明秀日立を初戦突破へ導く決勝弾を決めた根岸隼 [写真]=佐藤博之
29日に『等々力陸上競技場』で行われた第102回全国高校サッカー選手権大会・1回戦の第1試合、明秀日立(茨城)と徳島市立(徳島)の一戦では、明秀日立の“ジョーカー”が大きな仕事をやってのけた。
今年の夏に北海道で行われた令和5年度全国高等学校総合体育大会(インターハイ)のサッカー競技で初優勝を成し遂げた明秀日立は、4大会ぶり5度目の選手権に臨んでいる。初戦となった徳島市立戦の前半、ベンチから戦況を見守っていた根岸隼は「初戦の難しさはあったと思うのですが、前半はちょっとみんな硬くて…」と感じていた。
実際、前半の明秀日立は徳島市立に主導権を握られる苦しい展開を強いられ、ピンチの数も決して少なくはなかった。それでも、“夏の王者”は前半を無失点で凌ぎ切ると、後半から徐々に流れを引き寄せる。持ち味のハイプレスも機能し、最終ラインを押し上げることでコンパクトな陣形を保ちながら、セカンドボールを回収して2次攻撃に出る時間が続いた。
このような戦況で、52分にベンチから出てきたのが根岸だった。すると直後の56分、その根岸が試合の均衡を破る。後半途中から右サイドへ移った益子峻輔がカットインから左足を振り抜くと、強烈なミドルシュートがクロスバーに直撃。こぼれ球を見逃さなかった根岸が、頭で押し込んだ。
ピッチに入る前、萬場努監督を含むコーチングスタッフから「いつも通り、ゴールを決める部分を要求されていました」と語った頼もしい“ジョーカー”は、益子がミドルシュートを放つ直前に「ゴールの匂いがした」という。自身の強みを「ゴールへの嗅覚は自分の武器」と語る根岸の、ストライカーらしさが溢れる得点で、明秀日立が先手を取った。
このゴールでさらに勢いに乗った明秀日立は、66分に石橋鞘が直接フリーキックを突き刺し、2-0で初戦を制した。前述の通り、後半に入ってからの戦いぶりは見事ではあったが、間違いなく勝利をグッと手繰り寄せたのは、「特別な大会で決めた特別なもので、すごく嬉しかったです」と振り返った根岸の大会初得点だった。
明秀日立の背番号10を託されている根岸は、選手権の茨城県大会でも通算8ゴールをマーク。決勝の霞ヶ浦戦でも、73分にダメ押しの4点目を挙げるなど、“ジョーカー”として数々の結果を残してきた。
だが、現在の立ち位置を踏まえ、根岸自身は「自分としてはスタメンで出て、活躍するのが1番だと思っています」と複雑な心境を口にする。チームのエースストライカーとして結果を残しているのだから、当然の考えかもしれない。萬場監督も「起用法としてはなかなか心苦しい部分もあります」と認めているが、一方で「得点に全精力を傾けて欲しいということは伝えています」と明かす。「ちゃんと選手権予選の決勝も(得点を)取りましたし、今日も大事なところで取ってくれました。それは彼の特徴なので、なるべく余計なところを削ぎ落として、点を取ることにコミットして欲しいという話はしています」。このように狙いを明かした指揮官は「それは本当に彼の力で、チームとしてはありがたい」という言葉を続け、途中出場からチームを救った“ジョーカー”に感謝している様子だった。
根岸自身も今の自分に求められる役割を理解していた。得点力に自信を示す一方で、「前からのプレスは自分たちの強みでもあるのですが、周りと比べると自分はあまり得意ではないので、守備の部分はもっと頑張っていかないといけないです」と課題も口にしている。「今のような立場であろうと、チームのために自分ができることをやろうと思っています」と語ると、「こうやってゴールを決めてチームを勝たせられて良かったです」と笑顔を見せた。
こうして苦戦を強いられながらも、選手権の初戦を突破した明秀日立。徳島市立戦では、選手たちから初戦特有の緊張感も見られたが、それはインターハイ王者の“宿命”と呼べるもの。根岸自身も「『夏冬獲れるのは自分たちしかいない』っていうのは話をしていて。その分、初戦はプレッシャーを感じるような部分もあったのですが、今日は勝てたので良かったかなと思います」と、史上6校目の“夏冬連覇”に向けて力強い言葉を発している。
31日に控えた2回戦では、矢板中央(栃木)との初戦を1-0で制した東海大仰星(大阪)と対戦することが決まった。「ゴールのことしか考えていないです。チームのために、仲間のために、絶対に点を取ってやるという気持ちで試合に入っています」。“ジョーカー”としての心構えをこう語った根岸は、2回戦でも虎視眈々とゴールを狙う。
取材・文=榊原拓海