近年、サッカー界と将棋界のコラボが盛んになっているのをご存知だろうか。
Jリーグに目を向けると、将棋親善大使でもある波戸康広氏がアンバサダーをつとめている横浜F・マリノスや、将棋駒の街として知られている山形県天童市を本拠地とするモンテディオ山形が、将棋コラボイベントを毎年開催。棋士の中にはサッカーファンも多く、人気棋士を招いた公開対局やトークショーなど両者のコラボイベントが定着しつつあるのだ。
サッカーと将棋。
一見すると、まったく対極的な存在に思える。なにせサッカーは約105m×約68mという広大なピッチで選手が複雑に動き回っている”動”のアウトドアのゲームで、一方の将棋は、約36cm×約33cmの将棋盤で駒が整然と並んでいる”静”のインドアゲームだからである。
だが深く観察してみると、共通点も多い。
例えば、サッカーのフィールド全体を将棋盤とすれば、その上でプレーする選手は将棋の駒にも置き換えられる。ピッチに立つ11人に特徴があるように、盤上に配置された8種類の駒にもそれぞれ個性がある。代表的な駒の例を挙げると、将棋の初期配置で両端に配置されている「香車」は、グイグイと縦に進むサイドバックに似ている。サッカーにおける選手の配置や布陣の採用もそうだが、将棋の駒組みや戦法による相性や駆け引きには、見る人が見れば親和性があるのだ。
そんな中、6月に棋士による「東西対抗フットサル大会」が開催された。しかも試合の模様がニコニコ生放送で中継されたのだから、驚きである。
企画したのは、将棋界最高位である竜王位(優勝賞金は4200万円)を保持する棋士の渡辺明竜王だ。サッカーファンで知られ、昨年はヨーロッパ旅行でセリエAを現地観戦している。自ら立ち上げた将棋連盟フットサル部の部長もつとめており、月に一度程度のペースで関東の棋士や関係者15人~20人前後でボールを蹴って汗を流している(※将棋連盟には、野球部やテニス部などの部活動も存在している)。
これまで将棋連盟フットサル部では、本業優先のため対外試合は組んで来なかったが、関西に在籍している棋士チームと対戦する構想は、昨年から話題に上がっていた。そこで棋士が一同に会する6月の棋士総会の日に対戦を設定し、このたび実現したというわけである。
もともとは身内だけで盛り上がる予定だったが、ニコ生で将棋のタイトル戦中継を運営しているドワンゴに渡辺竜王が打診してみたところ、思いのほか話が進み、中継が実現。ドワンゴ側も、この試合のために両チームのエンブレムと棋士番号が入ったオリジナルユニフォームを製作し、解説陣には将棋の有段者である小村徳男氏と波戸康広氏の元サッカー日本代表コンビを起用するなど、「こだわり」が伝わる力の入れようだった。
なにより将棋ファンの目を釘付けにしたのが、出場棋士たちのラインナップだ。
企画者である渡辺明竜王と、5月に名人位を獲得したばかりの佐藤天彦名人を筆頭に、深浦康市九段、広瀬章人八段、稲葉陽八段といったタイトルホルダーとA級棋士たちがズラリと参戦。サッカーファンにわかりやすく説明するならば、日本代表のスタメンが半分ぐらい集結した状態だと言って良いかもしれない。
それ以外にも、NHK将棋フォーカスでもお馴染みの村山慈明七段、中村太地六段、渡部愛女流などお茶の間での知名度の高い棋士や、スイーツ番長・糸谷哲郎八段、将棋界随一のサッカーファン・野月浩貴七段、美人棋士としてファンの多い室谷由紀女流など人気棋士が勢ぞろい。
フットサルのユニフォームを身にまとう棋士たちの思わぬ一面を垣間見れるお祭りとなれば、注目を集めるのも当然だ。延べ人数とはいえ、番組の総視聴者数は50000人を超えた。将棋人気、恐るべしである。
