インタビュー・文=池田敏明
写真=兼子槇一郎
全世界が注目する国際大会の決勝、失敗すれば敗北が決定してしまう、という張り詰めた局面。そこで成功させられるかどうかが、一流とそうでない選手を分ける。必要なのはメンタルの強さ――。何事にも動じない強靭な精神力を身に着けるために、メンタルを鍛える。
「メンタルトレーニング」と聞くと、そんな情景やトップアスリートのみが行う難しいトレーニングを想像する方が多いのではないだろうか。実際、現在ではあらゆる分野のトップアスリートがメンタルトレーニングの専門家に師事し、確かな結果を残している。今やスポーツの世界において、メンタルトレーニングはなくてはならない分野だ。
しかし、メンタルトレーニングで効果を得られるのはトップアスリートだけではない。株式会社メンタリスタの代表取締役を務める大儀見浩介氏は、これまでに数々のスポーツの現場に加え、教育やビジネスの現場でも指導を行い、成果を上げている。
サッカーに明け暮れた自身の少年時代を「メンタルが弱い選手だった」と振り返る大儀見氏が、メンタルトレーニングとはどんなものなのか、どんな効果があるのかを語ってくれた。
――最初に大儀見さんご自身のことをうかがいます。まず、サッカー歴を簡単に教えてください。
大儀見浩介 僕は静岡県清水市の出身なので、物心がついた時にはボールを蹴っていて、幼稚園の年中の時に地元のクラブに入りました。小学校に上がった時に、地元の東海大第一高校(現・東海大学付属静岡翔洋高等学校・中等部)が全国高等学校サッカー選手権大会で優勝したんですよ。それで大ブームが起こって、僕も東海大第一中学、高校に進学しました。
――中学時代は全国中学校サッカー大会(全中)での優勝を経験されたそうですが、当時はどんな選手でしたか?
大儀見浩介 ポジションは中盤やサイドバック、サイドハーフが多かったですね。全中の時はボランチでした。浮き沈みの激しい選手で、いい時と悪い時の差が大きいんですよ。波に乗るまでにも時間がかかるし、調子が悪い時は全然ダメだし。スピードはあったんですが、はっきり言ってメンタルが弱い選手だったんです。
――全国制覇をするチームでレギュラーを務めるなんて、メンタルが弱い選手では成し遂げられないと思うのですが。
大儀見浩介 気合と根性でしたね。当時はまだ「練習中は水を飲むな」という時代で、指導も上下関係も厳しかった。古典的な精神論の世界です。あとは忍耐。僕らの専門用語で「外発的動機付け」と言うんですが、怒られないため、レギュラーから外されないためにやっていた。つまりサッカー本来の魅力や楽しさはあまり感じず、ある意味ロボットのように淡々とやっていました。
――その後、東海大第一高校ではキャプテンを務め、東海大学に進学されて、ここでメンタルトレーニングを学ばれたということですが、きっかけは?
大儀見浩介 大学2年生の時に、初めてスポーツメンタルトレーニングの集中講義を受けたんですね。その時の講師が、当時、近畿大学の助教授で、1985年に日本にメンタルトレーニングを持ち込んだ人物の1人である高妻容一先生だったんです。当時の僕はサッカー選手になることには見切りをつけていて、指導者になろうと思っていたんですよ。地元に帰って教員をやりながらサッカーの指導をしたい。そのためには何か武器が必要だと思って、トレーナーやスポーツバイオメカニクス、運動解析などいろいろ考えたんですが、何かしら引っかかってうまくいかなかったんです。でも、高妻先生の授業を受けた時には「これだっ!」と思ったんですね。まさに目から鱗、ビビビッという感じでした(笑)。そして、その半年後に高妻先生が近畿大学から東海大学に移って来られたので、もうご縁を感じて、すぐに高妻先生のゼミに入りました。大学では3年時、4年時の2年間しか勉強できなかったので、その後6年間、学部研究生として大学に残って高妻先生のアシスタントをやり、非常勤講師として中学、高校で働きながら高妻先生にも帯同し、現場での指導法を学んでいきました。
――受講されてビビビッときたのは、ご自身がメンタルの弱い選手だったという認識があったからでしょうか。
大儀見浩介 おっしゃるとおりで、「心はトレーニングで強くなる」と言われたんです。生まれつきのものではなく、血液型も関係ない。例えば「いい時と悪い時の差が激しい」、「実力発揮がうまくできない」、「集中力に差がある」、「モチベーションが上がらない」、「学校の勉強でやる気のあるものとないものがある」、「人前で緊張する」などは、すべて自分でコントロールできるようになる。筋肉と同じで、トレーニングで鍛えられると言われたんですよ。それでもうビビッときましたね。講義が始まって5分ぐらいだったと思います。最初は居眠りしようと思っていたんですけど(笑)。
――その後、独立したわけですね?
