鹿島は昨季の1stステージ、チャンピオンシップ決勝第2戦に続いて埼スタでの浦和戦3連勝を果たした [写真]=J.LEAGUE PHOTOS
鋭い出足から敵陣の中央でセカンドボールを拾った浦和レッズのFWラファエル・シルバが、ゴールまで20メートル以上も離れた場所でいきなりシュートモーションに入る。
ペナルティーエリア内にいたMF興梠慎三やFW李忠成の動きに対応しながら、ラインを下げていた鹿島アントラーズのDF陣の中から、植田直通だけが猛然と前へ詰め寄っていく。
5万7447人で埋まった埼玉スタジアムで、4日に行われた明治安田生命J1リーグ第10節。鹿島の1点リードで迎えた72分に訪れかけたピンチは、意を決した植田のシュートブロックで未然に防がれた。
「彼がフリーになるのは、あの場所かなという予測もあったので。僕の体のどこかに当たればいい、と」
強烈な弾道は植田の左腰に弾かれ、センターサークルまで戻された。このプレーには実は伏線があった。後半開始直後の51分。左サイドをMF関根貴大に崩され、MF武藤雄樹に横パスを入れられる。DF昌子源がマークにつくも、武藤にフリックされて背後のスペースへ通されてしまう。
慌てて振り返った昌子の視界に飛び込んできたのは、走り込んできたラファエル・シルバがフリーでシュートを放つ姿だった。ゴールバーの上を超える軌道を見届けた昌子は大きなゼスチャーを介して、ファンやサポーターの面前で植田を激しく叱責した。
「中に誰もおらんかったのに、ラファエルのブロックに来んかった。あれには強く言いました。自分のポジションがすべてではないし、僕が空けたスペースを守るのもナオ(植田)の仕事。危機察知能力というものを、もっと早く身につけてもらいたいので」
試合中に顔をのぞかせた課題を、わずか21分後に修正した。植田が飛び出したスペースは、昌子がしっかりとケアしていた。試合中でも遠慮することなく、忌憚なき思いをぶつけ合う。練習中ならば険悪な雰囲気を生み出しかねない、妥協なき姿勢の原点はJリーグの黎明期にまでさかのぼる。
ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)から司令塔ビスマルクを獲得した1997シーズンは、長い鹿島の歴史でも理想として位置づけられている。チャンピオンシップこそ宿敵ジュビロ磐田に敗れたが、ヤマザキナビスコカップ(YBCルヴァンカップ)と天皇杯を制覇。何よりも日々の練習が厳しさに満ちていた。
日本代表に名前を連ねていたDF秋田豊やMF本田泰人が、前線からの守備を巡ってビスマルクら攻撃陣と一触即発の状態になるのは日常茶飯事。チームを成長させるためには不可避な衝突として、鈴木満強化部長らが笑顔で黙認した延長線上に翌1998シーズンのチャンピオンシップ制覇、2000シーズンの国内三冠独占、2001シーズンのJ1連覇がある。
キャプテンのMF小笠原満男、守護神・曽ヶ端準は1998シーズンに加入。いきなり目の当たりにした火花が飛び交う光景を「財産」と受け止め、立ち居振る舞いを介して後に続く世代に伝えてきた。
例えば38歳という年齢もあって、途中でベンチに下げられる機会が多くなった小笠原が一瞬だけ見せる仕草が、ピッチで戦う選手たちを発奮させていると昌子が明かしたことがある。
「本当に悔しそうに『えっ、何で』という表情を浮かべるのを見れば、満男さんがおらんようになった後にやられるわけにはいかない」
ポジションを譲りたくない、フル出場したいという熱き思いは切磋琢磨する状況を導く。一方で鹿島の伝統とは何か、と問われて即答できる選手は恐らくいない。ただ、思い当たる節はある。ミーティングなどで小笠原が何度も発してきた言葉は、不思議な説得力に満ちていると昌子は言う。
「もともと強かったわけではなくて、タイトルを獲るたびに強くなってきたクラブやと。その意味ではタイトルを一回味わうともうやめられんというか、もう一回取りたいと思えるので」
国内三大タイトルの獲得数「19」は他の追随を許さない。昨シーズンは明治安田生命Jリーグチャンピオンシップで浦和、天皇杯では川崎の戴冠の夢を断った。小笠原の言葉を当てはめれば、ライバル勢が強くなるチャンスを摘んだことになる。勝ち点1差で背中を追う、4日の浦和との首位攻防戦を直前に控えたミーティングでも小笠原が静かに吠えた。
「ここまで来たら勝ちたい気持ちが強い方が絶対に勝つ」
昨シーズン以降に両者が対峙した公式戦5試合のうち4つは、1点差で決着がついている。翻って今シーズンの浦和は、最新の得点ランクで2位につけるラファエル・シルバが、アルビレックス新潟から加入したことでパワーアップ。昌子も「1失点は仕方ない」とある意味で覚悟を決めていた。
「シュートを打たれても最後の場面で防ぐ、最悪でもゴールの枠を外させるようなアプローチができれば。勝ちたい気持ちが強かったからピンチも防げたし、(金崎)夢生君のシュートも相手選手に当たってゴールになった。当たっていなかったら、あれは普通に周ちゃん(西川周作)に止められていたので」
なりふり構わず、と言うと語弊があるかもしれないが、どんな試合内容であれ、90分間を終えた時点でリードを保っていればいい。いわゆる“したたかさ”を発揮する試合巧者と化すためには、完遂すべき最低限のプレーがある。その一つであるチャレンジ&カバーを怠ったからこそ、昌子は植田を叱咤した。
「満足している選手は一人もいない。僕自身もまだまだ課題がたくさんあるので」
金崎が執念で押し込んだ24分の一撃を全員で死守。圧倒的な攻撃力を誇る浦和を零封して、暫定首位に浮上しても植田は笑顔を見せない。恐らくは昌子にカミナリを落とされた51分のシーンが、不甲斐なさを伴って脳裏を駆け巡っていたのだろう。
理想とする1997シーズン、もっとさかのぼれば神様ジーコが“負け”の二文字を頑なに拒む精神を伝授した日本リーグ時代から、鹿島には特異なDNAが力強く脈打っている。2000年代に入り、ようやく強豪クラブへの道を歩み始めた浦和との些細なようで、その実は大きな差がここにある。
文=藤江直人
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By 藤江直人