◆「情けない」と小さくつぶやく
「情けない」
試合後のロッカールームに入ってきた監督の葛野昌宏は、うつむきながら小さくつぶやいた。彼が発したその言葉は、おそらく、自分自身に向けられていたものだろうし、また、選手全員にも向けられていたものだろう。
葛野監督は、ホワイトボードに右手を思い切りたたきつける。「ガン」とした大きな音がロッカールームに響き渡る。
「ラインメールのスタイルは、サイドから攻撃することだったんじゃないのか。せっかくサイドの選手が、高い位置に張ってくれているのに、簡単にFWにクサビのパスを付ける。無理に真ん中を狙って相手にボールを奪われる。その結果、カウンターをくらってしまう。前線の選手は、目の前のスペースが空いているのに、横パスの場所ばっかり探して、なんでドリブルで前に行かないんだ。前が空いているなら、自分で運んでいけよ。消極的なプレーが多すぎる。そんなの俺たちがやってきたことじゃないだろう!」
葛野監督の言葉に、ロッカールームは一瞬にして静寂の場所に変わる。誰も言葉を発しない。しばし沈黙が続いた。
ラインメール青森FCは、2014年から監督に葛野を迎えた。2015年に東北社会人1部リーグを2位で終えたラインメールは、第39回全国地域リーグサッカー選手権決勝大会に進出する。同大会1次ラウンドを勝ち上がり、続く決勝ラウンドで優勝して、日本フットボールリーグ(以下、JFL)に昇格した。そして、2016年、第18回の同大会ファーストステージを11位でフィニッシュしたラインメールは、セカンドステージになって、快進撃を巻き起こす。6月19日のセカンドステージ開幕戦でFC大阪(1-0)に勝利を収めると、9月11日の奈良クラブ(1-0)までの8試合のうち、ブリオベッカ浦安(0-0)の1引き分けを挟んで7連勝を飾った。もちろん、順位はこの時点で1位である。
しかし、9月18日のアスルクラロ沼津戦(0-1)で敗れてから、最終節のMIOびわこ滋賀戦(0-2)までの成績は、2勝5敗と負け越す。これによって、9月11日まで首位だったセカンドステージの順位は、5位となってしまう。JFLの年間順位も8位になってしまった。だが、JFL昇格初年度を8位で終えたチームの成績を大健闘と捉えるのか、それとも、もっと上に行く力があったのにその力を出し切れなかったと考えるかは、意見が分かれる。
監督の葛野は、後者の「もっとやれた」と捉えていた。葛野監督が最終節の後、ミーティングのためにロッカールームへ入って最初に発した「情けない」という言葉の意味は、「自分たちがやってきたサッカーをどうして信じられなかったのか」という自戒の意味が込められている。それには、悔しさと悲しみが入り交じっていた。
◆ラインメールの「穴」を狙ってくる相手チーム
葛野監督が「情けない」と表現したセカンドステージ最終節のMIOびわこ滋賀戦。それは、いったいどのような戦いだったのだろうか? レギュラーとして右サイドの要となり、チームを牽引(けんいん)する奥山泰裕(前ガイナーレ鳥取)に話を聞いた。
――セカンドステージに入って開幕から7連勝しました。対戦するチームもラインメール対策をしてくるので、このまま勝ち進めないだろうとは考えていたんですが、連勝後のアスルクラロ沼津戦での敗北(0-1)以後、2勝4敗と負け越してしまいました。何が原因で、勝てなくなったのでしょうか?
奥山 7連勝をして試合に勝てていた時は、無失点で折り返して、後半に点数を取るというパターンでした。相手よりも先に点を取るのがうちのパターンで、それが強さを出していた。試合に勝てなくなったのは、前半15分とか20分で失点をするようになったんです。それだと、チームバランスもゲームプランも崩れしまう。先に失点をしているから、無理して攻めに行かないとならなくなって、逆に、穴が開いてしまった。そこを相手にうまく使われて、やられるというパターンが多かったんです。
――「穴が開いてしまって」と言った「穴」とは具体的に何だったのですか。
奥山 うちが1点リードして無理をして攻めなくてもいいという時は、守備時は5バックでしっかりブロックを作れていて、攻撃時はカウンターで攻めるというやり方もできたんです。
――ラインメールのファーストステージのフォーメーションは、基本的に「3-4-2-1」で「4」のポジションの真ん中には、2人のセンターハーフを置いていました。セカンドステージでは、同じ「3-4-2-1」でも「4」の場所は、ダイヤモンド型にしてアンカーとトップ下を置いたシステムにしました。守備時には「5-4-1」のツーラインを敷いて守る。攻撃時には3人のセンターバックと1人のアンカーを残して、バランスを取りながら6人で攻めるというやり方です。そうしたシステムのバランスが壊れていった。そこに「穴」ができてしまった、ということですか?
