに取り組むためのプログラムだ。その考え方は、水野さん自身が英語を学びながら、そして教えながら積み重ねてきた長年の経験に基づいている。
英語の学び方について聞いているはずが、インタビューの論点はやがて「教育」そのものに移っていく。話していくうちに、自分がいかに「英語」に対して身構えているか、英語ができないことにコンプレックスを抱いているか、よくわかった。そして、久しぶりに英語を学んでみようかな、という気になってきた。だから、水野さんはやっぱりすごい人なんだと思います。
――お話をうかがっていて、サッカーの比喩がとてもわかりやすいな、と思いました。サッカーが好きな子供たちは、夕方になって「もう帰りなさい」と言われてもボールを蹴っている。それがサッカーじゃなくて英語だったら、確かにどんどん上達しますよね。
水野 極端な話ですけど、私の講座に3カ月通ったあとに、英語ができなくたって別にいい、ぐらいに思ってほしいんですよね。すぐに結果を求めるんじゃなく、楽しく学んでほしい。毎月、同じ悩みを抱えている人と会って、クラスが終わったらご飯を食べるとか、そのために来たっていいし。企業研修でも大学の講義でも、私がいつも言っているのは、「動機は不純がベスト!」ってことなんです。自分でもどうかと思うんですけど(笑)。
――普通はあんまり、そういうことを言う方はいないと思います(笑)。
水野 最初に「英語ができたら何をしたいですか?」と聞くんです。そのとき、立派な答えは全部却下。「TOEICで何点取りたい」はナシ。本音を言おうよ、本音を(笑)。そうするとね、「実はよく行くお店に時々、外国の女性が来ていて、ちょっと話せたらいいなあ」っていう人がいる。だから「あなたは伸びます、間違いない!」って言うんです。だって、そういう人は本当に伸びるんですよ。
――そうなんですか?
水野 動機が不純だから、英語が「勉強」じゃなくなるんですよ。TOEICを目指す人を否定するつもりはないんですけど、本当にそれだけが目標だとしたら、試験が終わったら虚しいだけじゃないですか。でも不純な人は、その女性に話しかけた後も、デートに誘わなくちゃいけないし、そのために相手の好みを聞かなくちゃいけないし。課題がたくさんあるから、自然と伸びるんです。だから動機は不純じゃないとダメ(笑)。
――なるほど(笑)。ちなみに水野さんの不純な動機は何ですか?
水野 私は英語の星占いが読みたかったんです。友達と恋バナとかするじゃないですか。みんな占いが好きだから、星座とか相性とか調べて「あの人と合うんじゃない?」みたいな話をするときに、英語のサイトを調べると、星占いの情報ってものすごいボリュームで出てくるんですよ。だから私、友達の星座とか相性とか、英語でたくさん読んで翻訳してあげてたんです。そうすると、占いって未来のことを言うし、ちょっと遠回しな、曖昧な表現をするし、「この星座はこんな人」っていうふうに、人を表す形容詞がたくさん出てくる。そういうものをたくさん学べるわけです。それでずいぶん鍛えられました。だって間違ったら大変じゃないですか。恋愛運がかかってるから必死ですよね。動機が不純だから(笑)。
――つまり、不純な動機がある人がいいと。たくさんいると思いますけど(笑)。
水野 それこそ「好きなサッカー選手のインタビューを全部、英語のまま理解したい」だとか、「イギリスのスタジアムでサッカーを見て、好きな選手に声をかけたい」とか。そういうほうがいいんです。もちろん、そこまで明確じゃない人も歓迎します。仕事帰りとか学校帰りに、何か楽しい時間があるっていうだけでもいいでしょうし。
