30代の選手が多い今年の京都サンガF.C.において“鉄人”という形容詞が最も似合うのは、この男だろう。石櫃洋祐、34歳。高精度のキックが魅力の右サイドバックだ。明治安田生命J2リーグ第37節・ロアッソ熊本戦ではホームで先制された重苦しい雰囲気を豪快な同点弾で払拭し、逆転弾となった田中マルクス闘莉王のJリーグ通算100ゴールをCKからアシスト。その日の主役に「(キックは)左のアレックス(三都主アレサンドロ)、右の石櫃だよ」(闘莉王)と言わしめた。
京都には2014年に加入し、前年度まで在籍した安藤淳(松本山雅FC)からポジションを引き継いだ。前任者は自陣からパスをつないでポゼッションを支えたが、石櫃は果敢に敵陣へ攻め上がってゴール前へクロスを供給していくタイプ。それが現在は京都のストロングポイントの一つとなっている。大阪学院大学時代に当時指揮を執っていた加茂周(元日本代表監督)によりアタッカーから右サイドバックへコンバートされ、そこから技を磨き続けてきた。同じ2014年に加入した大黒将志が同年にJ2得点王を獲得した際、“石櫃-大黒”のホットラインは対戦相手の脅威だった。
昨年の8月には左ひざ外側半月板を負傷して手術に踏み切ったが、わずか2カ月で復帰。普段から「(ケガなどで)休んでいる期間がもったいない」と体のケアには気を使っており、練習場や帰宅後もコンディション維持のために自分に合う方法を模索している。今は交代浴がお気に入りだ。その成果はピッチ上でのパフォーマンスにも反映されている。サイドバックというポジションは上下動が欠かせない要素だが、石櫃は90分間それを行うだけでなく、チームが苦しいときや勢いをつけたい時にグッと前へ出て流れを引き寄せるきっかけになれる選手だ。同じ右サイドバックが本職の内田恭兵は「一回り上(の年齢)ですからね。負けていられない」と走り続ける先輩の背中を見て、自身も成長を誓っている。パスの出し手となる望月嶺臣は「普通はサイドへボールが行けば誰かがサポートに行くけれど、ビツさんの場合はそれが高い位置なら、あえてサポートには行かずに中央に人数をかけることが多い」と話す。それは『石櫃ならクロスをあげてくれる』という信頼感があってこそだ。布部陽功監督も「縦横無尽に動いて、クロスの質はJ1でも高いレベルにある。まだまだやれる」と太鼓判を押している。右サイドからのクロス、セットプレーのキッカー、そしてロングスロー。現在のチームがチャンスメイクで彼に頼る部分は小さくない。
試合や練習が終われば、お茶目なキャラクターでチームを明るくするムードメーカーだ。ひょうきんな声掛けやリアクションをとる彼の回りにはいつも笑顔があり、誕生日である7月23日の練習後には『HAPPY BIRTHDAY』と書かれたたすきが用意されるなど、チームメイトから愛される存在だ。冒頭で述べた熊本戦のゴールは京都での通算6点目にして、ホームスタジアムでは初めてのゴールだった。「西京極で取れたのは良かった」と話す石櫃だが、それよりも嬉しかったのは逆転勝利に至る過程だ。先に奪われた先制点はボールの軌道が変わった相手FKが闘莉王の足に当たったオウンゴール。「足のステップを合わさなきゃいけなかった。俺が悪かった」と話す闘莉王のミス(というには不運なものではあるが)をゴールで取り返して、さらに記念ゴールをお膳立てすることができた。「俺たちは仲間だから。助け合うことが少しずつできるようになってきた」(石櫃)。味方のチャレンジやミスを、誰かがカバーする。遅まきながら今季初の3連勝を達成したチームの右サイドを支える男は仲間と共に戦い続ける。
文=雨堤俊祐