災い転じて福となす。出場機会に飢えた男たちの活躍で横浜FMがステージ優勝争いに急浮上!

兵藤慎剛

2試合連続ゴールを挙げた横浜FMの兵藤慎剛(左) [写真]=Getty Images

 ぎこちない表情を浮かべ、視線を合わせたメディアに「お疲れさまです」と会釈を繰り返しながら、童顔の選手が取材エリアに姿を現した。ホームの日産スタジアムにアルビレックス新潟を迎えた、17日の明治安田生命J1リーグ・セカンドステージ第12節。ある意味で異彩を放った試合後のひとコマが、横浜F・マリノスが直面している窮状を物語っていた。

 足早に取材エリアを通過していったのは、横浜FMユース所属のDF坂本寛之。Jリーグの公式戦に出場できる2種登録選手として、8月19日にトップチームに追加登録されていた18歳の高校3年生を急きょベンチ入りさせざるをえないほど、チーム内にはケガ人が続出していた。

 先の2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選の開催に伴い、J1が中断されていた間にDFファビオが左長内転筋の肉離れ、MF喜田拓也が左足関節内遊離体摘出術でともに戦線離脱。キャプテンのMF中村俊輔に至っては、左足の甲を痛めて7月下旬から欠場が続いていた。

 文字どおりの“野戦病院”と化した緊急事態を前にして、エリク・モンバエルツ監督はベガルタ仙台との前節から、フォーメーションを長らく採用してきた「4-2-3-1」から「4-1-4-1」へと変えている。7日に福島ユナイテッドFCと天皇杯2回戦を戦った過密スケジュールもあって、仙台戦の前も十分な練習時間を割くことができなかった未知の戦い方だ。

 ファビオの穴は32歳の栗原勇蔵、喜田のそれは31歳の兵藤慎剛がそれぞれ埋めた。しかし、両ベテランは今シーズンに入って出場機会を大きく減らしている。加えて、アンカーに抜擢されたルーキーのパク・ジョンス、2列目の右サイドを務めた21歳の前田直輝を合わせた4人は仙台戦の前の時点で、セカンドステージにおける出場時間が150分間に達していなかった。

 ピッチに立つ選手たちの試合勘への不安を含めて、いわば“ぶっつけ本番”と言ってもいい奇策。しかしながら、仙台戦前に指揮官からいきなり新布陣を指示され、兵藤と並んでキーマンとなるインサイドハーフを務めることになった31歳の中町公祐は、特に不安もなく受け入れることができたと笑う。

「ある程度そういうもの(インサイドハーフ)に適した能力を持っている選手かと言われれば、(自分は)そうだと思っているので。これはヒョウ(兵藤)も然り。なので、あまり驚くことはなかったですね」

 福田赳夫、中曽根康弘両首相を輩出し、地元群馬県では「たかたか」の愛称で親しまれる屈指の進学校、県立高崎高校出身の第1号Jリーガーとなったのが2004シーズン。慶應義塾大の総合政策学部へ進学して文武両道も成就させた中町は、スクランブル布陣に込められたフランス人指揮官の意図を“あうんの呼吸”で感じ取っていた。

「対戦相手のフォーメーションが試合ごとに変わる中で、どこが(4-1-4-1システムの)肝になるかといえば、仙台にしても新潟にしてもボランチのところがパスの供給源になっている。その意味では、ある程度は“ハマる”のではという、いいイメージがありましたよね」

 ダブルボランチを組む相手に対して、アンカーのパク・ジョンスを含めた3人で数的優位を作って封じ込める。早稲田大スポーツ科学部出身で、中町と同じくサッカーに対する感性が強い兵藤は、攻撃面における波及効果にまで考えを巡らせていた。

「3人の距離が離れすぎると、絶対にボールが回らない。なので、なるべく3人が近くにいて、なおかつ相手の嫌がるところ、つまり相手の間、間に入り続けて、相手を置き去りにするようなパスを通して前向きにプレーし続ける展開を狙いたい。特に自分たち(インサイドハーフ)がポジショニングのミスを犯すと、ボールがうまく回らない部分もあるので、そこはマチ(中町)と距離感を考えながらプレーしています」

 仙台戦の83分、0-0の均衡を破る値千金の決勝弾が今シーズン初ゴールとなったのは兵藤だった。もっとも、J1残留を懸けた戦いを続ける新潟も、仙台戦で見せた横浜FMの新布陣をしっかりとスカウティング。吉田達磨監督の下、しっかりと対策を講じてきた。

 兵藤をして「チーム全体としてあまり良くなかった」と言わしめた前半の原因は、パク・ジョンスの両脇のスペースを幾度となく突かれたからに他ならない。そして、ベンチからの指示を待つことなく、ピッチの上では選手たちが率先して修正を施していたと中町は明かす。

「2つの考え方がありますけど、(パク・)ジョンスの周りを埋めて守備を固めるのか。あるいは相手のボランチや最終ラインにプレッシャーを掛けながら、前への推進力を持った守備をするのか。相手チームの戦術と照らし合わせながら、うまく使い分けていければいいかなと。やったことのないシステムなり、試合中に起きる現象なりは、必ずしもすべて事前に準備できるとは思わない。その中でいかに臨機応変にできるかも選手の能力だと思っている」

 インサイドハーフの2人が下がり気味にポジションを取り、実質的なスリーボランチになるのか。ワントップの伊藤翔や両サイドの選手ともに、前線から掛けるプレッシャーを増幅させるのか。刻々と変わる状況を見極めながら、新潟の攻撃を1ゴールに封じた90分間に兵藤も声を弾ませる。

