子どものころ、親父に連れられて映画を観に行った記憶が多々ある。今にして思えば、割りと頻繁に行っていた。名作映画をビデオやレーザーディスク(DVDのプロトタイプみたいなやつだ)で借りてきて、それを一緒に観た記憶もある。したり顔で解説してくれた親父には悪いのだが、そういう「詳しい目」で観ていた親父より、ピュアに映画を観ていた私のほうが、たぶんその映画を楽しんでいたのではなかろうか。一方、結果として飛び飛びに観ていた大河ドラマは、楽しんでいた覚えがまるでない。
サッカーにおいて、リーグ戦は連続ドラマで、カップ戦のファイナルは映画としての要素を持つ。もちろん完全に同一視できるものではないが、似たところはある。ドラマの最終回なり、第7話なりを突然観ても楽しめないように、リーグ戦の第7節なり最終節だけを観たとしても、サッカーのリーグ戦が一話完結型のドラマ(『相棒』みたいな)としての要素を持っているとしても、そこに至るまでの一切を観ていないとなれば、本当の意味では楽しめないだろう(『右京さん』のキャラを知っているから理解できる描写、とか絶対にあるので)。いや、楽しめなくもないんだけれど、醍醐味が薄れるのは間違いない。
その意味で言えば、12月6日に大阪・ヤンマースタジアム長居にて開催されるJ1昇格プレーオフは「ドラマの決着を映画に持ち越した」ような舞台と言える。もちろん「映画」だけを観る人でも大丈夫。「勝ったらJ1、負ければJ2」というシンプルなコントラストは、突き抜けて分かりやすい。今季のJ2リーグ戦で3位だったアビスパ福岡と、同じく4位だったセレッソ大阪の戦いである。
試合の見どころはまず、温度だ。熱い。試合の熱量の大きさについては始まる前から保証できる。通常の決勝戦がその瞬間の栄光を懸けているのに対し、この決勝戦が懸けているのは「未来」である。来季のステージがJ1かJ2かはクラブにとっても選手にとっても死活問題であるし、何より重い。サポーターもまたその重さが分かっているので、ぬるくなる要素がないとも言える。通常のファイナルマッチの場合、そこに至るだけである種の達成感を与えてくれるものだが、昇格プレーオフの決勝にその空気は皆無となる。死力を尽くした攻防が90分間続くことは確実である。
そう、90分である。この決勝が普通の決勝と異なるもう一つのスペシャリティが「90分完結」ということ。同点の場合はリーグ戦で成績の良かった福岡の勝ち扱いになるため、延長戦やPK戦は行われないのだ。どちらのチームも欠片の余力すら残すことなく、90分で出し切ってくる。要するに、熱い。ついでに言えば、試合後の予定も組み放題なのだが、テレビで観ていたとしても現地にいたとしても、映画のエンドロールをじっくり眺めたくなるように、きっともう少しだけ試合後の様子も観ておこうという気持ちになると思う。あまり急な予定は組まないほうがいいだろう。
さて、選手にも触れておこう。正直、別に知らなくても大丈夫だとは思う。きっと試合が終わるころにはタフに戦い抜く選手の誰かが気になっていることだろうから、むしろ余計な情報かもしれない。一番の有名人はC大阪の現役日本代表MF山口蛍(ほたる)。精悍なマスクで女子人気も高い選手だが、プレーのほうはタフネスの塊。男臭い熱さが売りだけに、こういう試合で活躍する可能性は十分ある。対する福岡の注目には、GK中村航輔を推しておきたい。1995年生まれの20歳。Jリーグ開幕(1993年)以降世代を代表するGKであり、J2のベストGKにして、将来J1のベストGKに成り得る資質を持つ。彼は止める。とにかく止める。試合を観ていれば、自然と「福岡のGK、何なの?」という感じになってくるはずだ。福岡にはもう一人、超熱い人が前のほうにいるのだが、こちらはあえて紹介しないでおきたい。
連ドラが好きな人もいれば、映画が好きな人もいる。両方好きな人だっているし、製作の背景や裏側まで知りたがる人もいれば、純粋にディスプレイの前に伝わってくるものだけを感じたい人もいる。それはきっと、それでいい。J1昇格プレーオフ決勝は、断じて“お祭り”ではなく、紛れもない真剣勝負。そしてだからこそ、そこに人を魅了するだけの情熱と確固たる気高さを見て取ることができるだろう。連ドラの完結編が映画だったというのは、ある意味で邪道であるし、いま脳裏には幾多の失敗例が浮かび上がってきてしまったが、しかしこの昇格プレーオフ決勝という映画は確実に「名画」だ。12月6日の長居には、そんな誇り高い試合がきっとある。
文=川端暁彦