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【特別連載】広島スタジアム問題のなぜ~第4回 旧広島市民球場跡地の利用法を巡る議論〜

2016.04.13

エディオンスタジアムに掲げられたサポーターの想い。新スタジアム建設の気運が高まっている [写真]=春木睦子

 紛糾し続ける広島の新スタジアム建設問題。そのバックボーンにはいったい何があるのだろうか。

『サッカーキング』では、今回の新スタジアム建設問題に関する歴史的な背景を知ることで理解を深め、今後の方向性を明確にしていくために、広島在住でサンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』で編集長を務める中野和也氏に、「広島スタジアム問題のなぜ」というテーマで全5回の連載企画を依頼することにした。

 第4回は広島市民球場跡地の利用法を巡る議論について。これまで跡地に関して繰り広げられてきた様々な意見を集約しつつ、サッカースタジアム建設可否の可能性を探っっていく。

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「旧広島市民球場跡地は広島の中でも超一等地。サッカースタジアムなんて、もったいない」

 広島ではよく言われる言葉である。しかし、そういう人に限って、「では、何であれば土地が持つ価値と釣り合うのか」という問い掛けに明確な答えは出せない。サンフレッチェ広島の久保允誉代表取締役会長も記者会見の中で「球場跡地にサッカースタジアムがダメだという明確な答えを言ってくれた人はいない」と語っているが、まさにそのとおり。以前は「コスト」と言われていたが、久保会長の資金計画はそこを否定した。都市公園法の縛りがあるのは事実だが、サッカースタジアム建設そのものは可能である。

 昨季、サンフレッチェ広島の公式戦観客動員は33万2304人。明治安田生命Jリーグチャンピオンシップを含んでいることを考えれば、約30万人と概算していいだろう。年間30万人を20試合で割れば、平均は1万5000人。一方、昨年度の旧市民球場跡地のイベント実績は58日間で75万1100人、1日平均1万2950人という実績だ。「入場無料」のイベントもある上、一部は広島グリーンアリーナでのイベント入場も含んだ上でのこの数字である。エディオンスタジアム広島の厳しいアクセスを考えれば、サンフレッチェ広島の集客力は侮れないし、カープを除いてこれほどの動員を安定的に図れるイベントは、ほとんど存在しない。

青山敏弘

旧市民球場跡地で行われた昨季の優勝報告会。雨にもかかわらず約1万5000人のファンが集結した [写真]=中野香代(紫熊倶楽部)

 例えばジェフユナイテッド千葉は、非常にアクセスも悪く、施設も貧弱な市原臨海陸上競技場からアクセス良好なサッカースタジアム=フクダ電子アリーナへと完全移転した2006年の平均観客動員数が1万3393人と、移転前の2004年から133パーセント増を達成している(2005年シーズン途中に移転)。広島も同様の効果があると考えれば、30万人から40万人という観客増は十分に見込めるだろう。イベント開催に関しても、スタジアムには椅子があり、トイレも常設され、大型映像装置もオーディオ装置もある。スタンドが屋根で覆われているメリットもある。何もないフィールドに一から設置することを考えれば、はるかに使いやすい。昨年は“ラーメンフェスタ”で、10日間で7万人を集めたが、同様のイベントはスタジアムでも開催可能だ。コンコース内に常設店舗が設置されていれば、そこで調理することもできるわけで、非常設のテントで行うよりは衛生的かつ効率的でもある。またその常設店舗の反対側で非常設の店舗を展開すれば、より多数のラーメン店を招致できるだろう。

 考えてみれば、20試合しかJリーグの試合が開催されないからこそ、残りの日数は自由なイベントを行う会場として使用可能となるわけで、今のような「イベント広場」としても機能できる。サンフレッチェ広島で40万人、他のイベントで70万人。合わせて110万人の集客は、十分に可能だと見ることもできる。

