インタビュー・文/池田敏明
写真/小林浩一
走るのが速くなりたい、というのは、スポーツをする人なら誰もが願うことだろう。速く走れることは、それだけで一つのステータスであり、武器にもなる。「走る」競技であるサッカーの場合、その傾向はさらに顕著になる。
Jリーガーの中には、走るスピードを上げるために、「走りのプロ」の指導を仰いでいる選手がいる。浦和レッズの日本代表DF槙野智章を始め、MF宇賀神友弥やMF梅崎司、MF関根貴大、川崎フロンターレのFW大久保嘉人やMF大島僚太、柏レイソルのDF増嶋竜也など、日本トップクラスのプレーヤーたちは、同じ「プロスプリントコーチ」から走り方の指導を受けている。
それが元プロ陸上選手の秋本真吾氏だ。秋本氏は400メートルハードルを本職とし、2010年からはプロの陸上選手として活躍。オリンピック強化指定選手にも選ばれ、同年には男子200メートルハードルのアジア最高記録を打ち立てた。100メートル走では10秒44の自己ベスト記録を持っている。
2012年の日本選手権を最後に現役引退し、現在はアスリートタレントやモデルとして活動しながら、プロスプリントコーチとしても老若男女、プロアマを問わず、様々な方に「速く走るための方法」を指導している。
サッカーキング・アカデミーでも、昨年の10月から11月にかけてスプリント力向上セミナーを実施。多くの参加者に速く走るためのレシピを伝授した。
このセミナーが好評を博したため、今回、再び「スプリント力向上セミナー」を開催することになった。「指導すれば、絶対に全員を速くできる自信がある」と断言する秋本氏が、その方法の一端を語ってくれた。
速くなるための改善点を示したい
――サッカー選手が足を速くするためには、どのようなトレーニングをすればいいのでしょうか。
秋本真吾 つま先から着いて、地面に接地している時間を短くするように意識することが最も大切な部分なのですが、これも選手によってポイントが違うので、それを見つけて修正するトレーニングができるかどうか。本来、持っている長所を消してしまっては意味がないと思いますし。選手それぞれに合ったトレーニング方法を、指導しながら見つけていかなければならないですよね。
――トレーニングをすることによって、スピードが上がる以外のメリットはありますか?
秋本真吾 ケガのリスクは軽減されると思います。接地時間が長い走り方だと、筋の活動が長くなり、大きくなるので、筋を損傷しやすくなります。走り方を変えて接地時間が短くなると、その負担が軽減されるので、傷害予防につながるはずです。
――シーズン中は、指導されている選手たちのフォームのチェックはどのように行っているのですか?
秋本真吾 Jリーグの試合がある日は、僕自身も仕事が入ることが多く、なかなかオンタイムで見られないので、帰宅後に録画したものなどで見て、「●分の走りはよかった」とか「●分の走りがちょっと気になる」といったアドバイスをLINEで送るようにしています。ジュビロ磐田の太田吉彰選手などは、走っているシーンの動画を送ってくれるので、それに僕がチェックを入れて送り返す、ということをしています。
――データを計測することはないんですか?
秋本真吾 データに関しては、スプリント回数や最高速度はJリーグのトラッキングデータを参考にしています。ただ、問題はその最高速度が出ている時、スプリントができている時の走り方が理想的かどうか、なんですよね。量の評価に加えて、質の評価もしていかなければならないと、個人的に思っています。質を求めないと、スプリント回数が多いのに勝てないとか、スプリント回数が少ないチームが勝っているとか、そのような事象が起こってしまいます。走れているチームが勝てる、という状況になってほしいと思っています。
――これまでに指導した中で、特に劇的に変化した選手は誰でしょうか。
秋本真吾 関根貴大選手や梅崎司選手ですね。関根選手は元々、スタミナ不足を課題としていて、ダッシュ自体は速いんですけど、無駄な力を使いすぎていたので、効率的な走り方に修正していきました。楽に走ってもスピードが出るんですよ、というのをキャンプで徹底的に指導したところ、90分間スタミナが持続するようになりました。ダッシュする時に、それまで全力で走っていたのが、すごく軽く走ってもスピードが出るようになったので、要はスタミナに「貯金」ができるわけです。それまでは後半残り20分の時点で使い切ってしまっていたのが、90分間、走り続けてもスタミナが残るようになったんです。宇賀神友弥選手も肩に力が入る癖がありましたが、手の平の力を抜くことで解消されました。槙野智章選手は接地のポイントが大きく変わりました。結果、攻撃にも守備にも活かされています。
――スプリント力を鍛えることによって、持久力にも影響が出てくる、ということでしょうか。
秋本真吾 まず大前提として、スタミナの「タンク」が大きいことが絶対条件としてあります。Jリーグの選手はトレーニングをしていてこのタンクが大きいので、スタミナを最後まで維持できるんです。タンクが小さい場合は、走り方を変えてもスタミナが上がるわけではありません。その場合は持久力を上げるトレーニングをやってもらわなければなりませんし、いかに効率よく走り、それを最後まで維持するか、というのは、それからの話になります。
――梅崎選手の場合はいかがでしょうか。
秋本真吾 梅崎選手の場合は、つま先での接地が初速につながるようになったので、2015シーズンは飛び出しからのゴールが大幅に増えましたよね。あともう一人、増嶋竜也選手もオフシーズンずっと見てきた選手なのですが、ある試合のデータを見た時に、最高速度の数値が伊東純也選手に次いでチーム2位だったことがありました。ただ、増嶋選手が言っていたのが、指導していない期間が長くなると教わったことを忘れがちになってしまったり、試合になると意識するのが難しくなると。やはり定期的な指導の重要性を感じました。
――走るのが遅い人の場合、速く走ることを諦めてしまいがちになると思うのですが、そのような人たちはどうすればいいのでしょうか?