――そう考えると、目標設定のやり方が大切なんですかね? 僕らはみんな、学校で英語を学んできたわけで、全員が同じ教科書で、一律に「ここまでのレベルに達しないと不合格」っていう。そうじゃなくて、それぞれが「自分はこれを話したい」とか、「これを聞き取りたい」とか。レベルが違っていてもいいし、興味ある分野も違うはずですよね。それぞれが「自分自身の目標」を見つけることが大事なのかなあと。
水野 目標設定について言うと、人生は「山登り派」と「川流れ派」がいると思ってるんです。私は「川流れ派」なんですけど、本格的にスポーツをされていた方は「山登り派」が多いかもしれません。「山登り派」は、まず自分はここに行きたいっていうゴールを設定して、そこから逆算して物事に取り組んでいく。男性はわりとこっちが多い気がします。
――目標達成を積み重ねていく。達成欲が強い人というか。
水野 そうですね。かたや私のような川流れ派は、上流に顔を向けて流れてるだけです(笑)。何か流れてきたと思ったらつかんで、「お、これはいいんじゃないか」とか言って、またプカプカやっていく(笑)。いい先生との出会いがあったから、ちょっとやってみようとか。いい本に出会ったから読んでみようとか。それはどっちがいいとか、悪いとかじゃないですよね。そうすると、自分が「できない」と思っている人は、単にやり方を間違ってる可能性があるんです。
――能力が低いのではなくて、ただ、自分に適した方法を見つけられていないっていう。
水野 「山登り派」の人は目標をしっかり立てて進むほうが好きだから、「流れに身を任せればいいんです」と言われると迷ってしまう。逆も同じですよね。しっかりした目標がなければ英語を勉強しちゃいけないなんて、そんなわけないじゃないですか。英語に触れているうちに、やりたいことが見えてくることだってあるし、もしかしたら「自分には英語は必要ない」と思うかもしれない。それでもいいんですよね。
――そうですよね。全員が同じものを目指すというのは、そもそも変だと思うんです。
水野 その辺は講座でもお話ししようと思ってますし、バランスを見ながら調整していきたいですね。ちょっとした学習相談みたいな感じで来ていただければ。その人に合ったアドバイスをしてあげられると思います。
――いきなり高いところを、それこそネイティブの方みたいに話すことを目標に置いてしまうと、さらに「自分にはできない」っていう悪循環に陥るかもしれませんね。目標があまりにも遠すぎて。
水野 そう。よくある質問なんですけど、「単語を10個覚えようと頑張ったのに、3つしか覚えてないんです」っていう。私だったら、「あのイチローだって10回バッターボックスに入って3回しかヒットを打てないのに、あなたは10割できると思ってるの? イチローに謝りなさい!」と言いますね(笑)。
――単語を覚えるのと、野球はちょっと違いますけどね(笑)。
水野 いや、けっこう一緒ですよ。どんなに頑張ったって、実際にうまくいくのは3割くらいでしょう? 英語だって単語を100個覚えても、本当に使いこなせるのは30個くらい。そんなものですよ。
――あーなるほど。そこで「自分は3割しかできない……」という発想になるのがおかしいと。
水野 そうそう。それって突き詰めると、努力至上主義なんですよ。これを語学に持ち込んでも、何もいいことはないんです。これだけやったのにできない、中高6年間やっても「英語ができない」っていうのもそう。じゃあ6年じゃなくて10年だったらできるの? 何か勘違いしてるんじゃないの、ということですよね。
――やり方を間違っているのに、努力で何とかしようとする。逆に「苦しいほうが正しいんだ」みたいな。
水野 だから私は「楽しいことから始めましょう」って言うんです。だって、みなさんがもし、「自分は英語が何もできない」と思っているとしたら、それはみなさんのせいじゃないですよ。勘違い、思い違い、努力至上主義で苦しんできた、それだけです。みんな「すみません、英語できないんです」って謝るじゃないですか。なんで謝るの?
