(左から)鹿島の沖、湘南の谷、FC東京の波多野 [写真]=J.LEAGUE
■Jで若手GKが次々台頭
Jリーグのある週末が戻り、2カ月半が経った。新型コロナウイルス感染拡大の影響から、今シーズンは「降格なし」の特別ルール適用が決定。これにより、各クラブがある程度リスクを負った選手起用をすることが可能となり、今季はいつになく若手の積極起用が目立つシーズンとなっている。
なかでも若手GKの台頭は顕著だ。湘南ベルマーレ・谷晃生、鹿島アントラーズ・沖悠哉、FC東京・波多野豪ら、20歳前後の若手GKが続々とJ1デビューを飾るなど、注目を集めている。GKは替え時が最も難しいポジションであり、どうしても計算できるベテランが重用される傾向にある。ポジションが一つしかなく、アクシデント以外では途中出場することもほぼないポジション故に、高いポテンシャルを持ちながらなかなか実戦経験を積めずに年齢を重ねてしまうGKも多い。将来有望な若手GKが実戦経験を積めている今季のこの状況は、日本サッカー界全体にとっても間違いなくポジティブな流れである。
だがその反面、致し方ないことではあるが、若手GKはやはり“粗さ”が目立つのもまた事実だ。恵まれた身体能力を生かしたダイナミックなセービングでチームを救うこともある一方で、判断ミスから失点してしまうことや、失点にはならなくとも味方にバタついた印象を与えてしまう場面も多い。
なかでも散見されるのが、シュートをキャッチし損ねて前にこぼしてしまうシーンだ。
■キャッチとディフレクティング。瞬間判断の難しさ
相手にシュートを打たれてしまった際のGKのベストなプレーはキャッチだ。相手の攻撃を一度完全に終わらせることができるし、マイボールにすることで、得点が欲しい展開の際にはそのままカウンターの起点となれる。また、リードして迎えた試合終盤であれば、一度チームを落ち着けて時間を使うこともできる。
とはいえ、試合中に飛んで来るシュートで簡単にキャッチできるものは少ない。威力が強い、距離が近い、あるいは際どいコースに飛んで来た場面ではディフレクティングなどでボールを弾き出す必要がある。
ディフレクティングをする際の鉄則は、より遠くに、そして相手のいない場所(基本的には前ではなく真横)に弾くことだ。そうすることで、こぼれ球を決められる確率を少しでも減らすことができる。逆に最もやってはいけないプレーは、前にこぼしてしまうことだ。ゴール前の正面付近は、相手FWが詰めてきている可能性が極めて高いからだ。
キャッチするのか、それとも弾きに行くのか。GKはシュートが放たれてから僅かコンマ数秒の間にその決断を下さなければならない。シュートを前にこぼしてしまうシーンは、この判断に迷った際に生じることが多い。弾くか否か微妙なボールをキャッチしに行き、結果的に前にこぼしてしまう、というようにだ。飛んで来たコース、ボールの軌道、威力、敵・味方のポジショニング、ピッチコンディションなど、あらゆる情報を基に瞬時にベストなプレーを選択するのは、実は並大抵のことではない。
だが、かつて日本人GKの中にも、この判断が抜群に優れていた選手がいた。元日本代表で、横浜フリューゲルス、名古屋グランパスで守護神として君臨した楢﨑正剛氏だ。
■楢﨑氏の経験に裏打ちされた緊急対応
現役時代の楢﨑氏は抜群の安定感を誇るGKだった。状況に応じたポジショニングの正確性は歴代代表GKの中でも屈指で、シュートを打たれる前の的確な予測、丁寧な準備、それらをベースとした判断の良さは群を抜いていた。
その判断力は、上記した「捕るのか・弾くのか」という局面においてもいかんなく発揮された。正確なポジショニングとキャッチング技術を持つ楢﨑氏はそもそも正面に入ってキャッチできる確率が他のGKよりも高かったが、それ以上に特筆すべきは“捨てる判断の良さ”だった。
高いキャッチング技術を持っていながらそれに奢ることはなく、こぼす可能性が少しでもあると察知した際ははっきりと弾いて流れを切った。さらにそのプレーのなかでも特に秀逸だったのが、着弾直前でのプレーの切り替えだ。キャッチに行きかけてから「これはキャッチしに行ったらこぼす可能性が高い」と判断した際に、瞬時にディフレクティングに切り替えるのが抜群にうまかったのだ。
現役時代のプレーの中から、その象徴的なシーンを一つ紹介したい。2016年のJ1 2ndステージ、アウェイで行われた対大宮アルディージャ戦だ。