奥山 前半に先制点を取られて負けていると、両サイドは必然的に高い位置を取るようになります。そうなると、3バックの両脇、つまりウイングバックの後ろの場所がどうしても空いてしまう。相手もその場所に走りやすくなる。僕らの調子が上がって連勝してきたくらいから、対戦相手もすごく研究している、と肌で感じるようになりました。3バックの両脇に、どんどん走り込んでくるし、ボールを蹴り込んでくるようになりました。
――センターバックの両脇、つまりウイングバックの背後が「穴」になったということですね。
奥山 MIOびわこ滋賀戦に関して言えば、試合前に「前半は無失点に抑えて、簡単に失点をしないようにしよう」とみんなで声を掛け合ってピッチに入っていたはずなんです。でも、前半の12分と33分に点数を入れられた。失点は自分たちのミスから生まれました。DFが相手のFWをマークしなければいけない場面でマークし切れなかった。0-2でハーフタイムになって、ロッカールームに入ったら、監督が「俺らがやってきたサッカーをやってないじゃないか!」と怒って言いました。だから後半は、得点こそ入れられなかったんですが、サイドから攻めるという攻撃の構築はやれていました。ただ、前半の失点で、なかなか歯車がかみ合わなかったのは残念でしかたないです。
◆2016年のベストマッチは東京武蔵野シティFC戦
第18回JFLセカンドステージの第9節、ラインメールは、アスルクラロ沼津(0-1)に敗れて連勝が止まった後、第10節の流通大ドラゴンズ龍ヶ崎戦(3-1)で勝利を収める。しかし、第11節のホンダロックSC戦(0-3)で敗れてしまう。チームがこのまま沈み込むのかと思えた第12節、10月22日の東京武蔵野シティFC戦で、ラインメールは、2016年シーズンのベストゲームと言える戦いをする。
試合は、7分にトップ下の村瀬勇太(元松本山雅FC)が、相手DFの裏に抜けたところにスルーパスが通って、GKと一対一になる。村瀬はGKの動きを冷静に見ながら、ゴールを決めた。東京武蔵野シティFCも反撃に出て、37分の林俊介のゴールで1-1になって前半を終える。同点にされてもピッチに立つラインメールイレブンには、焦る姿が全く見られなかった。
試合は、52分の中村太一の決勝点でラインメールが勝利を収める。この時点でのラインメールは、セカンドステージ優勝のチャンスも残されていた。実際に東京武蔵野シティFCの吉田康弘監督の試合後コメントにもラインメールの強さが強調される。
「相手(ラインメール)は確実に決めてきて、結果以上に実力差を感じたゲームでした」
と、話す吉田監督は、具体的に詳細を説明する。
「前期(5月22日の第13節/1-1)は、本当に戦えていて、いい試合をしていました。今回(後期・10月22日の第12節)は、気持ちの面で……失点をしてしまったところから……メンタルの部分ですかね。(……)うちがボールを持っていた時間は、長いと思うんですよね。ただ、どちらかというと、ボールを持たされていましたね。最後に、どう崩すのかという場面で崩し切れなくて、ボールを相手に奪われていた、というのが多かった。(……)(ラインメールは)守備はしっかりしている。守り切るという力もそこに当然入ります。隙を逃さないで、しっかり人数を掛けてくる。ボールを取るタイミング。ボールを奪う能力は高いな、と思いました」
相手の吉田監督をして、「結果以上に実力差を感じた」というゲーム。それが、東京武蔵野シティFCを2-1で撃破した試合であるのだ。まさに、2016年のベストマッチと言える戦いだった。試合後に奥山と村瀬の2人に話を聞かせてもらった。
◆奥山泰裕と村瀬勇太が試合を振り返る
「お疲れ様」と言って笑顔の奥山と握手をする。最初の質問は、ウイングバック・奥山の背後にできるスペースの問題から始まった。
――奥山くんが上がると、その背後にはスペースが当然できてしまう。3バックで戦っているから、センターバックの横は空くことになる。相手は、その場所を狙ってきますよね。そこは、どう考えているんですか?
