今季は前半戦に大きく躍進した [写真]=JL/Getty Images for DAZN
「新しい歴史を作る」を合言葉に戦い続けたシーズンであった。
リーグ最低レベルの強化費でチーム作りを行う水戸ホーリーホックは、毎年中位から下位に低迷するシーズンが続いていた。昨季は西ヶ谷隆之監督のもと、明治安田生命J2リーグが22チームになって以降過去最高タイとなる13位を記録。今シーズン、過去最高の順位に立ち、まだ見ぬ上位からの景色を見ることを目標に挑んだ。
しかし、それが簡単ではないことは誰もが分かっていることであった。昨季の主力であった兵働昭弘(ヴァンフォーレ甲府)、ロメロ・フランク(アルビレックス新潟)、ソン・ジュフン(新潟)、平松宗(V・ファーレン長崎)がチームを去り、例年通りまたベースを作り直さなければならなかったからだ。
それでも、林陵平や橋本晃司といった経験豊富なベテランの獲得に成功。そして、何より大きかったのが、スピードスター前田大然の獲得であった。高卒2年目の前田は昨季松本山雅FCで9試合の出場にとどまっていた。しかし、その驚異的なスピードを西村卓朗強化部長がほれ込み、熱烈オファーを送ったことによって期限付きでの加入が決まった。
今シーズンの水戸は「スピード」を重視したサッカーを標ぼうしており、まさに前田はその象徴と言える存在であった。開幕直後こそ波に乗り切れなかったものの、第6節で前田が先発に抜擢されると、その試合で前田は自慢の爆発的なスピードで相手DF抜き去り、ゴールを突き刺した。その後、前田は先発に定着。攻守にスピーディーなサッカーを披露して、グングン調子を上げていった。そして、第8節ザスパクサ群馬戦以降クラブ初となる13試合負けなしを記録、さらに17年ぶりとなる5連勝を達成するなど一時は4位につける快進撃を見せた。「新しい歴史」が築かれる予感を漂わせながらかつてないほど好調な前半を終えることができた。
そして、前半戦で築いた自信を胸に後半戦に挑んだものの、待ち構えていたものは上位進出するための想像以上に高い壁であった。「あれだけ相手に対策をされたのははじめてのこと」と笠原昂史が振り返ったように、多くのチームに「水戸対策」を練られ「ウチらの良さを潰しに来るチームが増えた」(笠原)のだった。「前半戦はどちらかというと、我々が相手の良さを潰すという展開が多かったのですが、後半戦は相手がウチの良さを消しに来るようになった」と西ヶ谷隆之監督は言う。水戸のハイプレスを回避するためにロングボールを多用し、さらに前田のスピードを警戒してスペースを消してくる戦いを徹底するチームが増えたのだった。
最も驚かされたのは、第40節の長崎戦。水戸のホームで行われた試合だったが、長崎はコイントスで勝つと、陣地交代を選択してきたのだ。それまで水戸はホームで10勝6分け3敗と強さを見せてきた。後半、ホームサポーターの前で攻めることによって、チームは勢いを出して相手を圧倒して勝利を重ねた。それをさせないための策を長崎は打って来たのだった。「今までそんなに意識してくるチームはなかった」と西ヶ谷監督は驚きを隠せなかった。それも水戸の力が認められたからこそと言えるだろう。
その壁を乗り越えるために、西ヶ谷監督が選手たちに求めたのが「ハイブリッドの守備」であった。西ヶ谷監督は一昨年途中の就任以来「ハイプレス」を基盤としたチーム作りを行ってきたが、今シーズンは「ハイプレス」と「ブロック」を意図的に使い分ける守備戦術「ハイブリッドの守備」にトライしてきた。前線から連動したプレスをかけて高い位置でのボール奪取を狙うだけでなく、あえて相手を自陣に引き込みながら鋭利なカウンターアタックを狙う形も作り出そうとした。
そこで求められたのはピッチ内での判断だ。2つの戦術を使い分けるためにはベンチからの指示ではなく、相手の状況や試合の流れ、さらには自分たちのフィジカルコンディションなどを考慮して、選手たちが判断してピッチ内で意思統一しなければならなかった。それこそが次なるステップに進むためのトライであったのだ。「自分たちの戦いを徹底するためにも、相手のリアクションに対して、判断しながらリアクションを起こせるようにならないといけない」と西ヶ谷監督は選手たちに訴え続けた。
しかし、壁は予想以上に高く、厚かった。選手たちは状況に応じて判断しながら試合を進めようとしたものの、判断を意識するあまり、攻撃のスピードを出すことができず、リーグ前半戦で見せた躍動感あふれるサッカーは影を潜めることとなってしまった。そして、リーグ最終盤にはリーグ前半戦に見せた自分たちの武器も見失い、防戦一方の展開を強いられて3連敗を喫してシーズンを終えることとなった。「新たな歴史を作る」ことを目標に戦ってきたが、最終的に勝ち点こそ昨季を6上回る54を獲得しながらも、順位は昨季を1つ下回る14位で終了。上位の壁を破ることができなかった。「もっと自分たちが少し何かを変えられていれば、さらに上に行けたと思う。でも、変えることができなかったから、この順位なんだと思います。妥当な結果だと受け止めています。西ヶ谷監督が体現したかったことを選手が体現できなかったことがすべてだと思います」。湯澤洋介は唇を噛みしめながら、そう振り返った。
とはいえ、「シーズン前半戦で勝ち点を積み重ねたからこそ、そのトライができた」と西ヶ谷監督が言うように、水戸にとってまず達成しなければならないのがJ2残留であり、リーグ前半戦で快進撃を見せ、J2残留を確実なものとしたからこそ、新たなトライができたのだ。そこに意義があると言えるだろう。前半戦で下位に低迷していたら、それどころではなかったはず。前半戦で勝ち点を積み重ねたことによって、新たな可能性を見ることができたのだ。
9勝7分け5敗と過去に例のない好調ぶりを見せた前半戦から一転、後半戦は5勝5分け11敗と誰の目から見ても、「失速」と言えるほど調子を落としていった。しかし、ただ調子を落としたわけではない。あくまで壁を打ち破ろうとトライした上での失速である。シーズン最終盤、「シーズン序盤のサッカーを思い出したい?」と問うと、佐藤祥は首を横に振り、こう力強い口調で口にした。「前半戦のサッカーを思い出しても意味がない。あの時があったから、もう一段高いサッカーを見せられると思っています」。
最終的に残念な結果になったとはいえ、上位に行くことの難しさを肌で感じることができたこともクラブにとっての収穫と言えるだろう。「上位に居続ける難しさを感じましたし、上位に行くためには対策を練られても勝ち切る強さが必要だとあらためて感じました。そこが足りなかった」と笠原昂史が語ったように、失速した戦いにこそ、上位に行くためのヒントが隠されている。それを今後につなげていくことがチームの使命である。
「新たな歴史」を築くことはできなかった。しかし、「新たな歴史」に勇敢に挑んだ足跡は決して無駄にはならない。この経験を大きな財産にして、次なる一歩を踏み出していかなければならない。
文=佐藤拓也
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