手垢のついた言葉。でもやっぱり、たかがスポーツ、されどスポーツ。たかがアート、されどアート、でもある。一つのエピソードを紹介したい。
東京の下町に住む大塚エティエンくんは10歳。アルゼンチン人の父と日本人の母の間に生まれた。知的障害があり、2歳の頃に言葉を失った。
ボールを本格的に蹴ったことはない。けれど、幼い頃を過ごしたブエノスアイレス郊外では、アルゼンチン代表の試合があるたび、家族とテレビ観戦で盛り上がった。「応援グッズを身につけたり、私がフェースペインティングをしてあげたりして大騒ぎ」とお母さん。近所もみんな、そうだった。
5歳で日本へ。音楽好きな子になった。嵐やAKB48のヒット曲を、いつのまにか覚えて鼻歌交じりに口ずさんでいる。気がつけば、一風変わった模様のような落書きも壁に施していた。トントントン、トントントン。筆でラテンのリズムを刻むように。
そんなエティエンくんが昨年、「SOMPOパラリンアート・サッカーアートコンテスト」(一般社団法人障がい者自立推進機構主催)に応募した。障害のある人たちがサッカーをテーマに描いたりつくったりした芸術作品を紹介する取り組みだ。通っていた特別支援学校の美術の先生に「いいものを持っている」と背中を押された。
ペンによる人や物の描写は難しい。様々な素材を使ったコラージュに挑戦した。サッカーボールが描かれた絵の切り抜きに、布や折り紙を色づけて組み合わせた。試合の映像を見たり、実際にスパイクやユニホームを触ったりしてイメージを膨らませた。トントントン、トントントン。1カ月ほど、画用紙をたたいてリズムを刻み続けた。
大きなボールを中心に、たくさんの小さなボールやハートがフラワーアレンジメントのごとく彩られた作品のタイトルは「大好き!サッカー」。これが漫画家・高橋陽一さんの目にとまり、「キャプテン翼賞」に輝いた。翼、岬とのコラボ作品も実現した。「奇跡です。じっくり先生に指導していただいたおかげ」。そして受賞よりお母さんを驚かせる出来事が、表彰式で待っていた。
ステージに呼ばれ、大人たちから注目されたエティエンくん。「そういう雰囲気、普段なら嫌がってすぐ降りようとするのですが……」。脚光を浴び、笑顔になった。「当たり前だけど、みなさんから『おめでとう』と祝福されるとうれしいのですね」。バスや電車に乗れば、叫んでしまったり大きく手をたたいてしまって「周りに謝ることが多い人生。自分がやり遂げた絵をみなさんが見てくれて、喜んでくれる経験が、すごく貴重だった」。
コンテストは今年、装いも新たにバスケットボールも題材に加えて「SOMPOパラリンアートカップ」となった。エティエンくんはバスケをテーマに挑戦した。「無理せず、描きたい時に描いて継続していってくれたら」とお母さんは願い、見守っている。
障害者による絵画などのアート作品とその活動、「パラリンアート」。プロサッカー選手とプロバスケットボール選手は今年、新たな支援活動を始めた。作品とのオリジナルコラボTシャツ「パラ-T」を制作販売、収益の約25%を作者に届ける。日本プロサッカー選手会会長の高橋秀人(ヴィッセル神戸)や香川真司(ドルトムント)、遠藤保仁(ガンバ大阪)、中村憲剛(川崎フロンターレ)らがデザインに協力している。
Tシャツ制作の初期費用を募るクラウドファンディングは11月10日まで。集まったお金の半分が作品使用料として作者に支払われ、支援者には「パラ-T」が割引価格で届けられる。「パラーT」はスペイン語で発音すると「para ti」。「for you」、あなたのために、との意味になる。
文=中川文如