この試合の74分、左サイドからの低いマイナスの折り返しを大宮の選手が左足ボレーで狙ったシーンがあった。シュートは地面でワンバウンドし、楢﨑氏から見て正面やや右あたりに跳ねながら飛んできた。シュートの瞬間、楢﨑氏はアンダーハンドでのキャッチを選択。ボールを抱え込むべく両腕を身体の前に下げてボールにアプローチしようとした。
ところが、想定した以上にボールが伸び、楢﨑氏が予測したよりも速くゴールに向かってきた。ブラインド気味だったこともあり、シュートスピードが読みにくかったことも影響した。「このままキャッチに行ったらこぼす」と判断した楢﨑氏は急遽キャッチすることを取りやめ、バレーボールのアンダーハンドレシーブのような形で真横にボールを弾き出したのだ。一見地味にも見えるが、瞬時の判断と高いハンドリング技術が生んだ好セーブだった。自身が主宰する「楢﨑正剛GKオンラインサロン」のなかでこのシーンについて聞かれた楢﨑氏は、次のように語っている。
「あくまでも緊急でああいうプレーを選択したのですが、ある程度経験を重ねてからはこういう弾き方も時々使っていましたね。キャッチできればもちろんベストなんですけど、すぐ近くには相手のFWも詰めてきていたので、こぼしたら失点していたかもしれません。パッと見ではキャッチできそうにも見えるので、味方のフィールドプレーヤーからは“捕れよ!”なんて言われることもありましたけど(笑)。無理せずにより確実なほうを選ぶ、という意味では正解だったのかなと思います」
長らく名古屋で楢﨑氏とともにプレーし、現在は育成年代のGKコーチを務める高木義成氏も、その瞬時の判断の良さをこう証言する。
「ああいう場面でプレーを切り替えられずに無理にキャッチしに行ったりすると、ポロっとこぼして詰められちゃうんですよね。ここ最近のJリーグを見ていても時々見掛けます。一緒に練習していたからよく分かるけど、楢さんの場合は最終的に捕るか弾くかがはっきりできていて、だからセカンドを詰められることが少なかった。キャッチしに行ってこぼしちゃうと、(ボールの勢いを殺して)いい所に落ちちゃうんですよね。で、ごっつぁんゴールを生んでしまう。同じ弾くのでも、意図的に弾けていればこぼれ球を詰められる確率はグッと下がるんです」
最初から弾こうとしたわけではなく、シュートが飛んで来る途中でキャッチから弾くプレーに切り替える、言うなればイレギュラーな対応。コンマ数秒の中での瞬時の切り替えを可能にしていたのが、楢﨑氏の圧倒的な経験だ。
「それなりに年齢を重ねた頃には、シュートの場面で相手選手がどこに詰めてきているかも経験からある程度分かるようになっていました。ボールを見ながらも間接視野で何となく周囲の状況を察知して“あ、これはキャッチにいったら危ないな”というのも瞬時に分かるようになっていました。大宮戦のあの場面でも、若い頃だったらそのままキャッチしにいってこぼしていたかもしれないですね。実際自分も実戦でたくさんそういうミスをしてきましたし。公式戦のピッチでそういう経験を積んだからこそ、瞬時にああいう判断もできるようになっていったのかなと思います」
■失敗を重ねてこそ辿り着ける境地
今季のJ1では若手GKの台頭が目立つ一方、ガンバ大阪の東口順昭、浦和レッズの西川周作といった代表経験のあるベテランGKの安定感がより際立っている。彼らのプレーを支えているのも、事前の予測、準備、そして豊富な経験から来る瞬間的な判断力だ。
彼らとて、最初からそれができたわけではない。早くから高いレベルでの実戦を経験し、様々な情報を蓄積していったからこそ、現在あれほどの安定感を獲得できているのだ。楢﨑氏のイレギュラー対応の事例でも分かるように、GKは実戦でしか身に付かない部分が特に多いポジションだ。そしてそれらの蓄積が、ゴール前に立った際の佇まいにも表れる。「GKは経験値が重要」と言われる理由がそこにある。
では、今季出場機会をつかんでいる若手GKたちは、J1のピッチに立つには時期尚早なのだろうか。答えはもちろん、ノーだ。むしろ20代前半のうちからJ1のピッチで経験を積めているのは、極めてポジティブな要素だ。
