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【ライターコラムfrom広島】ついに訪れた転換期…“金属疲労”で下位低迷もJ1残留を掴み取る

2017.12.08

今季は苦しんだものの、J1残留を掴み取った [写真]=JL/Getty Images for DAZN

 わずか勝ち点1。16位ヴァンフォーレ甲府とは敗戦数で一つ下回ったものの、勝利の数では上回った。つまり、1勝1敗の方が2分けよりも勝ち点数が上だという単純な算数の結果として、サンフレッチェ広島は来季のJ1参加権を獲得したのである。

 ターニングポイントとなったのが、第19節から監督に就任したヤン・ヨンソン監督の存在だったことは、結果が証明している。過去、3度の優勝を果たした森保一監督のチームが崩壊してしまったのは、いわば金属疲労。開幕節のアルビレックス新潟戦で苦しみながらも工藤壮人のゴールで先制。いつもならば、ここから巧みに逃げ切ることができるのに、単純なカウンターから失点を許した。球際での厳しさが欠如し、危機管理も不足していたからこその必然的な失点。その後も、かつて鉄壁を誇った守備陣が次々に信じがたいミスを犯して、それがことごとく失点につながった。

 もちろん、低迷の要因は平均得点が1点を切ってしまった攻撃力の弱さにある。しかしそこは、一朝一夕では向上できない。ヨンソン監督は立て直しの鉄則に準じ、守備の整備から手をつけた。しかも時間があまりない中で、3バックから4バックへの荒療治。当初は慣れ親しんだ3バックの継続も模索していたが、すぐに自身の形である4バックに移行。選手に新しい形にチャレンジさせることで守備の安定を導いた。慣れるまでの4試合では6失点。しかし、残留への直接対決となった甲府戦で完封勝利を挙げると、そこから6試合負けなしで3失点。完封3試合で複数失点なしという内容は、失いかけた自信を手にするに十分かと思われた。

 だが、ヨンソン監督も選手たちも、その結果に満足はできなかった。第29節・北海道コンサドーレ札幌戦でPKによる1得点しか取れずに引き分け。15位と残留圏は確保したものの、16位甲府とは勝ち点で並ばれ、得失点差もわずか1。勝たなければいけない、得点を取らなければいけない。フォーメーションも変えた。選手の配置も変えた。試行錯誤の中、最終的にはアンデルソン・ロペスの1トップという最適解を見つけたのだが、それは第32節・ヴィッセル神戸戦だった。

 遅すぎたのか、それとも気づいたことが素晴らしいのか。例えば、ミハイロ・ペトロヴィッチ元監督が最高の形を見つけるのまで約2年の日々がかかっている。気づかない人もたくさんいる。そういう現実から考えても、本当によく気づいてくれた。最適解を見つけたことで広島は突然、パスが回るようになり、コンビネーションが冴えるようになったのだ。

 ただ、この形はヨンソン監督が磨いてきたものとは言い難い。広島がペトロヴィッチ・森保両監督からずっと保持し、展開してきたサッカーが、ヨンソン監督の用兵によって再び表現できるようになった。それが現実だ。なぜなら彼は、メンバーを固めてコンビネーションを高めるトレーニングはほとんどやっていないからだ。

 ペトロヴィッチ元監督が1トップ2シャドーを始めた時もコンビネーショントレーニングがないままに試合に臨んだが、それは彼が2年に渡ってコンビネーションサッカーの旗を掲げ、選手たちに「やるべきこと」を叩き込んだからできたこと。一方、ヨンソン監督が傾注したのは、選手たちの力を引き出すためには、どういう組み合わせが最適かを探すこと。練習ごとにメンバー構成を替え、同じ選手たちを組ませて関係性を高めるよりも選手のセレクトと相性の良さを探すことに時間を費やした。それは、広島の選手たちの能力が総じて高いと認めていたからこそ、いい組み合わせを発見すれば勝てると信じていた節がある。そのため、彼はできるだけフラットに選手たちを見て、先入観を持たずに判断するよう務めた。稲垣祥、フェリペ・シウバ、森﨑和幸らは、彼の就任当初とは真逆の評価となり、実際にチームを救っている。

 ヨンソン監督は攻撃の根本の部分で、明確な方向性を示すことはなかった。ロングボールで裏を狙えとも、ボールを繋げとも、彼は言っていない。かつてペトロヴィッチ監督は1点を欲しがってロングボールを使った選手に対して激怒し、「それは広島のサッカーではない」と告げたが、ヨンソン監督はトレーニングしていないロングボールを使った攻撃が「主」となっても、何も言わなかった。局面のディテールにこだわり細かな指導を繰り返したが、根本のところは選手に任せていた。適切な配置ができればコンビネーションは自然と生まれると考えていたからだろう。それがロペスの1トップを据えた形の機能性向上につながり、残留に直結した。