試合は、関東と関西の両チームに分かれた7分ハーフで実施。ただしハーフタイムには、3分切れ負け将棋を行うという、将棋とフットサルを融合させる独自ルールを採用している。試合かハーフタイム対局に勝利すると勝ち点1を獲得でき、全3試合と対局の勝利で得た総合勝ち点数を競うレギュレーションとなった。
一番の盛り上がりを見せたのが、第2試合だろう。
6人制で実施した第1試合(※通常は5人制)、プレースペースが狭くなってしまい、決定機を作れないままスコアレスでタイムアップとなった事態を受けて、第2試合からは通常の5人制のフットサルにルール変更。これでゲームが活性化したのだが、関東チームにとっては、思わぬ誤算を生んだ。というのも、第2試合の前半のスタメンで出た佐々木勇気五段と塚田恵梨花女流が前線で攻め残りをするプレースタイルのため、攻守のバランスが崩れてしまったのである。
自陣で数的不利を招き続ける展開に、棋風同様に堅い守備を志向する渡辺竜王からは「勇気、守備に戻れー!」との熱い指示が放送席からも響き渡っていた。しかし、佐々木勇気五段は香車のように一度前進すると戻ってこない。攻守のバランスを欠き続ける関東チームを尻目に、関西チームは的確なカウンターを放ち続け、ついに均衡を破る。左サイドの角度のないところから星野良生四段がニアサイドを打ち抜いて待望の先制点。この1点を守り切り、関西が勝ち切った。
第3試合での勝利が必要な状況になった関東チームは、序盤から前傾姿勢で仕掛けるものの、そこで生まれたスペースに走り込まれ高浜女流にゴールを許す。第3試合も関西が勝ち切り、切れ負け将棋の勝敗と合わせて通算勝ち点3対2で関西チームに軍配があがった。
その後、渡辺竜王から申し出があり、「泣きの一局」として広瀬八段対稲葉八段のA級対決が実現。広瀬八段が勝てば3対3でPK戦になる算段だったものの、稲葉八段が勝利。トータル勝ち点4対2で、第1回大会は関西チームの完全勝利となった。
3試合を通じて、「作戦負けでしたね」と振り返っていたのは、深浦九段。
関東チームとしては、俊足で爆発的なシュート力を持つ佐藤和俊六段、テクニックのある黒沢怜生五段の攻撃力を生かしたかったが、体格を生かしたディフェンスを駆使する糸谷哲郎八段やエースである西川和宏五段を後方に配置して守備を固めた関西チームを崩せず、逆にカウンターを浴びたからだ。攻撃面でも少数精鋭の関西チームに比べると、飛び入り参加もいた関東チームは連携不足が否めず。宮本広志五段、竹内雄吾四段、星野良生四段など若手らの中盤の運動量も光っていた。総じて、関西チームの勝利は妥当だったと言えるだろう。
大会得点王には星野良生四段と高浜愛子女流が1得点で並んだが、協議の結果、レディーファーストで高浜女流が輝いた。
そして大会MVPには、関東チームの攻撃を壁のように跳ね返し続け、「ダニー」として抜群のインパクトを残した糸谷哲郎八段が、視聴者アンケートにより選出。「望外の結果となりまして、FC FORTUNE ISLAND(関西チーム)の勝利に貢献できて非常に嬉しいです」と、とまどいつつも笑顔を見せていた。
この大会の企画者であり関東チームの代表でもある渡辺竜王は、「1点も取れなかったのが残念でならなかったですね」とチームの得点力不足を反省。大会の総括については「まぁまぁだったかな。初回にしては」と述べて、まずまずの感触だったようだ。そのうち、「棋士たちが躍動する、僕らのフットサルを見せたいね」と試合前に意気込みを語る棋士が出てきて欲しいものである。
第2回大会が開催されるかどうかは未定だが、この中継を観戦した中から、「フットサル、やってみようかな」という将棋ファンが増えてくれたり、真剣にプレーしていた棋士の姿から、将棋に興味を持つサッカーファンが一人でも現れたら幸いだ。そしてサッカー専門誌のWEBサイトにもかかわらず、棋士のフットサル大会レポートの掲載を快諾してくれたサッカーキングの懐の広さに、あっぱれと言いたい。