奥山 後半になって、僕の背後をドリブルで運ばれて、危ない場面がありました。僕の後ろにいるストッパーがかわされた時に、ピンチになってしまったんです。1点リードしている場面や、ちょっと流れが悪いなという時には、僕が前線に上がるのを自粛することが、ひとつの対策になりますよね。あの場面も、相手が「来るかな」と感じた時だった。僕の背後で勝負されてしまったんで、僕が上がらないで、あそこのポジションにいれば、相手がスピードに乗ってストッパーに勝負を仕掛けられることはなかった、と思います。
――守備の徹底について、チームのコンセプトはやれていたんですか?
奥山 (葛野)監督は、「ディレイの時でも、相手にとってプレッシャーになっていない」と最近言われています。1メートルでも、1歩でも2歩でも相手につめて自由にさせない。しっかりとコンパクトにやろう、と。ボールを持っている相手選手には、うちが2人でプレスに行ってサンドにして、ボールを取り切る。後半に入って、味方の選手間の距離がちょっと間延びをしてしまいました。だからプレスが掛からなくなって、右にも左にもボールが移動して、そうすると守っていて相当しんどくなってくるんです。そうした時のディフェンスの仕方を、もうちょっと改善できればいいんですが。
――攻撃の際に、奥山くん自身、積極的にドリブルで仕掛けていましたね。
奥山 チームコンセプトとして「角(カド)」を攻めることをポイントにしているんです。ペナ(ペナルティエリア)の横のところですね。相手がクロスのコースを切ってきたら、クロスを上げないで一度ボールを下げて、というやり方があると思うんですが、うちとしては、どんな場面でもしっかりクロスを上げ切るやり方を取ります。ボールが相手に当たってもいいから、クロスを上げ切ってコーナー(キック)を取る。一度ボールを下げている時に、ボールを奪われてカウンターを受けたことが何度かあったので、そうしたカウンター防止のためにも、監督には口を酸っぱく言われています。だから今日は、前半から下手にボールを戻さずに、右サイドの僕が、相手を一度切り返して左足でクロスを入れたりしました。そこは迷わずに、シンプルにやろうと意識はしています。
――村瀬くんをトップ下に持ってきてから連勝街道に入っていったんですか?
奥山 後期は、そうなんですよ。ムラ(村瀬)はスルーパスを狙いたがるんで、前線のポジションでやってくれた方が、相手にとっては絶対に嫌なはずです。ボランチ(センターハーフ)になると、ボールに触りたがるんです。ポジションを引いてきて、ボールに触ろうとするクセがあるんです。本来なら、ビルドアップの際に、DF3枚でボールを回せるのに、ムラが落ちて4枚気味になってしまう場面があった。そうすると、真ん中のポジションに人がいなくなる、という悪い現象になるので、監督がムラを前で使って、攻撃に専念させようとしたんです。
――前節(10月16日の第11節)のホンダロックSC(0-3)との敗戦ですが、どういう原因で敗れてしまったのですか?
奥山 GKがクリアしたボールを、そのままゴールに入れられたんです。早い時間で2点(前半の12分と23分)を失ってしまいました。ホンダロックSCの守備は、引いてブロックを作るという特徴があります。5バック気味で守られて、そこを崩せずに、最後はセットプレーで3点目を入れられました。相手の得意な形にハマってしまいましたね。後半は、相手の陣地でゲームを進めていたんですが、決定的なところまで行けず、という感じでした。
――残りの3試合(ソニー仙台FC、HONDA FC、MIOびわこ滋賀)は上位チームとの対戦になりますね。
奥山 クズさん(葛野監督)が言ってたんですが、「今季、優勝を狙える位置で戦えることに感謝しよう」と。まだ自力優勝を狙えるので、モチベーションは最高潮でやれています。こんな幸せなことはないです。
奥山との話が終えると、続いて村瀬がやって来てくれた。
――トップ下というポジションは、やっていてどうですか? ボールが常に村瀬くんを経由して左右に振られます。プレーしていて楽しいでしょう。
村瀬 ファーストステージの最後の方から、うちのフォーメーションが変わったんです。僕は、トップ下をやらせてもらっているんですが、うちの良さが一番出るやり方かと思います。正直言って、楽しいですよね(笑)。7連勝もしていましたから。ただ、僕自身、足りないと感じる部分がいっぱいあるんです。ボールを奪い切る力とか。そういうのがもっと出せれば、自分でボールを取って自分でボールを散らして……ということが、できるようになれれば良いと、すごく思いますね。クズさん(葛野監督)からも、攻撃の部分は任されていますから。
――今季からキャプテンに就任。キャプテンという存在は、村瀬くん自身、意識されますか?