 天然芝が敷いてあるグラウンドであっても、ピッチでのイベントは十分に開催できる。2015年8月1日にエディオンスタジアム広島で行われたMr.Childrenのコンサート後に鹿島アントラーズ、柏レイソルとの連戦が同所で行われたが、特別に芝が荒れてサッカーに支障をきたしたわけではなかった。味の素スタジアムではB’zのスタジアムツアーやa-nationなどのビッグイベントが開催されている。日産スタジアムでは、ももいろクローバーZが芝生を客席として開放せずにライブを行うという試みにも挑戦し、真夏のサザンオールスターズのコンサートをスタッフの工夫と配慮で乗り切った事例もある。海外でも、“聖地”ウェンブリー・スタジアム(イングランド)がコンサート会場に変身し、多くのイベントやフェスティバルで利用されている。サッカーの試合以外ではピッチは利用できないという前提は、もはや覆されているわけだ。

イングランドの“聖地”ウェンブリー・スタジアム。サッカーだけではなく、アメフトの試合やライブなどのイベントも行われる [写真]=Getty Images

イングランドの“聖地”ウェンブリー・スタジアム。サッカーだけではなく、アメフトの試合やライブなどのイベントも行われる [写真]=Getty Images

 現時点では旧市民球場跡地の利用について「イベントにも使える緑地広場+文化芸術施設」という大雑把な方向性が決まっているだけで、しかも「サッカースタジアム検討協議会が跡地を候補地に挙げれば再考する」という意図も明確にしている。これは2013年春時点で広島市が打ち出したことであり、そこからの大きな変更はない。

 ただ、旧広島市民球場を解体する際、跡地利用について広島市がガイドラインとしていた「年間150万人の賑わいの創出」についてはどうか。サッカースタジアム建設が「難しい」と言われていたのも、このガイドラインありきだった。ところが2012年10月4日の決算特別委員会総括質問の答弁に立った松井一實市長は「(動員の)数字などを掲げることも一つの政策のやり方ですけれども、その数字を挙げることで柔軟な発想がむしろ阻害されるのであれば、私は数字を言わないで、いろいろな方向性を出し、結果これくらいになりますという作業をやりたい。あえて目標数値は言われますが、掲げません。方向性は示すという中でやらせていただくというふうに思っています」と発言。それに対して「今の話は、150万人には束縛されないというニュアンスで受け止めたが、それで良いか」という質問が出ているが、市側の返答が「市長が申し上げたとおりです」。つまりこの時点で、100万人を超える賑わいの創出というラインは、失われていたのである(参考資料:旧広島市民球場跡地の活用について(最終報告〈案〉)別冊)。

 秋葉忠利前市長時代から、この地に「スポーツの殿堂」を建設しようという動きは、特に行政側には弱かった。2006年に提出された「広島市民球場跡地利用検討会議」の報告書には、「民間業者からの提案の評価・選定について」という項目があり、5種類のサッカースタジアム提案について全て「大規模施設(サッカースタジアム)により平和記念公園と中央公園とが分断される提案であり望ましくない」と評価され、否定されている。「市民ニーズの比較的高いサッカースタジアムの提案」と書かれているにもかかわらず、だ。

 だが、考えてみれば、どうして「平和公園と中央公園が分断される提案では望ましくない」のだろうという疑問が残る。分断ことで言えば、この両公園の間には相生通りがあり、広島電鉄の市電が通り、クルマがひっきりなしに往来する。すでに「分断」されているのが現実であり、その間に大規模建築物が存在するのが好ましくないというのであれば、旧市民球場跡地周辺にある広島商工会議所のビルやメルパルク広島、広島そごう、バスセンター、リーガロイヤルホテル広島も問題であろう。

相生通りの相生橋を走る市電。後ろの黒の建物が広島商工会議所、その右が市民球場 [写真]=秋田陽康

相生通りの相生橋を走る市電。後ろの黒の建物が広島商工会議所、その右が市民球場 [写真]=秋田陽康

 この検討会議での席上で、こんな発言があった(発言者の名前は報告書では伏せられている)。

「この場所(現市民球場跡地)は、精神的意識のメッセージを伝えられる世界で一番美しい格調高い空間にすべきである。残念ながら今回の緑地・広場の提案には、国際的レベルで見て優れた案はなかった。もっと良いアイデアがあるのではないかとも思う。美しい魅力的な緑地・公園ができれば、150万人はすぐ集まる。今後、市民のアイデアなどを還流できるような仕組みを作ることが次の課題、ステップだと思う」

「原爆ドームだけでなく、平和記念公園や中央公園の広島城を含めたこの場所全体を世界遺産にするといったことを市民全体で考えていくべきであり、行政も50年、100年くらいを視野に入れたプロセスプランニングが必要である」

