今、改めて思う中村憲剛の価値と存在意義

中村憲剛

中村憲剛はW杯に向けた日本代表23人には選ばれなかった [写真]=Getty Images

 ブラジルワールドカップに臨む日本代表メンバー23人が12日発表になった。就任してからの3年10カ月でザッケローニ監督がスタジアムに足を運んだ試合は232試合。当然、それ以外にも、数えきれないほどの試合を映像で見て、そして彼自身のこれまでの経験をもとに、熟考に熟考を重ねた上でのメンバー選考であったわけだから、その決定には何の異論もない。むしろ、彼の日本代表監督としてのこれまでの誠実で公平な振る舞いに、尊敬の念を抱いている。

 ただ、それでも、あえて一つだけ、ザッケローニ監督の決定に異議を唱えたい。「なぜ、中村憲剛を23人に入れなかったのか」と。

『サムライサッカーキング』のインタビューや、日本代表戦の取材を通して、現代表選手たちと接して感じるのは、中村憲剛という選手に対するリスペクトだ。その卓越したサッカーセンスはもちろん、ほとんどの選手よりも年上(33歳)にもかかわらず、他の選手たち全員に敬意を持ち、チームをいかに機能させるかということを考えて行動する。前回大会、2010年南アフリカW杯でも、ベンチを温めることが多かったが、他の誰よりもチームを盛り上げ、勝利を喜んでいたのは中村憲剛だった。改めて言うまでもなく、サッカーはスタメン11人だけで戦うものではない。特に短期決戦のW杯では、ベンチメンバーも含めた23人それぞれが、それぞれの役割を全うする必要がある。サッカー選手は、たとえ代表チームだろうと、試合に出なければモチベーションを維持することは難しい。むしろ、それぞれのチームでは主力を務める選手が集まる代表チームだからこそ、その点はチームとしての最大の問題点となり得る。しかし、自分より年上の中村憲剛がベンチで誰よりも大きい声で味方を鼓舞し、いつか来る(いや、もしかしたら来ないかもしれない)出番のために、誰よりも全力で準備をする、そんな中村憲剛の姿を見ることで、他のベンチメンバーの意識は間違いなく高くなる。結果、日本代表のパフォーマンスは、最大限に高められることになる。

 もちろん、ピッチ上でも、中村憲剛は違いを出せる選手だ。一時期はコンディション面も含めて、「らしくない」プレーをしていた時期もあったが、「サッカーに対する考え方が、半分以上書き換えられた」という風間監督との出会いによってさらなる成長を続けてきた中村憲剛は、現在のJリーグでも、最も違いを出せる選手の一人だろう。特筆すべきは、その判断スピードとパスの正確性。JリーグとACLを並行して戦う過密スケジュールの中でも、その判断力は衰えない。代表発表前ラストゲームとなった鹿島アントラーズ戦でも、その判断スピードはずば抜けていた。大久保嘉人のゴールをアシストしたダイレクトスルーパス。パススピード、パスコースともに完璧なあのパスを、ダイレクトで出せる選手が果たして他にいるだろうか。

 個人的にも、現在、プレーを見ていて最もワクワクさせてくれる選手は、間違いなく中村憲剛である。等々力競技場で川崎フロンターレの試合を見ていると、中村憲剛のプレーから目が離せなくなってしまう。ボールがないところでの動きの質、味方への声掛け、ボールを持った時にどんなプレーを選択するのか、パスを出した後の動き直し……そして何よりすごいのは、試合を経るごとに進化していること。取材者としても、これだけ見るモチベーションの上がる選手はいない。試合後、ミックスゾーンで中村憲剛をつかまえて、「今日の試合では、こういう意図を持ちながらプレーしてたと思うけど、実際はどうだった?」とか「あの時間帯、明らかにやり方を変えたと思うけど、具体的にはどんな意図を持って変えたのかな?」といったような質問をぶつける。すると、中村憲剛はとても丁寧に解説してくれる。時にはにやりとした表情を浮かべながら、「わかってるね」と返してくる。そういう時には、まるで、子供の頃、テストで良い点を取って褒められた時のような気持ちになる。こんな気持ちにさせてくれる選手は中村憲剛だけだ。

 23人を発表した翌日、予備登録メンバー7名が発表され、そこに中村憲剛の名前はあった。ザッケローニ監督が「自分のチームに中村憲剛はいらない」と思っていたならば諦めもつく。しかし、予備登録に入れるということは、ザッケローニ監督は中村憲剛を認めていた、ということだ。「だったら、なぜ?」そう思わずにはいられない。言っても仕方ないことは百も承知だが、それでも言わずにはいられない。

 中村憲剛は自身のブログ(http://nakamurakengo.cocolog-nifty.com/)で次のように語っている。
「今日、ACLの公式練習でボールを蹴ったら、その瞬間は落選したことを忘れていました。ああ、サッカーって楽しいなって。サッカーって凄いなって。だから、ボールがあれば、サッカーがあれば俺は前を向いていけると思っています。今まで辿ってきた道は間違っていなかったと思うし、今までやってきたことに悔いは一切ないので」

 今後の中村憲剛のサッカー人生に最高の幸あらんことを。そして、これからもみんなをワクワクさせてくれるプレーを、あの素晴らしいダイレクトパスをたくさん見せてくれることを期待したい。

文=岩本義弘

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