12月2日、川崎フロンターレが悲願の初タイトルを獲得。等々力が歓喜に包まれた [写真]=Getty Images for DAZN
黒星が立て込んでいたわけではなかった。状況はむしろ逆で、FW小林悠、MF中村憲剛と新旧キャプテンが後半に入ってゴールで共演し、敵地で大宮アルディージャに2-0で勝利した2月25日の明治安田生命J1リーグ開幕戦を含めて、第5節までに3つの白星をあげていた。
それでも、今シーズンから指揮を執る鬼木達監督に率いられる川崎フロンターレには、閉塞感に近い雰囲気が漂っていた。ヴァンフォーレ甲府との第6節、コンサドーレ札幌との第7節を続けて引き分けたからではない。この時点で3勝3分け1敗、勝ち点12の6位。首位・浦和レッズとの勝ち点差は4ポイントで、決して出遅れていたわけでもない。
ならば理由は何だったのか。それは風間八宏前監督(現名古屋グランパス監督)の下、約4年半に渡って突き詰めてきたパスサッカーが、ややピンボケ状態になりかけていたからに他ならない。当時のチーム状況を、川崎ひと筋15年目のバンディエラ、中村はこう振り返る。
「開幕前のキャンプから攻撃はそのままで守備、守備と言いながら、守備をやっている間に攻撃が若干だけど疎かになってしまい、その間にメンバーも揃わなくなって、もうしっちゃかめっちゃかになった時期というか」
迎えた4月21日。翌週にAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループリーグがある関係で、金曜日のナイトゲームとなった清水エスパルスとの第8節。ホームの等々力陸上競技場のロッカールームに、前日に43歳になった鬼木監督の声が響いた。
「やっぱり、オレたちはボールを握ってナンボだろう」
握るとは、要はボールを保持し続けること。鬼木監督のこの一言を受けて臨んだ清水戦が、12月2日の最終節で鹿島アントラーズに勝ち点72で追いつき、得失点差で逆転して悲願でもある初タイトルをJ1制覇という形で手にした、今シーズンにおけるターニングポイントとして中村は位置づけている。
「清水戦は最終的には引き分けましたけど、自分たちがボールを握り倒すという意味ではできていた。他の選手たちがどのように思っているかは分かりませんけど、次のACLの水原戦にもつながりましたし、僕の中では手応えがあったというか」
清水戦から中3日で行われた、水原三星ブルーウィングスとのACLグループリーグ第5節。それまで4試合連続ドローと波に乗れなかった川崎は、敵地で60パーセントを超えるボールポゼッションを記録。ゴールこそ48分にDF奈良竜樹が頭で叩き込んだ1点にとどまったが、キャンプから目指してきた、攻守に隙のないサッカーを実践した上で初勝利を挙げている。
時間をちょっとだけ巻き戻して清水戦に戻る。14分にMF金子翔太のJ1通算2万ゴール目となる一撃で先制を許した川崎だったが、時間の経過とともに試合を支配。流れるようなパスワークから、62分にMF阿部浩之が移籍後初ゴールを、73分には中村が勝ち越し弾を決めた。