「練習時間もあまり多くない中で、(4-1-4-1システムが)うまくいかない部分はありますけど、それでもピッチの上で話し合いながら少しずつ修正できている。みんなの戦術理解度(が高い)というか、サッカーに対して頭のいい選手でないとなかなか対応できないと思うので。そういう選手が多い点は、チームとしての強みなのかなと思います」

 果たして、新潟戦は29分に兵藤の2試合連続となるゴールで横浜FMが先制。左サイドからDF金井貢史が上げたクロス、ニアサイドで伊藤と競り合っていたDF増田繁人が目測を誤って“かぶる”と瞬時に判断。自身をマークしていたDF西村竜馬の死角を突いて右足を伸ばし、落ちてきたクロスをトラップすると、ボールが宙を舞っている間に西村の前方に回り込み、冷静沈着に再び右足でボレーを突き刺した。

 後半開始早々の48分には、中町の右足が追加点を挙げる。ここで見逃せないのが栗原の動きだ。再び金井が上げたクロスがDFコルテースに大きくクリアされ、自陣のバイタルエリアでFWラファエル・シルバが収めようと体勢を整えた刹那だった。

 猛然とスプリントしてきた栗原が、トラップ際にボールを奪取。ラファエル・シルバのキープ力を信じ、ポジションを上げていた新潟の選手たちの逆を突いて、右側にフリーでいた中町へスルーパスを通した。あわやカウンターかという場面を自軍のゴールに様変わりさせたプレーこそが、昨シーズンから指揮を執るモンバエルツ監督が口を酸っぱくして要求してきたものだった。

「前線に残っている相手選手へのリスク管理。監督が就任してもう1年数カ月になるけど、いまだにビデオを見せられて、ディフェンス陣が一番厳しく、しつこく言われているのがあの守備なので。意外にそれができていないチームが多い中で、今日に関しては相手よりも先に反応できて、ゴールにつながったことで試合をだいぶ楽に進めることができた。細かいところが大事だと改めて思いました」

 一夜明けた18日に33歳になる栗原は、モンバエルツ監督が就任した昨シーズンから出場機会が激減している。それでも決してふて腐れることなく、指揮官に求められてきたプレーを大一番で鮮やかに実践した。日本代表としても20キャップをもつベテランの心中を、兵藤は自分自身のそれとダブらせる。

「今シーズンはなかなか先発で出るチャンスがなかったけど、いつ出てもいい準備はしていたつもりです。そうした中でケガ人が多くなってチャンスをもらえたけど、結果を出さないとすぐに代えらえてしまう。それが自分の置かれた状況でもある。だからこそ得点という目に見える形を続けて残せたのはすごくうれしいけど、まだまだミスも多い。もう少し違いを出していかないと監督にもアピールできないと思うので、もっとプレーの精度を高めていきたい」

 1点差に追い上げられた3分後の70分には、カウンターから前田が横浜FMでの初ゴールをマーク。松本山雅FCからの移籍加入後、初となる得点で相手の戦意を一気に喪失させた。

 今回の新潟戦で結果を出した栗原、兵藤、パク・ジョンス、そして前田はYBCルヴァンカップでは主軸を務め、ベスト4進出の原動力になっている。チーム内に脈打ち始めた好循環を、栗原はこんな言葉で表現した。

「ケガ人が出て(プレーできる)人数は少ないけど、チームの平均力は上がってきている。層はそれなりに厚くなったのかなと」

 仙台戦前まで、横浜FMは4勝5分け1敗でセカンドステージの7位に甘んじていた。負け数は少ないものの、その一方で勝ち切れない。中村に続いてファビオと喜田を欠き、さらに取りこぼしてしまうのでは、と危惧された2連戦で、新布陣を用いてしぶとく白星をゲット。気がつけば4位に上昇した。

 しかも、勝ち点5差の首位・浦和レッズ、3差の2位・ガンバ大阪、2差の3位・川崎フロンターレとの直接対決が残り5試合の中に含まれている。そして25日に敵地・等々力陸上競技場で行われる川崎戦に現時点で持てる力のすべてを懸けると、中町は力を込める。

「次がすべて。フロンターレに勝つか否か。フロンターレ戦次第で、(横浜FMの)セカンドステージの結果も決まる。その意味では、(新潟戦は)セカンドステージ優勝への挑戦権を得るためというか、そのつもりで戦った。今日勝たないと(セカンドステージ優勝も)実現可能にならなかった。どこもマリノスの順位は気にしていないと思いますけど、直接対決があって勝ち点も近いことは、僕たち選手にとってはモチベーションにつながりますからね」

 出番こそ訪れなかったものの、新潟戦では中村が約2カ月ぶりにベンチ入り。大黒柱が復帰すれば、発展途上中の「4-1-4-1」と、中村をトップ下に置く従来の「4-2-3-1」の併用も可能になり、状況によっては試合中に変えることもできる。仙台戦で左太ももを打撲し、新潟戦でベンチスタートとなってしまったドリブラー・齋藤学も76分から途中出場してサポーターを安心させた。

 戦い方の幅が広がり、指揮官が求めるプレーもようやく浸透。さらには「ケガの功名」もしくは「災い転じて福となす」とばかりに、これまで出場機会に飢えてきた選手たちのモチベーションとともにチーム力も右肩上がりに転じさせてきた横浜FMが、セカンドステージ優勝争いの“台風の目”になりつつある。

文=藤江直人

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