大儀見浩介 非常勤講師をやりながら静岡の中学校で指導していきました。サッカー部に加えて他の部活も指導し、学校の授業に派生して「教育メンタルトレーニング」という形で全生徒、先生方にも指導していたら、それが話題を呼んである雑誌で取り上げていただき、『クリスチアーノ・ロナウドはなぜ5歩さがるのか~サッカー世界一わかりやすいメンタルトレーニング』という本にまとめていただいたんです。その本の共著者である鈴木智之さんに「これを業として広めていきませんか?」と言っていただいて、2010年に『オフィス メンタリスタ』という形で動き出しました。翌11年に株式会社化して、現在に至ります。
――メンタルトレーニングの知識がない人のために、どんなものなのかを簡単に説明していただきたいんですが。
大儀見浩介 簡単に言うと「心のトレーニング」ですね。人間の心を扱う専門領域は2つに分かれます。心がゼロポジションにあるとして、疲れやストレスなどでゼロからマイナスに行った時、そこからゼロに戻すのが「メンタルヘルス」の領域で、カウンセラーや臨床心理士、心療内科のドクターなどが担います。もう一つが、ゼロからプラスを作る領域。ここを担うのが僕のようなメンタルトレーニングコーチやメンタルトレーニングコンサルタント。こちらはゼロからプラスを作るのと同時に、マイナスの方向に行きにくくしたり、プラスからさらに大きなプラスを作る役割も担います。心が落ち込みにくくすることや集中の仕方、やる気の高め方、イメージトレーニングの行い方、自信の作り方、チームビルディングやリーダーシップを自分で行えるようにするためのサポートもします。
――元々、メンタルが強い人には必要ないものなのでしょうか。
大儀見浩介 中には「本番に強いのでメンタルトレーニングは必要ないです」という人もいるんですが、プラスからさらに大きなプラスを作るのもメンタルトレーニングですから、元々プラス思考だったり、本番に強かったりする人はその力をさらに強くできますし、周りにシェアできるようにもしていけます。それに、本番に強いと自負している選手は、普段の練習で手を抜きやすく、また対戦相手によって実力発揮度が変わりやすくなるんですよ。そういった油断をしないように準備の質を上げたり、程よい緊張感を自分で作ったりするのも、メンタルトレーニングの一つなんです。
――どんな人間にもプラスの側面があるわけですね。メンタルトレーニングを取り入れている具体例をいくつか教えていただけますか?
大儀見浩介 昨年のメジャーリーグではでシカゴ・カブスがワールドシリーズで優勝しましたが、カブスにはケン・ラビザという、世界で3本の指に入るメンタルトレーニングコーチがついています。他で有名なのは、テニスの錦織圭選手ですね。彼にはアンガス・マグフォードという専門家がついてます。サッカー界では、バルセロナのルイス・エンリケ監督は専属のメンタルトレーニングコーチを雇っていますし、レアル・マドリードにもいます。
――日本国内のアスリートやチームはいかがですか?
大儀見浩介 少しずつ増えていますね。最近だとラグビー男子日本代表に荒木香織さんというメンタルコーチが関わっていますし、大相撲の琴奨菊関には僕のボスの高妻先生がついています。
・メンタリスタ代表、大儀見浩介氏が語る/後編…メンタルはどんな方でも強くしていける
代表取締役 大儀見浩介
メンタルトレーニングコーチ。株式会社メンタリスタ代表取締役。
サッカー選手として、東海大一中(現・東海大学付属翔洋高等学校中等部)時代に全国優勝を経験。高校ではサッカー部主将として鈴木啓太(浦和レッズ/元日本代表)とプレーした。東海大学体育学部・高妻容一研究室にて応用スポーツ心理学(メンタルトレーニング)を学び、現在はスポーツだけでなく、教育メンタルトレーニング、受験対策、ビジネスメンタルなど、様々な分野でメンタルトレーニングを指導している。静岡市教育委員会スポーツ振興審議会委員。東海大学付属翔洋高等学校中等部非常勤講師、ヒューマンアカデミー・スポーツ心理学担当講師、帝京平成大学非常勤講師、ブラインドサッカー日本代表メンタルトレーニングコーチ。静岡県メンタルトレーニング応用スポーツ心理学研究会責任者。
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