磐田の新体制発表記者会見に臨んだ名波監督(左)と中村俊輔(右)
名波浩監督の隣に中村俊輔がいる。サックスブルーの10番をまとった俊輔がいる。その光景を見て、改めて実感せずにはいられなかった。「ああ、本当に、俊輔は横浜F・マリノスを出て、ジュビロ磐田の一員になったんだな」と。
1月13日、静岡県内で磐田の新体制発表記者会見が行われた。
名波監督の下で俊輔がプレーする――その事実に、二人の不思議な結びつき、運命めいたものを感じないわけにはいかない。
言わずと知れた日本を代表するレフティ。ともに、する側も見る側も楽しくなるサッカーを身上としたフットボーラーで、加茂ジャパン、トルシエジャパンで名波が背負った日本代表の10番を受け継いだのが、他ならぬ俊輔だった。
二人が華麗な共演を実現させたのが、2000年にレバノンで行われたAFCアジアカップ。トルシエジャパンがアジア王者に輝いた大会だ。
強烈に覚えているシーンがある。準々決勝のイラク戦、1点のビハインドで迎えた8分に14番を背負った俊輔が右サイドでFKをセットする。ゴール前に蹴ると見せかけて、ペナルティアーク付近にふわりとしたボールを送り込むと、イラクの選手たちが虚をつかれたその瞬間、走り込んできた10番がダイレクトで左足を一閃。ボールはゴールネットに突き刺さった。俊輔と名波の高精度のキックが掛け合わされて生まれたこのスーパーゴールは、ご記憶の方も多いのではないだろうか。
名波についての印象を問われた俊輔が答えたのも、そのアジアカップに関することだった。
俊輔は同大会でトップ下でのプレーを熱望しながら、左アウトサイドでのプレーを余儀なくされていた。だが、左ボランチに入っていた名波がフィリップ・トルシエ監督の指示なく俊輔を中に導き入れるようにしてポジションチェンジを繰り返し、左サイドにおける攻撃の組み立てを活性化した。当時を振り返って、俊輔が言う。
「僕がサイドでやることにストレスを感じていたのを察して、名波さんが外に出て僕を中でプレーさせてくれた。自分のプレーを出すだけでなく、どうやったら周りがいいプレーをできるのかを考えたり、メンタルの部分まで見たりするのは、すごく勉強になりました」
この時、ボランチとして俊輔を気持ち良くプレーさせた名波が、今度は監督として俊輔の魅力を引き出すことになる――。期待が高まらないわけがない。
俊輔にとって自身5度目となる今回の移籍は、過去の4度とは意味合いが大きく異なる。
レッジーナ(イタリア)への移籍は当時、世界最高峰だったセリエAで自分に足りないものを身につけるための挑戦だった。続くセルティック(スコットランド)への移籍はUEFAチャンピオンズリーグで活躍するための挑戦。エスパニョール(スペイン)への移籍は憧れのリーガ・エスパニョーラに挑むというチャレンジだった。2010年の横浜FM復帰も、プレーヤーとしての峠を下る前に古巣に戻り、タイトル獲得を目指したという点で、大きな挑戦だったと言っていい。
だが、今回は違った。
横浜FM退団が発表された際、「練習したことを試合で発揮し、うまくいかなかったら見直して次の試合までに上達する。もう現役生活は長くないと思う。だからこそ、サッカーへの情熱だったり、純粋にボールを追いかけて、信頼関係を感じながらサッカーがしたい」と語った俊輔は、磐田の新体制発表会見でも「マリノスで普通だったことが普通じゃなくなった時に、純粋に普通にサッカーがしたかった。そういう矢先に、名波さんがすぐ駆けつけてくれたのは、タイミング的にも大きかった」と明かしている。
つまり、今回は俊輔にとってサッカーと真摯に向き合うための、言わば、原点回帰のための移籍だと言えるだろう。
もちろん、38歳という年齢の選手が迎え入れられることの意味を、俊輔も理解している。これまでは高い目標を定め、目の前にそびえる壁を越えてきたが、今回はその目標設定においても過去とは意味合いが異なっている。