「都市づくりは一気にはいかないし、公の介入がある程度ないと、すなわち民間に任せ切りでは、うまくいかない。市としてどう関わるかが大切である」

 これらの発言をどう捉えるか。それは読者の方々に委ねたい。ただ、原爆ドームが世界遺産に指定されても、2014年における広島平和記念資料館の入館者数は131万4091人と前年度よりも減少傾向にある。原爆ドームが世界遺産に登録される直前の1995年には155万4897人の資料館来場があったのだが、その後は減少傾向。2009年には140万人台に回復するも、2014年は前出のとおりである。賑わいの創出には魅力のある施設や場所の創成が必要であるが、その「魅力」とは果たして何なのか。単純に「世界遺産」というだけでは、人は継続してはやってこない。

旧市民球場跡地から相生通りを挟んだところにある原爆ドーム [写真]=秋田陽康

旧市民球場跡地から相生通りを挟んだところにある原爆ドーム [写真]=秋田陽康

 いずれにしても2006年の段階で、サッカースタジアム案は「市民ニーズが高い」と認められつつも、否定されていた。それを事実上の白紙に戻し、議論の俎上に上げたのは松井一實現市長である。それも事実として、抑えておかねばならない。さらにいえば、「年間150万人」という賑わい創出の義務も、松井市長就任後の市議会での答弁で、「その数字にはこだわらない」ということになった。ということは、現市長の体制下においてサッカースタジアムを跡地に建てない理由は、希薄というか、見いだせないのが現実的である。

「景観」を持ち出す人もいるが、それこそ主観の問題。「スタジアムは祈りの場としてふさわしくない」という意見についても、だったら広島商工会議所のビルもメルバルクや広島そごうも、同様だろう。丹下健三氏が平和公園の慰霊碑から原爆ドームを望めるように配置した設計は秀逸ではあるが、一方で丹下氏は中央公園を「運動公園」とする図面も引いていた。広島城の南側を、サッカーやラグビーができる「球技広場」に、西側には「陸上競技場」を建設する。中央公園一帯を「祈りの場」などと当時は捉えてはいなかったわけで、だからこそこの場所には「住居」が存在したのである。歴史的な経緯から考えても、旧市民球場跡地にスタジアムが存在してはならない理由はない。

サンフレッチェ広島

サンフレッチェ広島が提案した「Hiroshima Peace Memorial Stadium」の外観 ©サンフレッチェ広島

 細部に詰めの甘さがあると批判を受けた久保允誉会長の新スタジアム建設案だが、資金調達まで具体性を帯びた「跡地利用策」はこれまでなかった。このプランを否定するのであれば、久保会長案と同等以上の具体的な、イメージしやすい計画を提示する必要がある。それは「サッカースタジアムを別の場所に」という意図であっても、「旧市民球場跡地をこういう場所に」であって、同様だ。方向性はもちろん重要だが、それも具体案があって初めて、議論は活性化する。

 広島大学が東広島市に移転したのが1995年で、その跡地利用について明確な方向が定まったのが2013年のこと。この「一等地」が「広島ナレッジシェアパーク」として再生するのは2018年予定であり、移転後23年間もこの場所は放置されていた形だ。もちろん、その間に議論は重ねられていたことは事実ではあるが、政治は結果である。2012年、旧広島市民球場が取り壊されてから4年。カープが移転してからは7年が経過したが、広島大跡地のような状況だけは避けたい。今回、サッカースタジアムの建設地について、広島県・広島市・広島商工会議所は結論を先送りする判断を下した。それは、主たる使用者であるサンフレッチェ広島との協議を行う意志を示したことであって歓迎する事態ではある。だが、だからといって徒に時間をかけることを是とするわけではないのである。

(「最終回 新スタジアム建設のために考えるべきこと」に続く)

文=中野和也(紫熊倶楽部)

第0回 サンフレッチェの提案内容とは
第1回 広島ビッグアーチが長らく抱え続けてきた問題点
第2回 広島における都市計画失敗の歴史
第3回 久保允誉会長が推し続けた専用スタジアム建設への思い
第5回 新スタジアム建設のために考えるべきこと

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By 中野和也

サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン「SIGMACLUB」編集長。長年、広島の取材を続ける。

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