清水戦で得点した阿部(手前)。今季、さらなるタイトル獲得を目指して川崎への移籍を決断していた [写真]=Getty Images for DAZN
5分間のアディショナルタイムが表示された後半の最後のワンプレーで、MFチアゴ・アウベスに同点ゴールを許したことは反省材料として残された。それでも、全体を通した試合内容は理想に近かったと中村は語ってくれたことがある。
「ボールを止めて蹴る、相手のマークを外す、相手の逆を突くというところで、前半から丹念にパスを回して相手を走らせて、後半で仕留めるという戦い方ができていた。やっぱり自分たちがボールを持つという、本来のスタイルに特化しないとこのチームはダメだと思うので」
◆就任1年目で初タイトル、初志を貫徹した鬼木達監督
5年を一区切りとする風間前監督の意思を尊重し、退団を認めた2016年10月中旬の段階で、川崎の庄司春男取締役強化本部長は「風間前監督が築いたサッカーが我々のスタイルであり、それを継承するのが基本路線」と明言。川崎でプレーした2006シーズン限りで現役を退いて指導者に転身し、2010シーズンからトップチームのサポートしてきた鬼木コーチにオファーを出した。
トップチームの監督を務めた経験はないが、それでも川崎の未来を託した理由を、藁科義弘代表取締役社長はこう説明してくれたことがある。
「風間前監督のサッカーでここまで来た我々が、さらに高い位置へ行くためには、一緒にやってきた鬼木君しかいなかった。ただ、目指す場所は一緒でも、たどり着くまでのプロセスは当然ながら違ってくる。今まではいわばナンバー2で、心の中で思っていてもなかなか出せなかったかもしれないが、今後は鬼木君が考えた通りのことを実行すればいい」
一度身につけた技術は落ちないことを前提に、鬼木監督が新たにチームへ浸透させたのは守備に対する意識だった。攻撃から守備、守備から攻撃を素早く切り替え、球際では激しく、かつ泥臭く挑む。市立船橋高校からJリーグが産声をあげた1993シーズンに鹿島へ加入した鬼木監督は、常勝軍団の礎を築いた神様ジーコの薫陶を直接受けた。

風間前監督が築いたサッカーをベースに「守備」を強化した鬼木監督 [写真]=Getty Images for DAZN
攻撃で圧倒することを目指した風間前監督体制から、守備でも圧倒していくために。鬼木監督はこんな指針を伝えてシーズンに入っている。
「勝利への執着心と結束力を大事にしよう、と。攻撃的に行きたい、という思いを抱いて今年のメンバーが集まってくれたと思うけど、守る時にはしっかりと守れる、という部分も武器にしていきたい」
選手は監督の言葉に敏感だ。もしかすると「守備」という二文字を意識するあまりに、時計の針が前任者の時から大きく逆に振れてしまい、それがピークに達した時が中村をして「攻撃が若干だけど疎かになった」と言わしめたのかしれない。
それでも鬼木監督は初志を貫いた。我慢を重ね、守備の十分に意識が浸透したと判断したからこそ、清水戦を前に原点への回帰を訴えたのだろう。タイミング的には絶妙で、時計の針は攻撃と守備の中間地点を目指して再び逆回転。ケガ人が戻り、阿部やMF家長昭博らがフィットした夏場には、昨シーズンまでには見られなかった川崎が躍動する流れが生まれる。
果たして、5月はACLを含めた公式戦で6戦全勝をマーク。特にJ1ではアルビレックス新潟、ジュビロ磐田、そして鹿島をすべて零封した上で圧勝している。
「もちろんこれからも勝った、負けた、引き分けたというのはあると思うけど、自分たちの土台というか哲学を取り戻しつつあるのは大きいし、今までとは違ったフロンターレを見せられるのかなと」
チームが上向きに転じた頃にこんな手応えを感じていた中村は、大宮アルディージャを5-0で一蹴した2日の最終節後に、清水戦の前後における川崎の変化について改めて言及している。
「相手を握り倒すんだと、オニさんがあの時に言ってくれたおかげで、僕たちの意識もそっちに向かうようになった。結果としてそれまで守備でやってきたことも花開いて、攻守のバランスが高次元でまとまっているチームになったので。勝つために別の形で臨んでもおかしくない時期だったけど、あそこでオニさんがぶれずにやってくれたおかで、今があるんじゃないいかなと」

選手達に胴上げされ、宙を舞った鬼木監督 [写真]=Getty Images for DAZN
2-5の大敗を喫した7月29日の磐田戦を最後に、川崎はJ1戦線で11勝4分けと不敗のままフィニッシュした。最終的にマークした総得点71はリーグ最多、3番目に少ない総失点32は実はクラブ歴代における最少記録となる。攻守が究極のハーモニーを奏でるに至った原点をさかのぼっていくと、おのずと4月21日の夜に指揮官が発した一言に行き着く。
文=藤江直人
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By 藤江直人