「自分に一番合った環境だけじゃなくて、自分がしなきゃいけないことがこのクラブにはたくさんあった。ジュビロのために自分が何をできるか、周りに気を配って目を配ってやっていきたい。若いFWを捕まえて、『こういうトラップをしたほうがいいから』って一緒に練習したり、ベテランの選手とはよくコミュニケーションを取って、『こういうのもあるんじゃない?』って話したり。それによって、例えば32歳の選手が36歳までジュビロのために貢献できるようになれるんだとしたら、コミュニケーションを取っていろいろと話したい。それに自分が教わることも多いと思う。もちろんプロなのでグラウンドでいいプレーをしなきゃいけないし、やりがいがあると思って選びました」
一方、「J2に2年間いたのでJ1レベルの選手が少なくなっていた」(服部年宏強化本部長)という磐田にとっても、俊輔の加入は単なるトップ下の戦力補強にとどまらないはずだ。高卒2年目の小川航基や高卒ルーキーの藤川虎太朗、針谷岳晃といった若手だけでなく、すべての選手にとって俊輔の一挙手一投足から学ぶことが多いに違いない。名古屋グランパスから新加入の川又堅碁も「シュンさんが練習でどうしているのか。サッカーの部分はもちろん、サッカー選手としての立ち居振る舞いも勉強したい」と話している。
「7番と10番は俺が決める権限を持っているから」
記者会見後、名波監督はこう明かした。言うまでもなく7番は名波監督が、10番は盟友である藤田俊哉(現VVVフェンロコーチ)が背負ったナンバーだ。
7番はかつて“名波の後継者”と言われた上田康太が担っているが、10番は山田大記がカールスルーエ(ドイツ2部)に移籍して以来、空席になっている。昨シーズン開幕前には名乗りを挙げた選手もいたが、名波監督は決断しなかったそうだ。
「10番を空けたままにしていたのは、ある意味、運命だったかもしれないね」
そして今、指揮官にとって10番を託すに値する選手が加入したのだ。
新体制発表の場で強く耳に残ったのは、名波監督のこんな言葉だった。
「みんなが見たいと思う選手が我々のクラブに来てくれて、自分の手元で羽ばたいてくれるのを思うと、それだけで身震いがする」
そのコメントは、聞いていたこちらを身震いさせるほどの力があった。また、指揮官はこうも言った。
「僕の手元にいる以上は全員が息子だと思って振る舞うので、そのつもりでいてほしい。外的要因によってどんなことが降り掛かっても、それをすべて跳ね除けて守る自信がある。自分の手元にいる選手たちは大切にしたい。これはクラブとしての我々のスタンスです」
こう言われて胸が熱くならない選手はいないだろう。この言葉を聞くだけで俊輔が「名波さんの下でなら」と、磐田移籍に気持ちを傾けていった理由が、うかがい知れる。
38歳にして国内で初めての移籍は、俊輔にとってそのすべてが刺激的なものになるはずだ。「目が肥えている感じがする」(俊輔)というサッカー王国・静岡のファン、サポーターの拍手やどよめきを身近で感じられるヤマハスタジアムでのプレーは、同じくサッカー専用スタジアムである三ツ沢球技場(現ニッパツ三ツ沢球技場)でプレーした横浜マリノス時代の初心を、セルティックパークでプレーしたスコットランド時代の野心を、再び思い起こさせるかもしれない。
今回の移籍は、俊輔にとってサッカー選手としてもうひと回り、ふた回り大きく成長する機会になると見ている。そして、稀代のレフティが加わった“名波ジュビロ”は、いかなる変貌を遂げていくのだろう。運命の赤い糸に手繰り寄せられるように結びついた名波監督と俊輔の、そしてジュビロ磐田の今後が楽しみで仕方ない。
文=飯尾篤史
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