村瀬 キャプテンという意識はそんなにないですね。周りには、僕よりも年齢が上の選手もいますから、彼らに任せている部分はあります。僕は、中間役として若手とベテランのつなぎ役になれればいいと考えています。ただ、ゲームの流れを読んで、常にプレー中はチームメイトに状況を発信しています。
――前節は、戦ってみてどうでしたか?
村瀬 ホンダロックSCは、相手の方が全ての面でうちよりも上回っていました。球際の強さとか、攻守・守攻の切り替えの早さとか。
――残りの3試合、何かメッセージはありますか?
村瀬 今日も、たくさんのサポーターの方に応援していただいて、本当にありがたいです。応援は、自分たちの力になっています。あと3試合、引き続き応援していただけたら、うれしいです。
村瀬のポジションをセンターハーフからトップ下にしたのは、葛野監督がずっと考えていたことだった。それは、試合後の監督会見で語られた。
◆監督会見後のエレベーターの中で話された苦難と予言
監督会見の冒頭で葛野監督は、「選手には、今日は後半勝負だ、と最初から言っていたんです」と述べて言葉を続ける。「スカウティングのところで報告がありました。今まで通り、高い位置からボールを奪いに行く、というのをやってしまうと、DFの背後(両脇)を狙われる可能性がありました。相手の1トップ2シャドーというのは、流動的に動いて裏に抜けるスピードがありましたので、まずは失点を前半しないことに注意を払いました。無失点で行こう、と」
「だから、ちょっと守備的にはなったんですが。相手よりも先に得点を取ることができた。本来であれば、その1点を守り切って、という状態にしたかったんですが、こちらの流れが悪い時に、いいシュートを決められてしまった。プランとしては、前半0-0でいいと思ってはいたんです。選手には、今日は後半勝負だと、最初から言っていたんです」
「前半は、選手みんなが動いていましたから、良かったと思います。後半になって、『前半やっていることよりも、もっとしんどいことをやらないと勝てないぞ』とハーフタイムに選手たちに話しました。われわれは、首位を目指せる位置にいて、勝たないとそのことが厳しくなる。そういうゲームの中で、全員で2点目を奪いに行くように指示をしました」
村瀬のポジションの変更について、葛野監督は次のように説明する。
「もともと村瀬は、ゴール前の選手と言えばいいのか……セカンドストライカーというべきか。(彼は)ラストパスを出したり、攻撃のアイデアを持っている選手なんです。自分自身に対して、貪欲にゴールを奪うというところを出してくれれば、もっといいですが。彼が前にいて、彼からパスが出されると、得点の匂いがするんです。彼がトップ下でやっているというのは、実は、昨年(2015年)から考えがありました。そこがベストなんだろうな、という考えがあって、ボランチ(センターハーフ)のところに適任者がいなかった、という理由があったんです。後期に向けて酒井大登がすごく成長してくれた。酒井はディフェンス能力に長(た)けている選手なんです」
会見が終わって、エレベーターが戻ってくるのを待っている葛野監督の姿が見えた。同乗しようと監督の横に立つ。
「理想的な勝ち方でしたね」
と声を掛ける。
「んーん、そうだね。でも、厳しいよね」
監督は答える。
「選手も体を張っていました」
そう問い掛ける。
「後半になって代えてくれとバツ印を出す。選手層が薄いから交代できる選手もいない状況なんだよね」
葛野監督は、置かれた現状を話す。少しして、エレベーターがやって来た。待っていた人々が乗り込む。
「これから上位チームとの対戦ですね」
「んん。ここまで何とかやりくりしてきたけど、これからどうなるかだよね」
葛野監督は、残された上位との戦いを、予言するかのような発言をして、エレベーターを後にする。彼の言葉は現実のものとなって、JFLの戦いの厳しさをラインメール青森にたたきつけるのであった。(第2話につづく)
文・取材=川本梅花