楢﨑氏も若くして横浜フリューゲルスでレギュラーポジションを奪った。そして「たくさんミスをしたからこそ瞬時の判断が可能になった」と語っている通り、試合での数々のミスが楢﨑氏を大きく成長させたのだ。練習中や紅白戦でミスをするのと、大きな重圧と緊張感に包まれた公式戦でミスをするのとでは、経験値としての刻まれ方は段違いだ。試合に出る・出ないでその後の伸び方が変わってくるのも容易に想像がつく。若いうちに実戦経験を積み、失敗を重ねたことが、後々そのGKを成長させるのだ。
GKには、実戦のピッチに数多く立ってこそ到達できる境地がある。だからこそ、若くしてJのピッチに立っているGKたちの今後を楽しみにせずにはいられないのだ。
<文/福田悠>
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■開催日時
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■参加費:無料
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① 2019-2020最新GKスタイル
② ビルドアップ
③ シュートストップ
④ ビルドアップvsシュートストップ、どっちが重要か?
⑤ 質疑応答
■参加対象者
・全国のサッカーチーム・スクールの監督、コーチ
・全国のGK指導者(プロから若年層まで)
・現役GK選手(プロから若年層まで)
・技術、戦術に精通もしくは興味を持つサッカーファン
・広く一般のサッカーファン etc.
■メッセージ
楢﨑正剛
「シュミット選手は体格に恵まれ、足元の技術が高い近代型のゴールキーパーだという印象を持っています。このような形で話すのは初めてですが、GKの最新の考え方について意見交換し、GKファミリーの輪が広がっていく一つのきっかけになればうれしいです」
シュミット・ダニエル
「楢﨑さんは、誰もが知っている日本GKの象徴的な存在で、多くのGKにとって憧れの存在です。特に見ていて思うのが、常にシュートに対していい準備をして、的確な対応をしていることが印象的です。本当にお手本になる対応です。対談という形にしていただくのは大変恐縮ですが、この機会を今後のGK人生に生かせるようにたくさんお話させていただければと思います」
■プロフィール
楢﨑正剛(ならざき・せいごう)
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●楢﨑正剛プレゼンツGKオンラインサロン(オンライン講習会購入者の無料特典)
https://note.com/wbsports/n/nfbcb65fb047a
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1976年4月15日生まれ、奈良県出身。日本代表GKとしてW杯に4度参戦。Jリーグでは横浜フリューゲルス、名古屋グランパスで24年間プレーし、2010年にはJ1リーグ制覇とGKとして史上初の年間最優秀選手に輝いた。2018シーズン終了後に現役引退。現在は、クラブスペシャルフェローを務めつつ、アカデミーダイレクター補佐兼アカデミーGKコーチを担当する。
シュミット・ダニエル SCHMIDT DANIEL
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●シュミットダニエルオンラインサロン「Game Changers」
https://lounge.dmm.com/detail/2876/
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1992年2月3日、アメリカ合衆国・イリノイ州生まれ。中央大学1年生時 から川崎フロンターレの特別指定選手として登録され、2014年にベガルタ仙台へ加入。同年4月にロアッソ熊本に1か月間の期限付き移籍し、Jリーグデビューを果たした。2015年6月に再度ロアッソ熊本に期限付き移籍し、チームの主力として活躍し、翌2016年に松本山雅FCに期限付き移籍し、レギュラーとして活躍したシーズン終了後にベガルタ仙台へと復帰。 2019年8月にベルギー1部リーグのシント=トロイデンVVに移籍した。日本代表には、2016年10月に候補合宿に初選出され、その後2018年8月に再び選ばれ、11月のベネズエラ戦で代表デビューを飾った。
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