 正直、筆者はこういうチームの作り方は見たことがなかった。試合前々日までメンバーを固定せず、11対11はオフ明けに行い、その後は9対9やDFを置かないトレーニングを続けていた。意図は分かる。だが、それで結果を生み出せるかどうか、それは分からなかった。しかし、敗れたとはいえ見事なパスワークで川崎フロンターレを圧倒した試合と神戸、FC東京戦を見た時、本当に驚いた。どうして、そういうことができるのか。コンビネーションサッカーは細かな積み重ねと厳然とした強いコンセプトの中から生まれると思っていたが、選手の力を信じ適切な配置を模索しつつ細かな局面の修正を重ねることで、ヨンソン監督はダイナミックかつ動きに満ちたサッカーを広島に思い出させたのだ。

 振り返れば、今季の広島の苦戦はまさに金属疲労。決してそんな自覚は選手たちにも森保一監督にもなかったのだが、無意識のうちに。かつて広島を支えていた球際の強さや執念を見失い、想像できないようなミスを繰り返す。もちろん、新加入選手たちの不振や森保監督の新しい守備戦術が機能していなかったこともあった。だが、何よりもサッカーとしてのベースである「闘い」のところで勝って優勝してきたのに、そこを見失っていたのだ。

12年、13年、15年とJ1優勝を飾り、黄金期を迎えた [写真]=Getty Images

 その要因こそ、金属疲労。明治安田生命Jリーグチャンピオンシップに勝ち、FIFAクラブワールドカップで3位に入り、年間最多勝ち点も手に入れた。頂点を極めた時から、ずっと続けてきたサッカーに対して「疲労」が染み込んできた。2016年の前半はピーター・ウタカの驚異的な活躍で勝ち点を重ねたが、彼が点を取れなくなり、浅野拓磨が移籍した後には有効な攻め手が見い出せず。第9節の甲府戦から第15節の川崎戦まで2勝5敗と低迷し、ステージ順位は10位。森保監督はそれが分かっていたから新しい刺激の必要を感じ、守備戦術の変更を模索したが、開幕5試合で1勝4敗と厳しい状況に陥ってしまうと、成功した戦術に戻ってしまう。そのことは責められない。実際、2014年の低迷期では有効な手段だった。だが2年後はそうではなかった。選手たちを包んだ「疲労感」を打ち消すことはできなかったのだ。

 そう考えれば、ヨンソン監督がやってきてフォーメーションをガラリと変えたことは、選手たちに新しい刺激を与えた。指導法もトレーニングも全く違ったことで、いい緊張感が芽生えたことも確かである。そういう意味も含め、監督交代が残留の大きなポイントとなったことは間違いない。

 そのヨンソン監督が退任し、来季は城福浩監督が就任する。この監督交代劇は双方の話し合いの上で決まったことで指揮官には家族の事情もあった。ただ、彼自身がこの経緯について語っていないこともあり、ここでは触れない。個人的には彼の手法が1年間のシーズンを任された時にどうなのか、そこに確信はなかった。一方で、もっと違う引き出しもあるのではという想いもある。

 かつてステージ優勝を飾ったスチュワート・バクスターとの契約を満了し、ビム・ヤンセン監督を招請して失敗してしまったこともある。ただ、当時の内情を考えれば「交代もやむなし」だし、ヤンセン監督の実績を見れば「次の段階」も夢見ることもできた。一方で、ペトロヴィッチ監督を招いて残留を勝ち取り、翌年はもっとやれるだろうと思ったが、結果は降格の憂き目にあった。監督の選択に絶対はない。

 甲府で城福監督の指導を受けた柏好文は言う。

「サッカー選手としての今があるのも、城福監督のおかげだと思っています。一緒に仕事がしたいと心から思える方です。偉大な監督だと思っていますし、優勝争いができる(チームを作れる人)だとも信じています。広島は実力を持ち意識も高い選手の集まりだし、チームとしてのまとまりもある。今年の経験を生かし、城福さんのもとでタイトルを掴み取るために、やっていきたい」

 今回のクラブの決断がどうでるか。それはまだ、分からない。成功した監督が次も成功するとは限らないし、一度失敗した人が成果を挙げた場合もある。いずれにしても、広島は来季もJ1だ。ただ、奇跡的ともいえる今回の残留劇に酔っていては、来季も厳しい状況に陥る。幸い、選手にもクラブにもサポーターにも、そういう安易な空気がない。それこそ、来季への希望だ。

文=紫熊倶楽部 中野和也

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By 中野和也

サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン「SIGMACLUB」編集長。長年、広島の取材を続ける。

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