開幕戦での勝利に笑みがこぼれる小倉GM兼監督 [写真]=三浦誠
「私が一番ホッとしています」
監督就任からの苦しみを乗り越えての記念すべき初勝利。アウェーでの白星を手に記者会見に臨んだ新指揮官は、こう言って思わず表情をほころばせた。
2月27日に開幕を迎えた2016シーズンの明治安田生命J1リーグ。小倉隆史GM兼監督に率いられた名古屋グランパスは、指揮官自ら獲得に動いたスウェーデン人FWシモビッチのゴールでアウェーでのジュビロ磐田戦に1-0と勝利。小倉新監督にとっての節目のゲームを白星で飾り、幸先良いスタートを切った。
会見の冒頭、小倉監督は「アウェーでの開幕。チームの現状を考えると、勝てたことが非常に大きかった」と口を開いた。率直な感想がこぼれたのだろう。就任後、タイ・チェンマイと沖縄県内でキャンプを実施し、2月14日には市立吹田スタジアムのこけら落としゲームでガンバ大阪と対戦したが、ここまでは課題が目立つ試合が続いていた。
この日も「開幕戦独特の足下が重い感じ。硬さが出た」(小倉監督)と振り返ったように、序盤から押し込まれる展開が続く。磐田MFアダイウトンの強烈なドリブル突破に頭を悩ませ、危機一髪のシーンが何度も訪れた。
だが、アダイウトンの存在は想定内だった。
ポイントは相手の左サイドにあり――。G大阪とのプレシーズンマッチで思うような内容と結果を得られなかった名古屋は、磐田戦を控えた松本山雅FCとの練習試合で“アダイウトン対策”をテストをしていた。右サイドに古林将太と矢野貴章というモビリティとフィジカルに長ける両選手を同時配置することでアダイウトンの仕掛けをケアし、攻撃へ転じる際のパワーを出そうと試みたのだ。
磐田戦の開始早々にアダイウトンが突破を図ったシーンで二人の名古屋DFが素早く挟み込んだように、アウェーチームの警戒は容易に見て取れた。序盤こそ磐田が誇るアタッカーのスピードとフィジカルに押されて劣勢に立たされたものの、相手の決定力不足にも助けられ。何度もピンチをしのぐことに成功する。
ここでもう一つのスカウティングが功を奏す。立ち上がりから積極的なサッカーを見せる磐田に対し、「相手の最終ラインが裏のスペースへの対応が得意ではない」(田口泰士)と聞いていたことを受け、相手の勢いを削ぐためにロングボールを増やした。磐田のプレッシングサッカーと守備面の綻びを逆手に取り、名古屋はピッチでプレーする選手の判断でシンプルにシモビッチを狙って徐々に巻き返していった。
そして勝負の分かれ目は29分に訪れた。名古屋は矢田旭のパスに右サイドバック矢野が思い切ったオーバーラップを仕掛けると、ファーサイドのシモビッチへピンポイントクロスを供給。これを新エースが「規格外の高さ」(永井謙佑)のヘディングで合わせ、名古屋がワンチャンスを生かして先制点を奪う。
このオーバーラップについて、矢野は「アダイウトンが守備をサボることは分かっていたし、このシーンでもやっぱりついてこなかったので、チャンスだと思って攻め上がった。シモビッチの位置をしっかり確認してクロスを上げることができた」と説明してくれた。
攻め残っているアダイウトンは名古屋にとって大きな脅威だが、裏を返せば“諸刃の剣”。警告を受けながらも守備面で互角の戦いを演じ、そこから攻めに転じた矢野の、そして二つのスカウティングの勝利だった。
この先制ゴールで一気に動きが軽くなった名古屋は、リードを許して気落ちする磐田を出足で上回り、セカンドボールへの反応で終始圧倒した。「追加点が取れずにタフなゲームになった」(小倉監督)が、後半は相手をシュート1本に抑え込んでタイムアップ。指揮官の初戦を見事に白星で飾った。ベンチ前では小倉監督がスタッフと勝利の抱擁を繰り返し、控え選手との歓喜の輪もできていた。ホイッスル直後には指揮官の目に光るものがあったという。
チーム作りの段階で危機感を抱いた選手それぞれが意識を高めたことも、磐田戦で見せたセカンドボールへの反応につながった。今季新加入の安田理大が「今まで所属したクラブで一番いい雰囲気」と称したように、新監督に勝利を捧げたいという選手の気持ちも伝わってきた。
もちろん手放しでは喜べない。矢田旭が「自ら蹴るサッカーにしてしまった。あれでは自分たちもしんどい」とビルドアップの部分に課題を挙げれば、矢野も「まだ1試合勝っただけ。ここからが重要になる」と話している。確かにボールの奪いどころや攻撃パターンに不明瞭な部分も見られ、改善すべきポイントは山積なのも事実だ。
しかし、たかが一勝、されど一勝である。初陣で「選手たちの硬さを見て、自分がパニックになりそうだった」という小倉監督だが、GM兼任というプレッシャーの中、初陣で白星を手にしたことが何よりも大きい。ひとまずの結果が出たことで、目指すべきサッカーにも取り組みやすくなるだろう。「嫌な流れをしのいで勝てたことで選手たちも手応えがあるんじゃないか」と前進を喜んだが、やはりいろいろな意味で一番安堵したのは指揮官自身だったに違いない。
文=青山知雄
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