――そうですね。「英語が話せるべきなのに」という前提を無意識に作っている。
水野 外国の方に道を聞かれて、「すみません、英語ができなくて」じゃなくて、「そっちが日本語をしゃべりなさいよ」って何で言えないんだろうと思うんですよ。向こうが日本に来てるんだから「こんにちは」とか「ありがとう」くらい覚えていらっしゃい、と思いません? 私たちが、たとえばエジプトに行くとしたら、それくらいは絶対に覚えてから行きますよね? つまりそれくらい、英語に負けちゃってるんですよ。
――それくらい、英語コンプレックスが根深いものになっていると。言われて初めて気づきました……。
水野 英語が主人で、自分が奴隷になってるんですよ。でも英語ができたって別に偉くないし、できなくたって同じ人間でしょう? だから、英語力をひけらかす人にロクな人はいないんです。「グローバルなマインドセットにアグリーすることが~」とか言う人を信用しちゃいけません(笑)。英語が上手な人は、カタカナばかり言わないですよ。
――お話をうかがっていて、「英語」にまつわる思い込みとか、コンプレックスとか、そういった不健全な状況についても深く考えてこられた方なんだな、と思いました。単に英語を教えるメソッドを知っている、だけではなくて。
水野 企業の英語研修をずっと担当していたんですよね。日本の大企業って、人格的にも能力的にも素晴らしい方がたくさんいらっしゃるんです。なのに、英語ができないだけで評価されないとか、不利益をこうむるとか、そういう例をたくさん聞いて。それで私、「これは間違ってる」と思ったんです。みなさんすごく優秀で、将来ノーベル賞を取れるかもしれないんですよ? 英語のクラスなんて通わせずに研究させなさいよって。もったいないと思ったんです。本当に必要なら通訳を入れればいいじゃないって。
――英語力じゃなく、研究者としての能力を評価されるべきだと。
水野 その一方で、英語が必要な人、立場的にできたほうがいい人のほうが怪しかったりするんですよ。わかりやすい例で言うと政治家の方とかね、現外務大臣は素晴らしい英語力をお持ちですけれども、世界に出て交渉するような立場であれば、英語ができたほうがいいですよね。ところが英語教育全体を見ると、本当にできなくちゃいけない人と、英語なんて必要ない人との区別がない。あと、言語には「生活言語」と「学習言語」があって、「生活言語」は生活するのに必要な口語。「学習言語」は抽象的、論理的な言葉。本来、学校教育では「学習言語を教えるべきですが、現在の教科書ではそれも曖昧になってしまっている感があります。そんなことでモヤモヤして、大学院に通って英語教育の政策とか、戦略的な英語研修について研究していたんです。
――たいへん楽しいお話なんですが、そろそろ締めようと思います。FROMONE SPORTS ACADEMYは一応、「スポーツビジネス」をひとつのテーマにしていまして。僕らもスポーツが大好きなので、仲間を増やしたいという思いもあるんです。それで、スポーツはやはり「国境がない」ことが大きな魅力ですよね。どの国に行ってもサッカーはサッカーですし。すると、「英語」と「スポーツ」をかけ合わせることで、すごい可能性が広がるなあ、と思っているんです。
水野 そうですね。スポーツが好きってもう決まっているなら、そこを掘ったほうがいいと思います。何かスポーツをやっていて、将来は国際的な大会に出たいとか、日本で大きな大会が開催されたときに、海外のチームのお手伝いをしたいとか。そこで話したい、コミュニケーションを取りたい、だから英語を学んでみようと思えれば、世界はずっと広がります。何かのスポーツが好きで、そこに英語をかけ合わせたら何がでてくるか。それでやりたいことが見えてきたら、ギャップを埋めるのは「英語」ってはっきりするじゃないですか。そうなったらもう、ウッキウキですよね。ここでレッスンを受けてる場合じゃないかも(笑)。
――いや、レッスンはぜひ受けてもらいましょう(笑)。
水野 それは冗談ですけど、そうなったらもう、勝ったようなものですよね(笑)。この講座は、みなさんがそういうきっかけをつかむ場所にしたいと思います。
▼FROMONE SPORTS ACADEMYでは、水野さんから学べる「英語短期講座」を実施します▼
By 坂本 聡