秋本真吾 例えば、走りのプロに教わっても遅いんだったら、諦めてしまうのは仕方ないと思います。でも、何も教わらず、自分の判断だけで諦めてしまうのは勿体ないと思います。教わる機会があって指導を受ければ、変われる可能性もあると思います。だから僕としては、その機会を増やしていきたい。まずは行動に移すことが大切だと思いますので、機会があれば指導を受けてほしいですね。
――まだ成長しきれていない子供の場合はいかがでしょうか。
秋本真吾 運動能力が高まるのって小学6年からから中学1年ぐらいの「ゴールデンエイジ」と呼ばれる頃なので、その段階でいろいろなトレーニングを経験していくことが、後々、生きてきます。小学校1年から3年ぐらいまでは、そもそも筋力が備わっていないので、成果の有無に一喜一憂する必要はないと思います。その間にいろいろなスポーツを経験しておくことが大切だと思います。
――つまり、大人のほうが指導の効果が出やすい、ということでしょうか。
秋本真吾 大人は筋力が備わっているので、子供よりも即効性が出ます。子供でも出るんですけど、出る子と出ない子の差が大きくなります。日頃から運動をしている子は成果が出やすいですし、やっていない子は1、2回の指導で大きく変わることは少ないですね。
――6月、7月に実施するサッカーキング・アカデミーのセミナーで、受講生はどのような収穫を得られるのでしょうか。
秋本真吾 足が遅いのには、腕振りができていない、接地が悪い、姿勢が悪いなど、いろいろな原因があります。セミナーではそこからの改善点を示したいと思っています。足が遅い、速くなりたい、というところからスタートして、遅い原因はどこにあるのか、速くなるためにはどうすればいいのか、という点が、セミナー終了後にはっきりするんじゃないかと思っています。
――よりはっきりさせるためにも、セミナー中に質疑応答がたくさんあったほうがいい、ということですね。
秋本真吾 そうですね。僕自身、自分の理論をバーッと喋ってしまう傾向があるので(笑)。より深いところまで掘り下げたいと思っていますし、質問していただければ「ああ、そういうことか」とこちらが理解することもできます。すべてを伝えることは難しいと思いますが、限られた時間の中でなるべく有意義な会にしたいと思っています。
「速く走る」ためにはどうすればいいのか。その一端を論理的に、なおかつ分かりやすく教えてくれた秋本氏。座って話を聞いただけで、「この人の指導を受ければ、自分もまだまだ足が速くなるんじゃないか」と思わされた。快足で知られる永井謙佑選手や伊東純也選手、果てはクリスティアーノ・ロナウドまでも「もっと速くできる」と断言する秋本氏の手によって、日本サッカーの「スピード」は劇的な変化を遂げるかもしれない。
多数のプロ選手が師事…プロスプリントコーチがサッカー界を変える/第1回
サッカー選手は可能性だらけ…秋本氏が選手の走り方を変える/第2回
秋本 真吾(あきもと しんご)
元陸上競技選手として活躍。400m ハードルにおいて、数多くの大会で上位入賞を果たし、2010年には男子200m ハードルでアジア最高記録、日本最高記録を樹立。
2012年6月に引退後、本格的に指導者として活動を開始。スプリントコーチとして、オリックス・バファローズ(プロ野球)、オービックシーガルズ(アメリカンフットボール)、INAC 神戸レオナッサ(なでしこリーグ)で指導経験を持つ。
Jリーグでは、浦和レッドダイヤモンズの宇賀神友弥、梅崎司、加賀健一、関根貴大、槙野智章、森脇良太、李忠成をはじめ、大久保嘉人、大島僚太、谷口彰悟などの個人指導も行っている。
一方、トッププレーヤーだけではなく、全国で子供たちの走り方教室など小中学生を対象とした活動も幅広く展開している。現在は地元の福島県大熊町の子どもたちを支援する被災地支援団体 ARIGATO OKUMA の代表も務めている。
2015年には NIKE と契約し、 NIKE RUNNING EXPERT、NIKE RUNNING COACH に就任。