ブラインドサッカー日本代表の背番号「10」を着ける落合
「サッカーは小学生のときに始めました。いつか代表選手として日の丸を背負うのが夢でしたね。でも、目の病気でボールが見えにくくなったので、中学校ではサッカーを諦めて柔道をやりました。中学を卒業するときは、プロレスラーになろうと思ってたんですよ」
世界選手権(16日開幕)を間近に控えたブラインドサッカー日本代表のキャプテン「おっちー」こと落合啓士の、意外な過去である。進行性の難病である網膜色素変性症と診断されたのは、10歳のとき。やがて夜になると目が見えにくくなり、視野も徐々に狭まっていった。それでも中学3年のときには視力が0.5あったという。
「104でプロレス団体の電話番号を調べて、『プロレスラーになりたいんです』とお願いしました。でも目の病気のことを話すと、『試合会場は暗いし、受け身のタイミングも難しくて危険だから』と断られたんです。それで仕方なく、行きたくもなかった高校に行きました」
しかし、やがて黒板の文字も見えなくなり、高校を中退。地元の寿司店に就職したが、視力が0.1を切ると仕事にならない。寿司店を辞めた落合は19歳で盲学校に入り、鍼灸・マッサージ師の資格を取得した。盲学校では、さまざまな視覚障害者競技を経験。2003年には、ゴールボール日本代表選手として国際大会に出場したこともある。
「ブラインドサッカーで初めて日本代表としてプレーしたのも、2003年でした。ソウルで韓国、ベトナムと試合をしたんですが、日の丸をつけたことで、ようやく障害を受け入れて、胸を張って生きられるようになりましたね。ただ、その大会でどんなプレーをしたのかは全然覚えてません。ひとつだけ覚えてるのは、途中交代させられたときに、監督に文句を言ったことぐらい(笑)。あの頃は精神的に未熟で、練習中も仲間に文句ばかり言っていたので、2005年のアジア選手権では代表から外されてしまいました。あれが自分にとっては最初のターニングポイントでしたね」
落合不在の日本は、しかしその第1回アジア選手権で優勝を果たし、2006年の世界選手権アルゼンチン大会の出場権を手に入れた。「心を入れ替えた」落合は風祭喜一監督の信用を取り戻し、その大会で代表に復帰。韓国との7-8位決定戦では、FKから代表初ゴールも決めた。さらに翌2007年8月にブラジルで開催された国際大会では、スペイン戦でやはりFKから決勝ゴール。2009年アジア選手権のマレーシア戦でもFKで得点するなど、セットプレーでは無類の勝負強さを発揮している。
「ヨーロッパの代表チームに初めて勝ちましたし、自分にとって30歳の誕生日でもあったので、スペイン戦のゴールは今まででいちばん嬉しかったですね。でも、2011年アジア選手権の韓国戦で決めた同点ゴールも忘れられません。スペイン戦はほとんど誰も見ていなかったけど、2011年は仙台で開催されたので、たくさんの声援を受けました。『よっしゃー!』『ナイスシュート!』『おっちー!』『サイコー!』という声が地鳴りのように聞こえて、ものすごく嬉しかったですよ。プレー中は、ボールの音に集中して人の声を聞いていないときもありますけど、あのときは同時に全部聞こえましたね」
実はその2011年アジア選手権の前に、落合は代表チームからの引退を考えたことがある。2010年の日本選手権で首を痛めた影響で、思うようなプレーができなくなっていたからだ。だが2011年3月の東日本大震災が、彼にとって二度目のターニングポイントとなった。
「それまでは、ただ自分のためだけにサッカーをやっていました。ゴールを決めれば名前が記録されるから、自分の生きた証を残すことができると思ってたんです。でも被災地の様子などを知って、考え方が変わりました。あの震災では、生きたくても生きられなかった人たちが大勢いましたよね。だから、生きている自分が甘ったれてはいけないと思ったんです。それで、『自分のためではなく、誰かのためにサッカーをしよう。人に喜んでもらうためには代表でプレーするのがいちばんだ』と考えるようになりました。それ以来、被災地に何度も足を運んで、子供たちとも交流を深めています。その子供たちをはじめとして、応援してくれる人たちを自分のプレーで笑顔にできたら最高ですね」
2011年のアジア選手権でロンドンパラリンピックの出場権を逃した後、「風祭ジャパン」は「魚住ジャパン」となり、落合は代表チームのキャプテンとなった。それと同時に、背番号も「7」から「10」に変更。責任の重さを自覚するために、自ら希望したエースナンバーだ。10月のアジアパラ競技大会では味方を鼓舞するキャプテンシーを発揮し、タイ戦では2ゴールを決めて銀メダル獲得に貢献。9日に仙台で行われたブラジルとの親善試合は0-4で敗れたが、試合後の記者会見で「印象に残った日本選手は?」と問われたブラジルの監督は「10番だ」と即答した。キャプテンとして初めて臨む世界選手権でも、大いなる存在感を見せつけることだろう。
「以前は海外での国際大会ばかりだったので、国内の人たちには結果しか見てもらえませんでした。点を取れずに負けると、スコアだけで『決定力がないね』と言われてしまう。でも、同じ0-0や0-1のスコアでも、試合の内容によってその意味は違います。今回の世界選手権は、結果にいたる過程も含めて、日本が強豪相手にどこまでやれるのかを見てもらえるのが嬉しいですね」
この世界選手権は、おそらく日本チームがこれまで経験したことのない大観衆の前での戦いになるだろう。しかし落合は、気負いも緊張もなく、「ワクワクしてます」という。
「地元観衆の期待に応えようと思ったら、プレッシャーも感じるでしょうね。でも自分にとってこの大会は、いままで支えてくれた人たちへの恩返しの場だと思っています。いろいろな人たちのおかげで大好きなサッカーをやり続けてきたので、感謝の気持ちをピッチ上のプレーで表現したいですね。そのチャンスが得られたと思うと、開幕が待ち遠しい。もちろん日本チームは結果を求めて戦いますが、たとえ試合に負けても、自分たちのやれることをやり切れば、胸を張れるんじゃないでしょうか。その姿を見た人たちが、それぞれ自分自身の夢に向かってポジティブな気持ちになってくれたらいいですね」
文=岡田仁志