インタビュー=安田勇斗 写真=小林浩一
2013年度に新設され、現在は関東大学1部リーグで戦っている東洋大学サッカー部 女子部。初年度からチームの指揮を執っているのが、同大学サッカー部 男子部OBの戸田有悟監督だ。
現役時代は佐川急便東京SCの一員としてJFLで5年間プレー。引退後は就職し、ビジネスも経験した。指導者に転身してからは自らの経験を選手たちに伝えつつ、選手としての成長はもちろん、“円滑に社会と結びつく人財”になることを求め、日々指導に当たっている。
関東大学1部は全選手、そして戸田監督自身も初挑戦。伝統と実績を誇る格上のチームを相手に“ジャイアントキリング”を起こすべく、戸田氏はチームビルディング論を学ぶ講座を受講し、チームに持ち帰って研修を実施するなど、様々な取り組みを行っている。
独自の信念で人間教育、指導に取り組んでいる戸田監督に、日々成長を遂げる東洋大学サッカー部 女子部のチーム作りについて聞いた。

――現在指導されている東洋大学で選手としてプレーされ、その後にJFLの佐川急便東京SCに加入されました。その経緯を教えてください。
戸田有悟 大学3年の終わり頃に漠然とプロに興味を持ち、Jクラブのフロントに片っ端から電話しましたが、「チームがインカレや総理大臣杯に出場すれば見に行くから」と、ほぼ門前払いされました。そんな時に、ある人を通じて佐川急便東京SCがセレクションを実施することを知り、2日間のテストを受けました。その時にたまたまチームにケガ人が出て、監督から「チームにケガ人が多いから、1週間くらい帯同してみるか?」と言っていただいて、そのまま帯同が1カ月、2カ月と伸びていき……。当時、僕は広告代理店への就職が内定していたので、サッカーをやるのであればそちらへの就職をお断りしなければならず、監督に「ここでジャッジしてください」と直談判をした結果、正式に加入することができました。
――JFLでの5年間を総括してください。
戸田有悟 1年目はケガに泣きましたが、2年目からはコンスタントに試合に出場することができました。しかし、同時に選手生活をしていく中で、引退後のキャリアを思い描けない日々を過ごしていました。
2006年12月に引退しましたが、きっかけは、その年の夏に開催されたドイツ・ワールドカップでの中田英寿選手の涙です。まだまだ現役を続けられる選手なのに、次の人生の為に、潔く決断する姿に感銘を受けました。それがきっかけで自分もスパイクを脱ぐ決断をしました。
――その次のキャリアは?
戸田有悟 株式会社インテリジェンスという総合人材サービス会社に、07年2月に入社しました。求人広告の営業で、最初はわからないことだらけで正直つらかったです。ただそんな状況でも諦めずがむしゃらに働いた結果、5~6人をまとめるリーダーになり、中途のキャリア新人賞を受賞することができました。その後、リーダー経験を経てより経営に近いポジションで仕事がしたいなと思っていた時に、200年以上、続いている老舗和菓子屋の社長との素敵な出会いがきっかけで転職を決意しました。理由は、200年以上も世の中に必要とされ、存続していることにとても興味があったからです。また、社長の側近で働けたことによって色々な知識や経験をさせてもらいました。今でもとても感謝しています。
――そこから東洋大サッカー部 女子部の監督に就任するわけですね
戸田有悟 サッカー部の総監督に年に1回、近況報告をしていたんですが、「2013年4月に女子サッカー部が発足する予定で、監督を探している。一時的に強くするのが目的ならネームバリューのある人間を呼べばいいけど、できればOBを招聘して、監督より大学が目立つチームを作りたいと思っている。サッカー経験者で、なおかつ社会人経験もある人間なら学生にとってメリットがあるから、その気があるなら連絡してくれ」と言われました。その後、「自分にやらせてください」と直訴しました。当時、指導者経験は全くなかったのですが、あまり不安はありませんでしたね。「何とかなるんじゃないか」と思っていました。
――監督就任が決まって、最初に目指したことや取り組んだことは何ですか?
戸田有悟 最初にチームビジョンや理念を固めない限り、選手は集まらないと思っていました。僕は2流、3流の選手でしたし、女子サッカー界で知られる存在ではなかったので、「こういうチームを作りたい、大学サッカーはこうあるべきだ」という内容をパワーポイント20枚くらいにまとめ、高校生年代の大会に行っては指導者の方々に名刺とともに配っていました。
――その理念とは?
