先制点を決めた飯野(中央)とともに喜ぶ山口(左) [写真]=Getty Images
世界的名手のアンドレス・イニエスタや日本代表FW大迫勇也らスター選手を揃えながら、今季はまさかのJ1残留争いに巻き込まれているヴィッセル神戸。その一方で、2020年に準決勝敗退を強いられたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)王者を目指すというアンバランスな状況に直面している。
「僕らはいろいろと悔しい思いをしてきた分、『2年前と同じ場所に辿り着きたい』という意欲が強い。(横浜・F)マリノスをしっかり叩いて、高いステージに行って、2年前より上の景色を見るという強い意気込みで向かっていきたいですね」と今回の決勝トーナメントラウンド16の一発勝負に向けて酒井高徳も力を込めていた。
横浜FM戦でイニエスタに代わってキャプテンマークをつけた山口蛍も盟友と気持ちは同じ。
「今季、チームの結果が出ていなくて苦しんできましたけど、僕や高徳のような代表経験のある選手がもっとチームに還元できるものがあった。自分も責任を感じているので、このACLでいい流れを作って、リーグ戦につなげていきたい」と気を引き締めてピッチに立った。
J1首位と16位の対戦ということで、下馬評では横浜FM優位と見られたこの試合。先手を取ったのは神戸の方だった。開始7分、相手DF實藤友紀の縦パスをカットした汰木康也が左からドリブルで持ち上がり、右から中に侵入してきた飯野七聖にラストパス。次の瞬間、背番号2は右足を振り抜き、浮き球のシュートで先制点を奪ったのだ。
「Jリーグを見ていて、マリノスはボールを奪った瞬間に逆サイドの裏に出されると苦戦していることが多かったので、それをやろうと試合前から高徳と話していました。今までは効果的に走れる右サイドの選手がいなかったけど、今はナナがいるから彼を張らせておけば、前線で生きる。ナナは若いし、ハードワークもできるから、ヴィッセルに来てくれて助かった」と山口もコメントした通り、相手の鋭く背後を突ける新戦力の加入効果が如実に出たと言っていいだろう。
直後、西村拓真に1点を返されるも、神戸はひるまなかった。背番号5をつける31歳のダイナモも15分にはクロスバー直撃の強烈ミドルをお見舞いし、21分には大迫の落としに反応して最前線で決定機を迎えるなど、得点への意欲を強く押し出す。ロティーナ監督体制では彼のフィニッシュ精度や迫力が影をひそめることも多かったが、吉田孝行監督就任後はイキイキと攻めに絡むシーンが目に見えて増えている。
「今季、監督が3回変わって来た中、それぞれのやり方があるので、合わせなくてはいけなかったんですけど、前はあまり攻めに行かせてもらえなくて、少し悩んでいる部分もありました。でも、タカさんになってからはチームとして前からガンガン行くようになったし、自分も『前に絡んでいいよ』と言われるようになった。やっぱりその方がやりやすい」と山口自身も前向きに言う。百戦錬磨の男の攻撃迫力やアグレッシブさもチームの新たな活力になっている様子だ。
前半のうちに佐々木大樹のPKが決まり、2-1で折り返した後半。神戸は横浜FMの反撃を食らうことになった。が、キャプテンマークを巻く男は足を止めず、仲間を力強く支え続ける。危ない場面で体を張り、スペースを埋め、最終ラインまで走ってカバーリングに入る。日本代表を離れて3年が経過するが、ピッチ上での一挙手一投足は今もインターナショナルレベル。それは紛れもない事実だ。
神戸の勝利を決定づけた80分の3点目も山口がお膳立てしてみせた。右の飯野からパスを受けると大崎玲央にいったん預け、マーク不在のペナルティエリア深い位置まで侵入。マイナスクロスを入れた。これに反応したのが途中出場の小田裕太郎。3点目を奪った神戸は、89分に2点目を食らったものの、逃げ切りに成功。首尾よく準々決勝進出を決めたのである。
「マリノスもクオリティの高いチームだし、押し込まれた時間帯もあった中で2点を奪われた。それでもチーム全体としてコンパクトに戦って、攻守両面でハードワークしたことが結果につながったと思います」
マン・オブ・ザ・マッチに輝いた山口は神妙な面持ちで話したが、本当にこの日の神戸は躍動感に満ち溢れていた。これだけの戦いができれば、ACL王者も十分狙えるし、J2降格危機からも脱出できるはず。そんな自信と手ごたえも彼自身を深めたに違いない。
ACLは22日の準々決勝、25日の準決勝と中2~3日の超過密日程が続く。その後にはJ1の連戦も控えているだけに、彼らには息抜く暇はない。ただ、ここからはイニエスタも復調してくるだろうし、新戦力のステファン・ムゴジャや小林祐希らもよりフィットするはず。そういった面々を融合させ、力を引き出すのが、ベテランになった山口の重要な責務だ。
2年半ぶりにミックスゾーンでダイレクトに言葉を交わした彼からは、人間的な落ち着きと視野の広さ、思慮深さが見て取れた。いい意味で成熟したフットボーラーになった山口蛍。30代で円熟味を増した長谷部誠のように、年齢を重ねてより老獪なMFに飛躍していってほしいものである。
取材・文=元川悦子
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By 元川悦子