戸田有悟 「明るく、シビアで粋なチーム」がチームのスローガンです。「明るく」は、女性ならでは明るさが必要だということ。「シビアで」は社会に出る前の4年間なので、世の中がどれだけシビアなのか、これまでの経験も含めて選手たちに伝えたかった。「粋」という単語は、仲間と息を合わせて生き生きしている様子を表現しています。また、選手たちには、“円滑に社会と結びつく人財”になってほしいと思っています。将来現役を続けるにしても、働きながらプレーしなければならない可能性が高いですし、ケガをして選手としてのキャリアを諦めなければならなくなったとしても、世の中から必要とされる人間になってほしいですからね。
――チーム作りはイメージどおりですか?
戸田有悟 とても順調です。最初に理念を固めたので「来る前と話が違うじゃないですか」といった愚痴がありません。最初は「何で大学生なのに茶髪はダメなの?」、「ピアスやネイルはダメなの?」と言われましたが、「では、就職活動をする時に髪を染めて、ピアスとネイルをしていきますか?」と。ピッチは就職活動の場と同じだと思いますし、男子の駅伝部に象徴される大学のブランドイメージもあると思いますので、そこは貫いています。2年目以降はそんな先輩の姿を見て、納得して入ってくる選手ばかりですし、みんな授業の単位を落とすことなく、文武両道で努力してくれています。
――戸田監督は以前、サッカーキング・アカデミーの短期講座『カリスマ経営者不在、エース不在でも、今いるメンバーの化学反応によって「ジャイアントキリング」を起こすチームへ変身するには』を受講されました。参加しようと思ったきっかけ、理由を教えて下さい。
戸田有悟 昨年、関東大学2部リーグで優勝して1部に上がったんですが、全員に1部で戦った経験がなく、その中で歴史のある格上のチームと戦わなければならない。番狂わせを起こすためにどうすればいいのか、体系的に学びたいと思い受講しました。
――実際に受講されての感想を教えてください。
戸田有悟 「グループ」が「チーム」へと成長するプロセスには4つのステージがあることが分かり、組織で何かが起こった時に、それに当てはめて考えられるようになりました。その後、自チームに何が起こっても全く慌てなくなりましたね。
――講座で印象に残っているエピソードがあれば教えて下さい。
戸田有悟 ゲームをやった時、最初は組織が形成されて、みんなが周囲をうかがう。それから「ああしよう、こうしよう」となっていくんですが、それでは達成感は味わえない。それを体感できたのはプラスでしたね。前職の時も、その前もそうでしたが、すべてのグループが大きくなっていく過程に当てはまるんですよ。“目からうろこ”でしたね。
――このようなセミナーや講座は受けられたことはありますか?
戸田有悟 自己啓発系のセミナーは受けたことがありますが、その時は社会人の半人前が成長するために、どうしなければいけないのかという思いが強くありました。そのため、自分が世の中で生きていくためには何をすればいいのかとか、自分を信じなければいけないとか、己のマインドをコントロールするようなセミナーでした。一方、今回は体系的な組織論で、いかに人の協力を得て成果を上げていくかは監督業として大切なことです。ピッチで戦う選手たちをサポートする上で、とてもためになるセミナーでした。
・東洋大学サッカー部 女子部 監督が語るチーム作り②「研修後、選手間コミュニケーションの量と質に変化がありました」
戸田 有悟(とだ ゆうご)
1979年12月6日生まれ。
保育園の頃からサッカーを始め、大学は東洋大学体育会サッカー部に所属。
2002年に大学卒業後、JFLの強豪 佐川急便東京SCにて5年間プレーし、72試合に出場する。
2006年12月に現役を引退。
引退後、株式会社インテリジェンス、株式会社 船橋屋での社会人経験を経て、2013年4月に東洋大学体育会サッカー部 女子部の初代監督に就任。
創部直後は指導未経験という状況からスタートしたが、2015年には関東一部昇格を果たす。
大学生活の貴重な4年間で「“円滑に社会と結びつく人財”になってほしい」という選手の理想像を掲げ、指導にあたっている。
サッカーキング・アカデミーにて、楽天大学 学長 仲山氏のチームビルディング短期講座を開催!
By サッカーキング編集部
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